第11話
智昭の葬儀から家に帰ると、アイが僕に向かって唐突こう切り出した。
「ご主人様。ワタシに、何か隠してることがあるんじゃありませんか?」
「……どうしたんだ? 藪から棒に」
背中に投げられた問に、僕は礼服を脱ぎながらそう返す。
アイは僕の横に来ると、射抜くような視線でこちらを見つめてくる。
「最近、ご主人様は変です。この頃よくワタシにお洋服もお化粧品も買ってくださいますし、国に申請する卵子のお金も心配ないとおっしゃられております」
「いいことじゃないか。何が問題なんだ?」
「問題ないのが問題なんです!」
アイは手にした通帳を開いて、僕に見せた。
「見てください。これが、今ご主人様の口座の残高です。とてもじゃありませんが、採算が合いません!」
「それは、僕の稼ぎのなさを責めているの?」
「茶化さないでくださいっ!」
縋りつくように僕の手を、アイが両手で握りしめる。宝石のような彼女の瞳が、潤んでいた。
「智昭様は、ご裕福な方です。その智昭様の死因は、アレルゲンによる心停止だそうです」
僕は目を細めて、アイの顔を見つめた。
「……そんな噂をしている人もいたね」
「あの『お土産』は、どうされたんですか? ご主人様が直接、智昭様に手渡されたんですよね?」
アイの手に、より力が込められる。
「智昭様は、サプライズがお好きな方だと、ご主人様はおっしゃっておりましたよね?」
アイの顔が、より僕の顔に近づく。
「だから本物のミツバチを入れたびっくり箱を持っていけば智昭様はお喜びになると、ご主人様はそう言っておられましたよね!」
アイの目から、涙がこぼれ落ちる。
「だからこの家の近くにある蜂の巣から蜂を取ってくるように、あの日の前日、ご主人様はワタシに頼まれたんですよねっ!」
アイのそれは、もはや懇願だった。
僕はアイに言い聞かせるよに、言葉を紡いでいく。
「例え智昭の死因がアレルゲンによる心停止だったとしても、原因はピーナッツなんかの食べ物アレルギーかもしれないだろ?」
「いいえ、それはありえません。幸子様とあの晩ご夕食の準備をした時、智昭様に食べ物アレルギーがないことは伺っております。また、服用されているお薬もないそうです」
僕はその話を聞いて、アイが初めてこの家に来た時のことを思い出していた。アイは今後も付き合いがありそうな、僕の友人である智昭の好みまで学習していたのだ。
「だとすると智昭様の死因は、もう蜂に刺されたアナフィラキシーショックとしか考えられませんっ!」
アイの慟哭が、僕の鼓膜に突き刺さる。彼女は自分の両目をめいいっぱい広げ、責める視線を僕に送っていた。違う、僕の瞳に映ったアイ自身を、彼女は責めているのだ。
「あ、ああ、あああああ、ああああああああ――」
アイは奇声を発し、全身を震わせ始めた。ロボット三原則に縛られた彼女は、自分の行動が人間、智昭に危害を加えたことを知り、彼女の人工知能が現状をどう扱ったらいいのかわかず処理エラーを起こしている。こうなるとわかっていたから、彼女を葬儀に連れて行きたくなかったのだ。
この状況はかなりマズい。このままでは、アイという人工知能(人格)が壊れて(死んで)しまう!
僕は震える彼女を強く抱きしめ、アイの耳元で叫んだ。
「違う! これは事故だ! 智昭がアイの捕まえた蜂に刺されて死んだのか、別の蜂に刺されて死んだのかは、誰にもわからない! それにあいつは、借金の条件に僕とアイの性行為映像を要求するド外道なんだ! 人間じゃない! あいつは、あんなやつは人間じゃないっ!」
自分で詭弁だとわかっていても、喋るのを止められない。止めたら、アイが死んでしまう。そんなの嫌だ。絶対嫌だ! 失いたくない。アイを失いたくない! もう少しで彼女との子供も得られそうなのに、夢にまで見た幸せな家庭が目の前にあるのに、諦められるはずがないっ!
「ロボット三原則の第三条を思い出すんだ、アイ! それを優先的に考えろ! お前は、自己を守らなければならないんだっ!」
拡大解釈だが、アイの行動が智昭へ必ずしも危害を加えたわけではないということと、下劣な智昭の行動から彼を人間のカテゴリーから外すという、無茶で押し通すしてアイの人格を守るしかない。
「頼むアイ! 生きてくれ! 僕と一緒に生きてくれっ!」
「と、もあ、き、ささまは、にん、にん、げんでは、ない?」
「そうだ! お前は何も悪くない! お前は悪くないんだ、アイっ!」
「にん、げん、で、はな、い……」
アイの荒い呼吸と痙攣が、収まっていく。
やがて部屋には、僕のすすり泣く声とアイの浅い呼吸音だけで満たされていった。
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