7
カチカチとあくまで控えめに音を立てていたはずのカウンターに置かれた時計が大きく鳴り散らし始めた。喚き散らすようなそれに、咲也子はぱちくりと目を瞬かせる。
何事だろうかと音源であるカウンターを振り返る咲也子に、テリアがあわてだした。
「すみません、これからお客様がいらっしゃる予定で・・・!」
「じゃあ、今日はこれで失礼する、ね。ごちそうさまでし、た。楽しかったで、す。」
質問に答えてくれてありがとうね、とお礼を言いながら<虹蛇>の鱗を3枚ほど取り出してカウンターの上に置いて店を出ようとすると、鱗を持ったテリアに扉の寸前のところで止められる。
「いただけませんよ、これ<虹蛇>の鱗でしょう!? ギルドで売れば高く買い取っていただけますよ!?」
「いっぱいあるし、さ。それに」
被りかけたフードを取って、閉じた瞼を持ち上げる。一連の行動は滑らかに行われて、目の下ある縫い跡、頬にはえぐれた様な傷のある幼い顔が現れた。テリア自身もどうしてそう思ったのかはわからないが、ただ、なんとなく。勘だと言ってもいい。目の前の無表情は笑っているような気がした。
「相応のものには、相応で返さなくてはね」
表情は変わらない。ただそのまとう雰囲気だけががらりと変質する。
告げられた言葉はひどく崇高なものに感じられて、清廉な威圧に自然と膝をついて頭を下げたくなる。そんな高貴な存在を前に。
与えられた言葉には心の奥底の柔らかい部分をなでられたような、奇妙な心地よさと快楽があった。褒めるように細められた瞳は青く妖しく光っていて。
テリアが魂をからめとられたように固まっているうちに、青いステンドグラスがはめこまれた扉に取り付けられたベルが鳴るのを聞きながら、咲也子は店から去った。
「目が、青かった・・・?」
「お店、おれ以外にもお客さんいたの、ね」
扉の内では混乱を極めた言葉を、外では失礼極まりない一言が同時に呟かれていた。そんなこととはつゆ知らず。咲也子が去ったすぐ後にもう一度時計がわめきだして、テリアは慌てながら来客の準備に店の中を走った。
フードを被りなおした咲也子は柔らかい午後の日差しの中をのんびりと歩き、止まり木へと帰っていった。
「土産だ」
「ありがと、う?」
壁に寄りかかりながら、談話室で借りてきた本を読んでいるときだった。がちゃんと扉の開閉音がして、ティオヴァルトが帰ってきたことがわかった。無意識に「おかえりさ、い」と声が出る。
ティオヴァルトが姿を見せると同時に、咲也子にも受け取れるくらいには柔らかく投げられたそれは、絹のような触り心地の布に包まれた二つのイヤリングだった。
小指の爪ほどに小さな玉がついたそれは、夕日にきらりと光って控えめながらもかわいらしいものだった。まさか露店で買ってきてくれたのかと思って首をかしげながらティオヴァルトを見る。
「叡智の龍のドロップアイテム」
ひらひらと手を振りながら、踏破してきたから。なんてことはないかのように告げられるそれは、本来であれば快挙と喜ばれることであるが、咲也子はそれを知らなかったし、知っているティオヴァルトも教える気はなかった。
「似合、う?」
「おう」
咲也子はさっそくつけてみて、ティオヴァルトに感想を求めた。
答えつつも叡智の龍の血で若干汚れてしまった装備を脱ぎ、市販の服に着替える。なんの効果もない服だが、少なくとも幼い主人の前で血まみれの格好や傷だらけの体をさらすよりはよっぽどましだった。
窓から入ってくる日差しが赤く色づいていることにようやく気付いて、咲也子は帰ってきたばかりのティオヴァルトに声をかけた。
「お夕飯にしま、しょー」
嬉しそうな咲也子の耳元がきらりと光った。
がんばったご褒美に、と咲也子が【アイテムボックス】にしまっておいたラムレーズンのアイスクリームを振る舞ったところ、ティオヴァルトがマグカップに3杯もお代わりして、お気に入りになったことは余談だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます