第69話 電話

 光が減ってくる。

 街灯の光、コンビニの光、歩いている人が持っているスマホの光、マンションの光。

 さっきまでは沢山あったのに。

 車外の景色を見ながら思う。

 私が今どこに行っているか、どんな所に行っているかは、道路の信号機を数えるとわかるのかもしれない。信号機がある間隔が減って来ると、ド田舎へ行っているはずです。


 本当の田舎には信号機が少ない。

 

「そうそう、浅上さん。ご両親に電話しなくでもいいですか? この分だと、12時前後になると思いますが」

「大丈夫です」

 お父さんとお母さん、門限に対しては何も言わない。私が普段、夜歩きしているから諦めてるのかも。

「いやでも、一応遅くなるという連絡だけでも……」「大丈夫です」

 きっと、遅くなるだろうから。

 

 車の外を見る。

 暗い。

 対向する車も少なくなってきた。

 夜でも今日は暖かい。

 だんだんと春が近づいている。

 私は、4月になったらどうなるのか。

 本当に、2年生を繰り返すことになるのかな? 

 それとも、どこかへ消えちゃうのかも? 

 ふっと、息がこぼれる。

 もうそれでもいいかもしれない。本当に、繰り返すなら。もう、消えてしまっても良いのかもしれない。

 そんな考えが浮かんだ。

 

 ぼんやりと、景色を眺める。

「浅上さん!」

「ふぁ!?」

 山田さんが急に呼んできたから、ビックリした。

「な、何ですか? 急に……」

「あ。いや、すみません。何と言うか、浅上さんが急にこう……何処かに行ってしまいそうで、怖くなって」


 山田さんは、私をじっと見つめてくる。


「ええと。私は山田さんが前を見て運転しないことが怖いんですけど」

「……はは、すみません」

 山田さんは、前を向いて言う。


「でも、浅上さんを見てるとたまに……本当に怖くなります。目の前にいる筈なのに、何処か遠くにいるようで。手が届きそうなのに、触れない。そんな不思議なもどかしさが、怖さがあります」

「そうですか?」

「ええ、そうですよ。ねえ……浅上さん」

「はい」


「……浅上さんは、彼氏とか、いるのですか?」

「え、私ですか。居ませんけど」

「おお! そうですか? じゃあ……」

「でも、結婚の約束をしてる人はいます」

「……」

 山田さんは黙った。

 珍しいこともある。


 ぎぎぎ、という音がしそうな感じでこちらに顔を向けてくる山田さん。

「そ、そうなんですかぁ? へええええ、結婚の、約束を?」

「はい」

「ち、ちなみに。許嫁とかですか、ご両親の公認とか?」

「いえ、違いますけど。あの、それより前見てください、前」

 山田さんは少しだけ、顔を前に向けた。

 

「じゃあ、その年で結婚の約束は少し早いんじゃないですか? うーん。僕はどうかと思いますよ。いや、浅上さんならもっと良い出会いがあるに決まってます。あ、そもそも何処のドイツデス? その、うらや……ゴホンゴホン。その、……相手は? 僕これまで結構、浅上さんと会ってますけどその婚約者、会ったことないですよね?」

 山田さんは早口で言った。


「うーん、それを聞かれると……。まあ山田さんは会ったことないです。約束も、私が高校二年生になったら結婚するって約束で。でも、全然会いに来てくれないし。私もちょっと困ってるんです」


「なんですって!? 会いに来ない! え、その婚約者がですか」

「はい」

「何てヤツだ! ああ、もう死ねばいいのに。婚約者のくせに、会いに来ないですって!? どうかしてますよ、そいつ。浅上さん! そんな奴のことは忘れて新しい出会いをですね……」

「水野君のことを悪く言うの止めてもらえます?」

 私は山田さんを睨んだ。


「あ、ああすみません、すみません。そんな目で見ないで下さい。ええと、その相手は水野というのですか? うん? でも水野と言ったらそう言えば僕も昔……」

 山田さんは何か考え込む素振りをする。


 __プルルルル プルルル


 私のスマホが鳴った。

 取り出して、掛けてきた相手を見る。でも、知らない番号です。

 

「もしもし」

 一応出てみる。

「……もしもし、夜子ちゃん? あの、私だけど」

 

 んん! この声は。

「アイちゃん!?」 

「あー、うん……私、私」

 間違いない、電話の相手はアイちゃんだ。


「アイちゃん! 今どこにいるの? 心配したんだから」

「うん、いや。えーと、なんか今すぐ電話しろって言われて……あ、すみません」

 

 ん? アイちゃんは電話の向こう側で誰かと話をしている様子です。

「アイちゃん?」

「あー、えーと。うん、ごめんね夜子ちゃん。ちょっと来てほしいところが……あるんだけど」

 

 アイちゃんは私の質問に答えず、そんなことを言ってくる。

 


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