第5話

「はい、ご主人様。晩御飯が出来ましたよ」

 彼女の言葉に、僕の腹の虫が待ってましたと鳴いて応えた。ワンルームなので、台所から漂ってくるいい匂いが、僕の嗅覚にダイレクトで伝わってくるのだ。おかげで腹が減って仕方がなかった。

 今晩のメニューは、鮭の塩焼きに、なすの味噌田楽。汁物は豆腐と長ネギの味噌汁だ。もちろん白米も忘れてはいない。

 こんな豪華な晩御飯、一人暮らしをし始めてから初めてだ。炊飯器に至っては、もう何年使っていないかも覚えていない。そんな状態なので、当然米も今日新しく買ってきた。今日スーパーで買ったものの中に米袋も含まれていたというのも、アイに荷物を持たせなかった理由だ。

「いただきますっ!」

 両手を合わせ、湯気が立ち上る出来たてホカホカの晩御飯に、僕は箸を伸ばした。

 まずは主菜の、鮭の塩焼き。脂の乗ったそれは噛むごとに旨味が溢れだす。皮もパリっと焼かれておりコクがある。少し濃い目の塩味が、白米を自然と口に運ばせた。

 続いて副菜、なす。切れ目が入ったなすは味噌、料理酒、砂糖、みりんで作った味噌ダレが染み込んでいて、これまた白米がすすむ。散らされた白ゴマも、いいアクセントになっている。

 すする味噌汁は、もう言わなくてもわかるだろう。旨い。ちゃんとかつお節からダシをとり、絶妙なタイミングで投入された豆腐と長ネギの鉄板コンビ。旨すぎる。

 ご飯を三回おかわりし、僕は汗だくになりながら、満足気に手を合わせた。

「ごちそうさまでしたっ!」

「はい。お粗末さまです」

「とんでもない! めちゃくちゃ美味しかったですっ!」

「本当ですか? 良かった!」

 朗らかにアイと笑いあった後、味は濃すぎなかったか? 量は十分だったか? 次の味噌汁の具材は何がいいか? などなど、彼女から食事について細かい点を聞かれる。

 僕のことを良く知ろうとしてくれる彼女の姿勢に、僕は言い様もない気持ちに襲われた。胸が締め付けられ、脈が早くなる。

 台所で食器を洗っているアイの後ろ姿を見て、僕はもう我慢が出来なかった。

「きゃっ!」

 後ろから彼女を抱きしめると、アイは可愛らしい悲鳴を上げた。彼女のつむじ辺りに自分の鼻をこすりつけ、彼女の匂いを嗅ぐため、僕は大きく深呼吸をする。

「ご、ご主人様。ま、まだお皿を洗い終えて――」

「もう、我慢出来ない」

 彼女の声を遮り、僕は両手により力を込めた。

 アイはしょうがない、と言った風に小さくため息をつくと、蛇口をひねり、水を止める。抱き合う二人以外動くものがない部屋の中、アイは手を拭うと僕の方に振り向いた。

 僕は高まり続ける心臓を抑えながら、彼女の瞳に魅入られる。彼女の口から僅かな吐息が漏れるのを防ぐように、僕は彼女に唇を重ねた。

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