その手をとって
どこでもいつでも必要なのは情報だと咲也子は考えている。いつまでも人目に隠れているのならばいざ知らず、人らしい生活。そう、例えば楽しい観光などをするためには人と関わっていかなければならない。
(せっかく外に出てきたんだから、楽しまない、と)
滅多にない機会に、咲也子は袖の中できゅっと軽く手を握る。
だから、この世界における自分の立ち位置の確認はとても重要なことだ。仰々しげに一つ頷いてみせる。さやかな春風に、足元の草がさわさわと揺れる。
「【アイテムボックス】」
木々のざわめきで隠されながらも注意しなければ聞き取れないほどの音量で呟く。
それは魔道具の名前だ。咲也子の袖に隠れた左手首につけられた、先祖代々伝わっているその腕輪は。いくつもの魔石が埋め込まれたもので、ところどころについたひっかき傷が年代をうかがわせる。埋め込まれた魔石のカラット分の収納庫を持つ腕輪だ。
先祖代々の魔道具や日記、本などがたくさん入っていて、その中には キメラ12代分の知識を蓄えた自律型の魔導書【白紙の魔導書】も含まれている。
空中から何かを引きずり出すように手を引くと、四隅がぼろぼろで茶色く古めかしい表紙の本が咲也子の小さな手の中に現れる。
それは、空中に浮きあがり咲也子の周囲をくるくると浮遊する。
「【白紙の魔導書】述べ、よ。ここで、我はなんであるか、を」
「是。汝・
男とも女ともつかないゆっくりとした口調ながらも、すべらかに発話する【白紙の魔導書】。
分厚い本であるそれは、空中に浮きながらも下降し咲也子の前に問いに関する答えと思われるページを差し出す。
語られた内容的には咲也子が幼いころに母が寝物語に語ってくれた内容と変わりはなかったが、ネックなのは100年ほど更新がないということだ。たかが100年、200年で変わるような信仰でもないとは思うが、不確定要素としての気質は十分だ。
しかしまあ、本来のフィールドである神居の森でお茶会をしていたはずが、なぜ全く知らない場所である、何処ともわからない場所にいるのか。答えはなんとなくわかっている。
「『世界の気まぐれ』かな、ぁ」
「是。『世界の気まぐれ』は世界が何らかの形でキメラ様に干渉してくることであると回答します。本来、創世の神であるキメラ様になぜ世界が干渉してくるのか、原因は不明のため回答できません」
「どうやって、帰ろう、か」
「是。過去の『世界の気まぐれ』により転移されたキメラ様は全て、迎えにより帰還されていると回答します」
「だれか、迎えに来てくれるの、ねー」
周囲を見回してみたところで、背後には何かの術式が彫りこまれている高い高い圧倒的なまでに高い白い壁。咲也子が上を見上げてみても、その頂は見えなかった。前は木々の茂み。その隙間の向こう側に、赤くきらめく何かが見えるだけだった。
視線を空にあげる。さわさわと木々が風に遊ばれる森の中。木漏れ日が心地良い、雲ひとつないたおやかな春空だった。
(だれが、迎えに来てくれるのかな)
穏やかな春空から両手で持っている、小花の柄が描かれたかわいらしいティーポッドへとぼんやりと視線を移す。きらりと装飾品であるコインが光ったのを見た。
首を傾げとりあえず移動しようと様々な魔力を感じる方、動きが激しいためおそらく門だと推定される方へとブーツで大地を踏みしめて、ゆっくり歩き出した。
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