番外編 2

 はっと唐突に覚醒した。


「知らない天井・・・」


 ぼんやりとした頭でそれを見つめる。割と新しい天井の木目としばらく見つめ合った後、気づく。


 <当千>は? 僕のテスターは!?


 あわてて身体を起こしてあたりを見まわすと、自分が寝かされていた布団の頭もとに、小さいけれどふかふかとした座布団にタオルをかけられ、かすかな寝息で寝ているのが分かった。

 

 安穏と寝ている様子にとりあえずほっとしながら<当千>の鱗に覆われた頭を撫でる。いつもよりも鱗が熱い気がした。もしかしたら自分の身体が冷え切っているからそう感じるのかもしれないと思って、撫でるのをやめて周囲を見る。


 畳の床に木のタンス、かかっている古い時計は4を示していて、右側にあるカーテンを閉めた窓からわずかに入ってくる日差しが赤いことから夕方の16時であることを知らせていた。

 左側にはふすまと障子が並んでいて、きっとふすまには僕が今使ってしまっているこの布団を仕舞っておくものなんじゃないかと思った。僕の実家がそういう造りだからだ。


 ぼんやりと眺め終わった後は、自分の身体に目をやる。落ちた時に装備品を脱いでしまったから、着ているのは7部袖のTシャツとスラックスのはずが、朝顔模様の浴衣へと変わっていた。べたつきやはりつき、気持ち悪さのないことからきっと拾ってくれた人がお風呂にでも入れてくれたんだろうと思う。

 

 かちかちと静かに時計が時を刻んでいる音を聞きながら、どこかうつろにふすまを見る。

 頭がずきずきと痛くて霞がかったみたいに中が明瞭としない。


(まるで風邪ひいてるみたいだ・・・)


 たぶん『まるで』じゃなくひいているんだろう。鳴りやまない警鐘のような頭痛とはっきりしない頭で考えれば、確かに身体の節々も痛い気がする。一度自覚すると身体もだるくなってきたような気がして、確定した。たしかに、あの状況で風邪でもひかない方がどうかしていると思う。

 

 一人納得していると、きし、きしと何かが床をきしませながらこっちに近づいてきているのがわかった。どっくんと鼓動が一回はねると、そのままのペースでどくんどくんと相手に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいにうるさく高鳴っていた。


(助けてくれたんだから・・・) 


 大丈夫だと言いたいが、頭痛と頭の中の靄が邪魔をする。不明瞭な思考はだんだんと障子の向こうの人物が敵に思えてくるから不思議だった。柱に隠れて影が見えないせいでさらに不信感が募っていく。

 

 どっくんどっくんと心臓がはねるままに障子の一歩手前で止まった足音に、急いで<当千>を座布団から抱き寄せ、自分の腕の中へと避難させる。

 とんとんとんと軽く柱をたたく音が3回したと思ったら、ゆっくりと障子が開いた。


 どくどくと高鳴っていた鼓動が一瞬戸惑ったように動きを止めた気がした。警鐘はいまだ鳴りやまないままだったけれど、困惑がはっきりしない脳内を埋めた。


(女の子・・・?)


 障子を開けたのは小さな女の子だった。白いケープに黒いワンピースから伸びる細い足は白いタイツに包まれていた。

 もっと特徴的なのが、左目の下にある縫い跡と右頬にある何かをえぐったような傷跡。そんな、10歳にもなっていないような幼い少女だった。


 女の子にとっても僕が目を覚ましていたことは予想外だったのか、ぱちくりと大きく瞬きをして、軽く首を傾げた。表情は変わらないものの、それだけで少女が困惑しているのだとわかるのは僕も少女と同じ無表情だからだろうか。


 少女はとりあえず僕の顔を見て頷くと、廊下に置いていたらしきお盆を持って部屋の中に入ってきた。氷の入った水差しと逆さにされた2つのコップ、錠剤の入った小瓶だった。

 

 完全な和室に洋装の女の子は少し浮いて見えるなとかとりとめもないことを考えながら見ていると、少女は座布団に寝ているはずの‹当千›がいないことに気付いてもう一度首を傾げて、こちらを見る。僕の腕の中で熱い寝息を立てている<当千>を発見したらしくこくりと頷いた。


「あの、ね」

 

 小さな声だった。がんがんとハンマーでたたかれているかのような痛みを訴える頭に配慮したように。

 痛みに極力触れない声は、こんな頭痛の中でさえ聞いていても不快には思わなかった。

 他者が不調であろうと関係なく大声で話しかけてくる幼馴染とは大違いで、爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだった。


「おれ、咲也子って言いま、す。その子お熱あるから、お薬飲んでもらおうっ、て」

 

 これ、とコップに水を注いで錠剤の小瓶のふたを開け、2錠ほどふたの上にあけると差し出してくる。まっすぐに見つめてくる視線には心配だけがうつっていて、少しもやましいところなんてなかった。

 15歳の時から3年間旅してきた中で培った人を見る目は伊達じゃないと自分でも思ってる。それでもそんなことはわかっていたけれど。鳴りやまない頭痛が、はっきりしない思考がそれをはね除けた。


 差し出された薬を手で払う。からんと音を立てて、ふたと一緒に白い錠剤が畳の上に落ちてころがる光景が。まるでスローモーションで見てるみたいにゆっくりと見えた。


 大きく目を見開く女の子に、一瞬で後悔が募るものの、これだけは嫌だった。はあはあと息が乱れて、抱えた<当千>の熱が上がったように感じた。


「平気。すぐ治るから、薬いらない」


 し、んと静まり返った部屋に、僕の荒い息と時計の音だけが響いていた。

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