春になる前

第64話 小話

 長い長い昔話を聞いた。


「え? でもそれじゃあ、何であなたは夜子ちゃんを、その……殺そうとしてるの?」


 私は、いのりの話を聞いて疑問に思った。


 夜子ちゃんの待ち人、水野くん。そして、いのりとの関係、知らないことは色々あった。

 ずっと不思議だったことばかり。


 いのりから聞いた、夜子ちゃんの過去。


 昔の話を聞いてわかったことは多い、でも、そもそも二人、夜子ちゃんといのりは、仲が良かったはずだよね?


「なあに? 私の話をきちんと聞いていたのかしら、愛さん」

 いのりが嫌みったらしく言う。


「……聞いてたわよ」

「いいえ、聞いてないわね。あなたね、私があの哀れな人形と同じだと思ってないかしら?」


「え、違うの!?」

 驚いた。私は今までの話を聞いて、人形のいのりが、夜子ちゃんの中に入ったんだと考えていた。だって名前も同じだし。


「ぶー、不正解ね。いえ、この場合正しいけど間違ってると答えた方が面白いかしら?」

 

 __くすくすくす


 と、いのりが笑う。

「ねえ、愛さん? この世で、人間が神様とした約束は知ってるかしら?」


 笑顔を浮かべたいのりが聞いてくる。


「は? 知らないわよ。それよりワケわからないコト言ってないできちんと説明してよ」

 私は文句を言う。


「はあ、ダメねえ。まず、基本がわかってないと話にならないわ、それとも知らないフリをしてるの?」


 いのりは、首をゆっくり振りながら言う。


「神様と人の約束、それは死んだ人は生き返らないってことよ」


「は?」

 いのりの、言っていることが理解出来ない。急にこいつは何を言い出すんだろう。だって、それじゃあ私は……。

「くすくすくす。あなたもしかして、生きてるつもり? 自分が生き返ったとでも、思ってるのかしら」

「え、え? いや、でも、だって私はこうして……」

「動いているわね? しゃべってもいるし、歩いてもいる。でも、それだけ。生きてるわけじゃあ無い」


 いのりが、言う。そして、その顔はとても楽しそうで。


「その証拠に、あなたそれ以上成長しないでしょ? この一年で背は伸びたかしら? 髪は伸びたかしら? くすくす。つまりはそういうこと。あなたは死体なの。決して生き返った訳じゃあ無い。くすくすくす」


 改めて指摘されると、体が震えてくる。でも、私は人間で、ちゃんと。そう、ちゃんと、生きてる。そう夜子ちゃんも言ってくれた……。


「現実を見なさい、あなたは死んだの。私がしたのは、それを誤魔化しただけ。死体に朽ちゆく魂を入れて、定めを遅らせた。その内限界もくるわ」

「……そんな」

「最初に言ったでしょう? 契約したでしょう? 一年だけだって。くすくすくす」

「…………そんな」

「死は絶対よ。だから怖いし美しい。……そう、それはあの人形も同じ。あの人形は死んだの。水野くんの死を身代わりにして、ね。まあ、最後に良い仕事したわ。水野くんを助けたのはナイスよね」


「……じゃあ、あなたはナニ?」

 こいつが、話に聞いた身代わり人形では無いと言うなら、コイツは何なの?


「人間は死から逃れられない。でもその代償に、新たな命を産み出すことはできるわ。これこそが神様との契約。私はね、夜子と、あの哀れな人形の、契約結果……その成れの果て。二人によって産み出された新たな存在であり、命よ」

 

 ___くすくすくす。


「ねえ、わかるでしょう? 夜子の願いが叶わないってことは。叶うはずが無いってことは。水野くんはもう、夜子のことを覚えてない。そして、それは……夜子も同じ。夜子も水野くんを覚えてない。いえ、違うわね。正確には、成長した水野くんを覚えてない、認識できない。だから、果たされる事はない約束なの」


 ____くすくすくす。くすくす。


「だって、そうでしょう? あの子はもう、13回も繰り返してる、下らない日常を。そもそも、ずっと心も体も高校二年生? 心変わりもせずに、その状態で約束を待ってるですって? あー、下らない! そして、無理で無駄な願いごとよ」

 

 ____くすくすくすくすくす。


「夜子が覚えてるのは、あの夜の水野くん。まだ、二十歳にもなってない、子供の水野くん。……くすくすくす。今の、見違えるほど大人になった水野くんを認識できないの。ねえ、愛さん。今の水野くんの年齢は分かるかしら?」


 _____くすくすくす。くすくすくす。くすくす。


「そう、単純な足し算よね。夜子が止まっちゃった高校二年。つまり、夜子が16才の時水野くんは4つ年上だから20才。それに、13年足してあげれば、ほら? わかるでしょう?」


 ___くすくす。


「ねえ、ねえ? どうかしら? とても、面白いわね。夜子は過去を忘れないように願い事をしたはずなのに結局は、忘れるのよ。だってほら、同じ心で繰り返す一年。その一年が、過ぎ去れば。で繰り返すのだから前の一年間のことは当然覚えてないわ。そういう契約だものね。でも、世界は夜子を置いて進んでいく。くすくすくす。繰り返してることは私がいるから、解るでしょうけど、でも肝心の事は覚えてはないわ」


 ____くすくすくす。


「繰り返した過去! 覚えておきたいこともあったでしょうに! ああ、バカな夜子!! でももうない、完全に無くなってしまった、今はもうない過去! そして、それはこれからも続くわよ?」


 ____くすくすくす。くすくす。くす。くすくすくす。くすくすくすくすくすくす。くすくす。くす。


「ねえ、愛さん。もう、あの子に義理立てするのは止めなさい。良いことないわよ? そもそも、あの子は……貴方を覚えてると思う?」


 __くすくす、くす。


「ああ、そうね。最初の質問に答えてないわね。何で私が夜子を殺すか、ね。それは……恋をしたから。これが一番の理由。くすくすくす。あの人形が熱を入れたのも解るわ、いや実際会うとカッコいいわね? 水野くん。私のタイプよ。ええ、ビビっときたの。たがらよ、やっぱり邪魔でしょう? 夜子は。水野くん、水野聡一くん、あー、素敵。あ、今は名字変わって山田聡一さんね。どうかしら、素敵な人でしょう? 守ってあげたくなるわよね? あら、何で黙ってるの愛さん? なんとか言いなさい、


______首絞めるわよ?」




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