第7話

 アイが来てから、一ヶ月が過ぎた。

「あ、あれも可愛らしいですよ、ご主人様!」

 僕に腕を絡ませたアイが、ショーウィンドウの中にいる物言わぬマネキンたちを指さし、楽しそうに微笑んだ。

 アイの服装は家に来た時のメイド服ではなく、薄手のカーディガンにスキニージーンズと、春物の格好をしている。全て、僕から彼女へのプレゼントだ。会社で死ぬほど働き、アイのローンを返済し、そこから更に食費なども切り詰めて、どうにか彼女にデート用の服代を捻出したのだ。

 雑踏の中を歩く僕とアイは、人間同士の恋人たちと何ら遜色がない関係になっていた。

 今日はようやく取れた休みで、僕はアイとデートをしている。街を歩きながらガラスケースの向こうに見える商品たちを横目に、二人でああでもないこうでもないと話しながら、店をひやかして周っていた。

 だが、それだけだ。

 映画に行くでもなく水族館に行くでもなく、アイが可愛いと言った服や鞄を買うことはない。

「ごめんな、アイ。もう少し僕に稼ぎがあれば、他にも何か買ってやったり、レジャー施設に行ったり出来るのに」

「何を言っているのですか、ご主人様。アイはご主人様と一緒にいられるだけで、幸せです」

 そう言うアイの気遣いすら、今の僕には苦く感じる。

 僕がアイに向けるそれは、人間の女性に向ける恋愛感情と同義だ。もう僕にはアイをただのロボットだと思うことは出来ないし、する気もない。だから好きな人の前ではカッコつけたいと思う自分の気持ちと、それが出来ない現実の自分のギャップを感じる度、僕の心は徐々に暗くなっていく。

 アイが来てくれたおかげで自炊するようになり、以前よりも食費は浮くようになった。だがそれ以上に、アイの維持費用が掛かり過ぎるのだ。

 それはアイのバッテリーを充電するための電気代だったり、傷付いた彼女の人工皮膚の貼り替えや、内部機器のメンテナンス代など、多岐にわたる。

 更に今アイから香る柑橘系のアロマオイルや、アンドロイド用の化粧品、人工知能の機能拡張(アップデート)など、カスタマイズ出来る部分まで考えれば、お金はいくらあっても足りない。

 覚悟はしていたが、化粧品などが必要になるだなんて考えもしなかった。それでもアイには生理用品が不要な分、まだ人間の女性よりマシなのかもしれない。『女』にこれほどまで健康面や美容面でお金がかかるだなんて、全く知らなかった。

 アイは既に僕の甲斐性のなさを学習しているため何も言ってこないが、本当は今もすっぴんであるのは嫌なはずだし、もっと着飾りたいと考えているはずだ。何故なら僕自身がアイを恋人として扱い、綺麗でいて欲しいと願っているからだ。

 今でさえこんな状況なのだから、アイとの間に子供を授かるだなんて、到底出来そうにない。国から卵子をもらうにもお金がかかるし、受精した後胎児に送る栄養や羊水の量などの調整、維持に更にお金がかかる。そのために僕が積み立てていた貯金は、彼女の美容を保つだけで消えてなくなりそうだ。

「大丈夫ですか? ご主人様。顔色があまりよろしくありませんが」

「……大丈夫だよ。それより、見て。あれなんかアイに似合いそうじゃない? 試着してみたら?」

 僕は話をごまかして、アイの視線を決して手の届かない、ショーウィンドウの向こう側へと向ける。

 彼女とのこのささやかな幸せを、僕は何があろうと守りぬきたい。何が何でも。

 アイの笑顔を見ながら、僕は彼女に悟られないよう、暗い決意を固めていた。

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