第71話 誘惑

 __少し前。広く暗い部屋で。


 秋葉原愛は、思う。

 もし悪魔なんてモノがいるのなら、それは目の前のコイツだと。

 

「ねえ、愛さん。これはむしろ夜子を助けることになるのよ? このままじゃ、あの子は永遠に報われない。だってそうでしょう? 叶うはずのない約束を待ち続けて、あの子は、ずっと繰り返す。それはもう呪いよ。そして呪いに蝕まれて、人では無くなるの」

 浅上いのりは、続けて言う。

 とても、楽しそうに。

「ねえ、そうでしょう? だって、そうでしょう? ずっと高校二年を繰り返すような存在が、人間であるはずがないでしょう?」

 

「……夜子ちゃんは人間よ」

 愛は言い返す。


「そう思いたいだけ、でしょう? でも人間な訳ないわよねえ。だって、あの子殺しても生き返るし。ううん、正確には巻き戻るのかしら? まあ、いいわ。貴方がそう思いたいのもわかるわよ、お友達だものね。くすくすくす。でももう諦めて……ここら辺でお終いにしましょう下らないお友達関係は。それが貴方の、いいえ貴方たちの為よ?」

「何ワケ分かんないことを……」

「いい、今日が最後のチャンスよ? 貴方にとってはね」

「だから……」


 いのりは愛の言葉を遮って、言う。

「夜子はねえ、繰り返すのよ。同じ心と体で。いいかしら? 貴方にとって大切なポイントはね、同じ体で繰り返すって所よ」


 愛は言葉を呑む。


「分かったようね、私の提案が。今日、この日、この場所で。私が作り上げてきた結界の中でなら、夜子を殺せるわ。いいえ、言い換えれば今の夜子はこの場所でしか殺せない。私の力もどんどん弱くなっていく。当然よね? 夜子の矛盾・制約・不合理の力が、私の力だったもの。切り離されて、別のモノになってしまった私は、もう力が衰えていくしかないわ。その代り、夜子はどんどん化け物になっていくけどねえ、くすくすくす」


 いのりは笑う。

「さあ、愛さん。そろそろ迷うのはお終いにしましょう。今日、此処で夜子を殺す。そして、夜子の力を貴方に。体を維持する契約だけを貴方に。一年係りで蓄えた力とこの場所・結界があればなんとか間に合うはずよ。さあさあさあ、愛さん、どうするのかしら? 私としては貴方に夜子を殺してもらいたいのよ。そうすればみんな幸せよ。貴方は、もう体の心配をすることなく翔太君と一緒にいられる。もっと会っていられる、もっとイチャイチャできるわよ? 翔太君もそれを望んでいるわ。そうよ、考えてみて、もしこのまま貴方が居なくなってみなさい。翔太君はどう思うかしら? 誰だって急に彼女がいなくなったら悲しくなるわよ。もしかして、自分に何か問題があったのかもと悩んじゃうかも……あら? なあに、そんな顔して、まだ悩んでいるのかしら。じゃあ、夜子のことを考えてみて。夜子もずっと繰り返すことなんて望んでいないわ。ああ、心配しないで。それは私も分かるから。そもそも夜子の本当の願いは水野君との約束を果たすことだもの。繰り返すことは不可抗力というか、もう想定外よね。だから、よ。もう約束が果たされないというのなら、いっそここでお終いにしてあげないと。それが、あの子の為よ。ほおら、本当にお友達が大切だというのなら、さあさあさあ……………


              さあ、返事を聞かせて?」


 

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