第70話 お終い、私の。

 市内のマンション。

 10階建で結構大きい。外に、駐車場も完備。

 新しい感じがする。たぶん建てられてから一年経っていない。


 アイちゃんから

「取りあえず、来て」

 と、続けて住所を言われた場所が……このマンションだ。


 だから、私と山田さんは田舎道をUターンして来たのです。

 

 __プルルルル プルルルル

 スマホを見る、アイちゃんからだ。


「ついた?」

 アイちゃんが聞いてくる。


「うん、ついたよ」

「そう、じゃあ……913号室まで来て。あ、駐車場は9階以上の場所は全部使えるらしいよ。車、好きなとこに止めて」

 アイちゃんがそれだけ言うと、電話は一方的に切れた。


 駐車区画を見てみる。

 確かに、マンションの駐車場に停まっている車は少ない。

 いや、一部だけ異様に少ない。

 駐車区画には部屋番号を書いているけど、「900」から上の区画には全然車が止まってない。

 

「浅上さん、愛さんは何と?」

 山田さんが言う。

「このマンションの9階に来てって。えーと、913号室まで来てって言ってました。あと、車は9階以上の駐車区画なら何処へでも停めれます」

「ははあ、そうですかあ。このマンション……9階から上の人は、車持ってないんですかね? はははは、は」

 山田さんは駐車場を見渡しながら言う。

 

 車を適当な場所へ停めて、マンションに入る。

 私たちはエレベータに乗った。9階のボタンを押す。

 扉が閉まると、急に圧迫感を感じる。

 息苦しい。

 エレベータが、上がっていくたびに息苦しさは増していく。


 私は山田さんを見た。

 山田さんの体は少し震えている。

 顔も青白い。

 額にうっすらと汗をかいている。息が荒い。

 うん、ココは、山田さんには少し厳しいかもしれない。連れてきたのは失敗だったかも。

 でも、もう戻れない。試しにエレベーターのボタンを押してみたけど、他の階には止まらないし、反応もない。

 このまま上に行くしかなさそうです。


 __チカチカ チカ


 エレベーター内の電気が点灯する。

 

 __ぽおん


 と、柔らかい音が鳴る。9階に到着。

 

 エレベーターを出る。

 

 はあはあ、と山田さんが息を吐きながら付いてくる。

 俯き加減で、かなり疲れている様子。

「山田さん、ココで休んでいますか?」

「はあはぁはあ、え? 何ですか?」

 山田さんが顔を上げた。

 

「疲れているなら、ココで休みますか?」

「え、いや。大丈夫です大丈夫です、行きましょう」

 

 山田さんの返事を聞いて、どうしようかな、と考える。

 グロッキーな山田さんは、置いていくのが一番良い。ついてきても無駄に体力を消耗するだけだ。

 

 でも、こういう場所に一人にするのは危ない。

 ナニに襲われるかわかったものではありません。

 そういうことを考えると連れていくしかなさそうだ。


 夜だからか、明りの具合か、9階は暗い。

 通路に明りが全く無い。

 通路から外を見下ろすと、町の明かりが見える。街灯が見える。行きかう車の光がある。


 でも私たちが歩いているマンションの通路は、宙に浮かんでいる泥の中のように、暗い。

 その泥をかき分けるように進む。

 そういえば、前にもこんなことがあった様な?

 不思議なデジャブを感じながら歩いていると、着いた。

 目的の部屋は9階の端っこにあった。

 ここで、行き止まり。


 私はドアを開けた。


 __きいい


 という、耳障りな音をたてながらドアが開く。

 

 広くて、暗い。

 部屋は、いやこの空間は暗く、広く、大きくそして湿っていた。


 入って最初の違和感。

 それは広さだった。

 元はマンションの一室のはずの、この空間には、壁がない。 

 所々には、柱があって。崩れた壁があって。

 でもやっぱり部屋の壁がなくなっている。それも、たぶん9の。

 だから異様な広さを感じる。

 マンションの部屋というよりもう、大きな倉庫の様な。それがマンションのドアを開けると、ある。

 

 明りは、一つ。


 冗談のように残っている天井の蛍光灯が一つだけ。


 その周囲だけ明るい。光が届かない場所は、完全なだ。

 

 __くちゃ ぺちゃくちゃあ


 湿った水音。音の方を見ると、女の人が、人の形をしたものを食べている。口を動かすたびに、水音が聞こえる。

 女の人の周りには、他の動かない人型が沢山が積みあがっている。

 

 その女の人の横には制服姿のアイちゃんが、立っている。アイちゃんは俯いているから、どんな表情をしているかわからない。



 そして……明るい蛍光灯の下には、小さな木の椅子が一つ、丸いテーブルが一つ。

 

 そこで椅子に座り、両手で頬杖をついて、ニマニマした顔をこちらにむけているのは……浅上いのり。


「くすくすくす、こんばんわぁ。山田さん」 

 いのりが、言う。

「え? あ、はい。こんばんは?」

 山田さんが、ボンヤリとした返事をする。


「……いのり、アイちゃんを返して」

 私は言う。


「あら? 何言ってるのかしら、まるで私が無理やり愛さんを奪ったみたいな言い方ね?」

「そうでしょ? 違うの」

「くすくすくす、違うわよ。その証拠に、ね?」 

 いのりがそう言ったあと、


 __きいい


 という音が響く。


 そして、私の背中にドンという衝撃。後ろから、甘い匂いがした。


「……ご、ごめん。ごめんね」

 後ろから、アイちゃんの声がする。泣いてるみたいな、声がする。


 あれ? でも、アイちゃんは彼処に? いや、あそこで俯いてるのは、違う? ……あれ、背中が、熱い。痛い。ドクドクする?

 

「じゃあねえ、さようなら夜子。くすくすくすくすくす……」 


 視界がぐんにゃりしてくる。

 声が、曖昧に……? あれ、いつの間にか私倒れてる??


「あああああ! 浅上さん、あさがみさぁああん!?」


 山田さんが、何か叫んでいる。


 その声を聴きながら、たぶん私は、死ん……。

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