第2話

「いらっしゃいませ。一名様でしょうか?」

「いえ、後から一人連れが来るんですが」

「かしこまりました」

 ウェイターの案内で、俺は窓際の席に案内される。水を出された所で、俺はアイスコーヒーを頼んだ。

 ……ここに来るのも、久しぶりだな。

 ここに通わなくなってまだ半年も経っていないのに、俺は感慨深げにそう思った。

 この喫茶店は大学の最寄り駅にあり、大学院が別キャンパスになる前は、よく友達との待ち合わせに使っていた。

 今回も、これから家を出ると言う妹との待ち合わせに使わせてもらっている。

 窓の外を眺めながら、コーヒーをストローではなくグラスから直接ちびちびと飲んでいると、やがて来店を知らせるベルが鳴った。

 場所がわかるように俺が手を上げると、嬉しそうに妹がこっちにやってくる。

「お兄ちゃん、おまたせ。久し振りだね」

 そう言って妹は俺の向かいに座り、微笑んだ。

「おう、久し振りだな」

 本当に、久しぶりだった。妹は今年、俺と同じ大学に入学したのだが、大学院が別キャンパスになったため、同じ大学に所属しているのに一度も合わない、という奇妙な状態が続いていた。

「外、暑いね」

「夏だからな」

 そう言いながらも、妹の陶器のように滑らかな白い肌には、汗どころかシミ一つない。弓なりに笑う瞳は黒玉色の宝石のようで、艶やかな唇は季節外れの桜の花弁に見える。ウェービーボブにした濡羽色の髪も、妹によく似合っていた。

 完璧だった。

 完璧に、俺の『理想の妹像』を具現化した妹が、そこにいた。

「何か飲むか?」

「じゃあ、アイスティーにしようかな」

 たまたま近くを通りかかったウェイターに、俺は注文を告げた。

 ウェイターを見送っていると、妹が少しだけ身を乗り出してくる。

「お兄ちゃん、最近どう?」

「どうって、研究ばっかりだよ」

 卒業論文が終わったと思ったら、もう修士論文のテーマ決め。嫌になるほど、最近は大学院に通い詰めだ。

 肩をすくめる俺に、尚も妹は問いかけてくる。

「何か面白い話ないの? 隣に誰か引っ越して来たとかさ」

「それは、来たな」

 コーヒーを飲みながら、俺はそう答えた。

 妹は何が不服なのか、頬を少しだけ膨らませる。その顔がまた、可愛らしい。

「来てんじゃん」

「来るのは止められないだろ。文句は不動産屋に言えよ」

「そりゃそーだけどさぁ」

 そう言って、二人で笑い合う兄と妹。

 あぁ、完璧だ。完璧すぎるぞ、我が妹よ!

 ここは、完璧なのだっ!

 だが、

「それで、お前は最近どうなの?」

「私? んー、特にないかなぁ」

 可愛らしく、妹は小首を傾げる。

「嘘つけよー」

「えぇー、嘘じゃないよー」

 その言葉が嘘だと、俺は知っていた。

「彼氏とか、出来たんじゃないの?」

「えぇー、いないよー」

 いや、いる。

 それが妹の嘘だった。

 妹に、彼氏ができた。

 完璧だった妹に、彼氏ができた。

 完璧だった妹に、彼氏ができたと、俺は知っていた。

 だからここは、完璧じゃなかった。

 嘘だった。

 初めから嘘だった。

 そもそも二人とも相談があってここまで来たのだ。その話が出ない時点で、ここは完璧じゃなかった。

 それは、妹も理解しているはずだ。自分が頼んだアイスティーが来るまで、その話をするつもりがないのだろう。

「お待たせいたしました」

 やがて妹のアイスティーが運ばれてきた。妹はそれをストローを使い一口飲むと、いきなりこう切り出した。

「私の家、幽霊が出るの」

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