「大変ですよ!? 我が主! もしかしたら長兄が椅子に乗せてくれなくなってしまう危機です! お茶会出来なくなってしまうかも!」

「! クロ・・・」


 ユカリの煽りに咲也子が慌てたようにクロエを見る。

無表情から変わらないものの、そのまとう空気が焦っているように感じさせた。

小さな手は緊張したように膝の上で握られている。


「いえ、主を椅子に乗せるのは俺の仕事ですから。心配ありませんよ、主」

「聞いた!? 『仕事だから』だって!」


 そんな咲也子に安心させようとクロエは穏やかに微笑んで見せるが、ユカリの椅子から立ち上がり目元を抑えるという大げさなパフォーマンス。さらなる煽りに咲也子はだんだん涙目になってしまう。

 ほぼ半泣きと言ってもいい状態である咲也子に、クロエは咲也子の手を握る。


「クロ・・・」

「違います。大好きですよ、我が主。・・・てめえ、長妹と次妹じまいは覚えてろよ」

「えー? なんだい、こわいなあ」

「こわいでーす!」


 クロエはあわてて訂正して、キイナとユカリを睨む。こわいと言いつつ笑いが止まらない様子の2人はふざけているのは確定だ。

 穏やかな午後のティータイム、自分の分身である才能へびたちの声も混ぜて。紅茶の渋みとさっぱりとした香りが広がった瞬間は、まさに至高といってもいいと咲也子は思っていた。




「どうしよ、う」


 ざわめく新緑の中、ブナや樫といった原生森の茂みは所々に若干人の手が加えられたかのように鬱蒼とした印象はなく、木漏れ日の入る森を前に、圧倒的なまでに高く白い壁を背景にして立っていた。ほんのりと温かい中身の入っていないティーポッドを両手に持って、少女はいた。


 ぼんやりと青空を見上げて、声にも表情にも困った様子を見せない少女・咲也子はそれでも確かに困っていた。


 なぜなら、咲也子はさっきまで家にいた。正確には、閑古鳥のなく自営の喫茶店で自らの分身ともいえる才能へびたちと楽しくお茶会をしていた。カスタードとベリーのパイタルトを片手に、才能へびたちが飲み干してしまった紅茶。新しいものを淹れるようとティーポッドを掴み。


「きみ」


 誰かに呼ばれたため振り向いた。

 そうしたら咲也子はここにいた。瞬きひとつしていないのに、穏やかな喫茶店から木々騒がしい森の中へ。 甘酸っぱいタルトと紅茶の香りが一転して水と緑の、自然あふれる匂いへと変化した。

 

 普通ならば取り乱すような出来事であろうが、咲也子はどこまでもマイペースだった。 しかし。無表情を浮かべ、ぼーっと空を眺める様子には茫然自失という言葉すら当てはまらないくらい穏やかでも、咲也子は確かに困っていたのだ。


「おれの分の、タルト。シロにあげるって言い忘れちゃっ、た」


 残ったタルトを巡って才能へびたちが喧嘩しないとは言いきれないからである。

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