第5話

 薄暗い部屋の中、私、木々 公美(きぎ くみ)は唯一の光源である六画面のディスプレイに見入っていた。

 六枚のディスプレイに映っている壁紙はもちろん、私の愛しのお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。当然六画面とも別の画像で、別の角度からのお兄ちゃん。

 壁紙がお兄ちゃんなのは何もPCの話だけではなく、現実の部屋の壁紙もお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。総数一○八七枚のお兄ちゃんが、現実の私を見つめてくれている。あぁ、なんて素敵な空間なんだろうっ!

 しかし、大学と大学院のキャンパスが別になってしまうなんて、私にとっては大きな誤算だった。本当なら大好きなお兄ちゃんの部屋に転がり込み、毎年行っているお兄ちゃんの体毛収集をするつもりだったのに、それが出来なくなってしまった。

 今お兄ちゃんが住んでいるアパートに転がり込むことも考えたが、大学に在籍して二年以上経たないと入居できないらしく、断念した。

 一類の望みをかけて、『去年お兄ちゃんが住んでいた部屋』を借りたのだが、流石に清掃済みで、お兄ちゃんの髪の毛は一本も残っていなかった。

 そこで私は適当な理由をつけてお兄ちゃんを部屋に呼び、今年の体毛を収集しようと考えた。

 今お兄ちゃんが住んでいるアパートに行って体毛を収集してもいいのだが、こう、何というか、そう! 『私のテリトリー内でお兄ちゃんの体から抜けた体毛』という、生感が重要なのだっ!

 そして私はついに、自分のテリトリー内で抜けたお兄ちゃんの体毛を手に入れたのだっ!

 ああ、お兄ちゃん。私だけのお兄ちゃん。完璧だよお兄ちゃん。お兄ちゃんは完璧だよ。

 デスクトップPCというより、もはやタワー型のサーバと言っていいスペックを持つ私愛用のPCから、排熱のためのファンが唸り声を上げている。

 その音を聞きながら、私は『毎年のお兄ちゃん』と表紙に書かれたノートを嬉々として開いた。そこには年号と、その年に私が収集したお兄ちゃんの体毛が、昆虫の標本のように、丁寧に貼り付けられている。

 幸い、今日は大学で取っている講義はない。私は早速作業を開始することにした。

 昨日手に入れたお兄ちゃんの体毛を一舐めし、私はピンセットを使って、丁寧にノートに糊付けをした後、乾くのを待ち、防腐剤、防虫剤で仕上げをした。その下に今年の年号を記入すれば、ハイ完成!

 自分の仕事に満足した後、私はPCを操作し、真ん中から下のディスプレイに、ある画像を表示させる。

 そこには、大学院に向かうため家を出たお兄ちゃんの姿と、先月引っ越してきたお兄ちゃんの隣の住人が、今日引っ越していく場面がちょうど映し出され、私は盛大に舌打ちをした。

 引っ越していくのは、私のお兄ちゃんに色目を使った、ド腐れドブスアバズレ女だ。

 私は一人、心のなかで毒づく。

 全く、テメェがさっさと引っ越さねぇから、お兄ちゃんが一ヶ月もの間『音』に悩むはめになったんじゃねぇか!

 お兄ちゃんは気付いていないが、お兄ちゃんが住んでいるアパートの入居者は全員独身の男で、それ以外、特に独身女性の入居者が現れた瞬間、別の場所に引っ越すよう、私からお願いしている(嫌がらせをしている)。

 今回その対象がお兄ちゃんの隣の部屋だったため、お兄ちゃんにも被害が及んでしまった。今後はその辺も対策しないといけない。

 再度PCを操作すると、ちょうどお兄ちゃんが大学院に到着したところだった。

 今までは私が直接見に行っていたのだが、お兄ちゃんは直接視線を感じるのが不満らしい。仕方なく私は、お兄ちゃんの行動範囲全てに監視カメラを仕掛けた。それでも、私が四六時中『監視』することを許してくれるのは、私のお兄ちゃんしかいない。

 お兄ちゃんにとっての『理想の妹像』が完璧に具現化している間、私はお兄ちゃんをいつでも『監視』できるこの関係を、私は絶対に崩したくない。

 私は六画面全てに、お兄ちゃんの映像を映し出す。するとお兄ちゃんは、朝の挨拶をするように、微笑んでこちらに向かって手を振ってくれた。

 あぁ、やっぱり私のお兄ちゃんは、完璧だ。

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