第72話 モノローグ 仕方ない男

 

 なんでだ?

 僕は、何で探偵になったのか?

 何か理由があったはず。


 どうしても探したい何かがあったような、気がする……だから、だから探偵になったのか?


 でも、思い出せない。大切な約束が、大切な人が、僕にはいた……そんなおぼろ気な記憶がある。最近はそんな事を考える余裕が出来た。


 少し前は、そうじゃあなかった。

 必死だった、生きていくのに。兎に角、金がなかったのだ。

 借金取りに追いたてられ、美味しい仕事もなく。もう、本当にヤバかった。

 

 人間は金で死ぬ。

 ある意味、命は金で買える、間違いなく。

 子供の頃はそんなこと考えなかった。

 

 そんな生活が変わったのは、彼女、浅川さんに会ってからだ。

 全てが、変わった。

 

 仕事が上手くいって、金払いの良い依頼人も出来た。借金が無くなった。事務所に人を雇えるようになった。ますます仕事が回るようになる。貯金も増えた。正しく幸運の女神。


 そして、そして何よりも彼女自身が、素晴らしい。

 長い黒髪、抱き締めたら壊れてしまいそうなほっそりとした体。

 ぼんやりとした神秘的な目が良い。とても僕好みだ。あの顔でけっこう毒も吐く。でも、それにもドキドキする。


 なんだか、彼女の事を考えると胸のモヤモヤが消えていく。

 いつの間にかあった、漠然とした不安、焦りが無くなっていく。

 まるで失った何かを見つけた気分だ。

 

 こんな中年が彼女みたいな高校生に手を出すのは犯罪か?

 まあ、犯罪だろう。少なくとも、犯罪的だ。

 五十嵐さんに言われなくとも、頭では理解はしている。

 しかし、感情は押さえられない。

 気が付くと僕は彼女にアタックしている。もちろん、アプローチ的なアタックだ。物理的なヤツなら本当に犯罪になる。

 いやいやいや、わかってはいる。

 よろしくないことは。

 世間様に、顔向けできないことは。


 バツイチ中年で、職業・探偵が、可憐な女子高生にアタック?

 

 ああ!? とても……よろしくない!

 

 でも仕方ないじゃないか、好きなものは。

 好きなのだ。愛してるのだ。

 浅川さんが、オッケーしてくれたら即座に押し倒す。そして、結婚する。

 いやいや、待て待て。順番逆かな?

 結婚して、そして初夜が、紳士的だ。


 でも、溢れるこの気持ち。

 もし、オッケーしてくれたらと妄想すると……ダメだ。妄想の中の僕はダメなヤツだ。何度考えても、婚姻届を出す前に浅川さんを押し倒してやがる。


 まあ仕方ない。


 僕は紳士ではない。紳士的であろうとはしているが、紳士ではない。仕方ない。


 

 結局僕は、浅川夜子が好きなのだ。

 

 だから、だから……目の前で何があってもそれは。

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