第76話 おしまいおしまい

 __長かったお話もこれで、おしまいおしまい。

 __契約も約束も。

 __思い出も。

 __さあ、おしまい。これで__。

 ______。




「ええ!? 何か、知らない人にプロポーズされた!」

 

 は?

 これは……振られたのかな、僕。

 浅上さんに知らない人認定された。ああ……ダメだったか。山田聡一、この恋散りました。さて、どこで死のうか……。


「よし!」

 愛さんがガッツポーズしている。

 何が良しだ、僕的には全然ダメだ。

 


「え、あれ……」

 僕が、がっかりしていると浅上さんの不思議そうな声が聞こえた。

 彼女の顔を見ると、浅上さんは泣いていた。

 綺麗な目から涙が、流れ落ちている。


「この、こんなことって。此処まで……来たのに」

 いのりが呟く。


「あれ? なんで、私。泣いてるんだろう?」

 浅上さんは泣いている。僕には理由が分からない、彼女も分からないらしい。

 でも……だけど。

 なにか、僕はやっと長い約束を果たせたような。そんな不思議な気分になった。

 心が晴れやかだ。

 僕は何かを忘れている。

 きっと、もう思い出すことはない。

 でもそれは……。


「ああ、終わる。終わるわ……これで、私の夢が」

 いのりが言う。

「勝てるはずだったのに。此処まで来て、失敗するなんて。ああ、私の夢が、力が、覚める」

 

「いのり? これってどうゆうことなの?」

 浅上さんが聞く。

「ふっ、くすくすくす……貴方の勝ちってことよ、夜子。これで貴方の願いはかなった。私は負けた。覚えていないでしょうけどね。私も貴方も、唯の人になる。ああ、特別な時間はおしまい、ね。私はこれから、現実に殺される」


「え、と。だから、どうゆうこと。いのり?」

「不便なところもあるわよねえ、その願い。まあ体の傷も戻るのだから、記憶も一緒に戻っても、文句は言えないのかしら?」


 いのりが部屋のドアに向かって歩いていく。


「ねえ、いのり!」

「さようなら、夜子」

 いのりはドアを開けて出て行った。


「カ、カミサマ。待ってくださイ」

 いのりを追ってエリも出ていく。


 部屋には、僕と、浅上さん、愛さんの三人が残った。


「はぁ。まあ、これでお終いね」

 愛さんが言う。

「えっと、こんばんわ。私たち、どこかで会ったかな?」

 ん? 浅上が愛さんに向かって変なことを聞いている。

 もしかして、浅上さんは傷のショックで記憶喪失なのでは。


「ええ、一年後輩。秋葉原、愛っていうのよ。学校で見たことあるでしょう?」

「ああ! そうだったよね~」

「そうよ」

「ねえ、ところであなた。そろそろ……死んじゃうよ?」

「知ってるわ」

「そう、知ってるんだ」

「ええ」

「ねえ、もしかしてだけど。私……あなたのこと忘れてる?」

「忘れてるのかもね」


「ごめん、私……」

 浅上さんが俯いた。


「別にいいわ。私のせいだし」

「ごめんね」

「はぁ。まあ、でも。アンタもやっぱり大概よね。この私が生きてるように見えるんだ?」

 愛さんは自分の体を見ながら言う。

 愛さんの体は、腐りかけている。崩れているように見える。


「あなたは生きてるでしょ?」

 浅上さんが言う。


「そうかな。だとしたら、アンタは神様より素敵ね」

「ん?」

「だって、そうでしょ? 神様も人を生き返らせるなんて、出来ないんでしょう? 私は、この一年楽しかったわ。ええ、楽しかった。全部、夜子ちゃんのおかげよ」

「そう」

「だから、ありがと」

「うん…………ねえ、私も」


「うん?」

「私も貴方にありがとうって言いたいの」 

「そうなの……忘れてるのに?」

 愛さんが笑いながら聞く。


「うん、ありがとう!」

 浅上さんが、言った。

 

 

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