第59話 今はもうない過去 その10

 ____さらさらさら。

 記憶は流れる。

 思い出の中の私は、中学生になった。


 いろんな事がありました。

 大きな事件といえば、水野くんが引っ越しをしたことかも。


 なんでもご両親の仲が悪くなったらしい。

 今は別居中。離婚も時間の問題らしいです。


 水野くんはお母さんの方に付いて行って、町内の団地に引っ越した。


「はぁー、最悪だ」

 サッカーボールを蹴りながら水野くんが言う。サッカーボールは団地にあるコンクリート壁に向かって跳んでいく。

 ポンッという軽い音を出しながらボールは跳ね返った。

 

「何が最悪?」

「何って決まってるだろ! うちの親の事だよ……このままじゃヤバイ」

「ふーん」

「あー、どうしよー」

 水野くんが両手で頭を抱える。

「……なあ、夜子。もし、僕が金持ちじゃあなくなっても結婚してくれるか?」

「……うん? どうゆうこと?」

「だからさ。父さん、会社の重役で金持ってただろ? 母さんが離婚すれば、今まで通りとはいかないだろうし……。はぁ将来は僕も父さんの会社に入って安泰の予定だったのに……。その計画もちょっとこのままじゃあヤバいというか」

「ふーん」


 水野君はいろいろ悩みがある様子です。高校生になって進路とかも気にしてる。

 でも……お金かぁ。 

 うーん、確かにあったほうがいいのでしょうけど。そんなに気にするかな? 私はフツーに生活できて、生きていけるだけあれば十分だと思うのです。


「ああああ。このままじゃあ、就職先も自力で探さなくちゃいけないしなぁー」

 水野君がヘタレてる。

 活を入れてやらないと。

「就職先なんて、みんな自力で探してます」 

「……そうだろうけどさぁ。ハッキリ言って自信が無いというか、さ。ちゃんと就職できるのかなぁ僕。なんか変な不安がある」 

「頑張って働け」

「……はい」

「私も頑張るから。別に水野君だけに頼ろうと思っていないよ、私。もし生活苦しいなら私も働くし。できるだけ貯金もしておくよ」

「……おう! そうだな、就職なんてどうにでもなるか! 自分で会社作ってもいいな! お前と二人なら、どうにもなる」

 水野君は元気になりました。

 

 ちなみに今。私は中学一年、水野君は高校一年。

 もう私はいじめられていない。

 そもそも私をメインでいじめていたのは、水野君の取り巻きだった里美と静子だった。アイツらと私も、4年生分の年の差があるから、二人が小学校を卒業したら影響力が無くなった。

 私が中学校に入っても、向こうは高校生。中高一貫じゃあないし、今は比較的平穏な学校生活をエンジョイしています。


「水野くん、やほー!」「こんにちは」


 比較的……平穏な……。


「ねねー水野君元気出しなよ! 私がついてるって、ね!」 

「そうだよ、たまには気分転換も大切だよ。どっか遊びにかない?」


 ……ああ、奴らが来た。

 

 学生服姿の女が二人、一人は肩までの髪を茶髪にしている。もうひとりは黒髪のポニーテール。

 里美と静子だ。

 

 二人は私と水野君の間に入って、私を押しのけるようにして水野君に話しかける。

 

「あの、……さとちゃん、しーちゃん。今ね、夜子と話してるんだけど……」「ねえ、水野君! こんな女と話してたら気が滅入るだけだって!!」「そうだよそうだよ。今度市内の方にショッピングモールが新しくできたでしょ? あそこのカラオケ行ってみようよ、私たち三人で」 

 

「……ご、ごめん。夜子、じゃあ、また今度」

 水野君は二人に脇を取られて連行されていった。少しは抵抗しろ。

 

「……水野君のバーカ」  

 こっそりとつぶやく。

 結婚できる年になったら結婚してくれって、プロポーズしてきたくせに……。

 やっぱり水野くんはヘタレです。なんでも、水野君はあの二人とも幼馴染だから強く言えないらしい。



 一人になった私は、とぼとぼと家に帰った。





 __だめじゃない、そこで帰ってきちゃ。

「だって、連れてかれたから」

 __だってじゃないわよ。阻止よ、阻止しなさいよ。

「無理、どうやって止めるのよ」


 暇になった私は家で、いのりとおしゃべりする。

 私は中学生になって大きくなったけど、いのりのサイズは変わらない。顔は私そっくりだけど。

 

 __水野君と結婚するんでしょう、はっきりあの娘たちに言ってやりなさいよ。

「いや、まだプロポーズされただけで……受けてないし」


 __いやいやいや! 私相手に照れなくていいから、受けてるでしょう! はっきり言ってないだけで。貴方、オーケーしてるでしょう! 好きなんでしょう、水野君のことが!?


「……うん」

 __はぁ、もう。しょうがないわね、夜子は。

「……うん、ごめんね。いのり」

 __いいわよ、もう。……所詮私は人形。恋なんて縁のないことなのよ……。まあ、良かったわね、夜子! もし私が普通の人間なら、貴方なんて相手にならないわ。水野君もきっと私を好きになるはずよ。私って優しいし、気が利くしね。神様に感謝しなさいよ?


「……うん、でも。いのりが人間だったら、良かったのに」

 __あらあら。私の話聞いてた? 恋敵が増えるのよ?

「でも、友達も……増えるよ」

 __もう……馬鹿な子。ちょっと止めてよね。恥ずかしいじゃない。私は人間になったら絶対、貴方とは友達にならないわ。

「ええー。どうして?」

 __恋敵だから、よ! いや、友達のふりはするかもね? でも、肝心なところでは絶対裏切ってやるわ。そして、最後に勝つのは私よ!

「なにそれー、あははははは」

 __くすくすくす。……まあ、心配しないで。私は身代わり人形、貴方と水野君に何かあったときは、私が助けてあげる。私が、私の意思で、助けるわ。

「うん、ありがとー。いのり」

 __でも、人間かぁ。いいわよねぇ。羨ましいわ。

「ねえ、いのり。……あの神社行ってみる?」


 私はずっと考えていることがある。

 願い事をかなえてくれる、神社。お母さんに教えてもらった。

 その神社の御神体は……鏡。

 古い古い鏡。

 満月のようなその鏡は、海の中に沈んでいる人間の思い、執念、残念、怨念、願い、希望を集めている。眷属のカニを使って、集めている。

 だから、私は考えてる。

 あの御神体なら、願い事をかなえてくれるのではないかと。そこでなら、いのりの願いが、人間になりたいという願いが叶うのではと。


 __ああ。あの鏡がある神社かしら? でもね、夜子。あの神社には近づくなってお母さんが言ってなかったかしら? 確か、時期は……そろそろよね。それに、今日は新月でしょう? 危ないわ。


「でも、それだけ力があるってことでしょう? 今がいい時期だと思うの。話を聞く限りじゃあ、今年が一番、時期だよ」

 

 __まったく、貴方は親の言うことを聞かない子ねえ。言いつけを破ってばかり。それに、やめといた方がいいわよ。あの鏡、叶えてくれるって言っても。鏡だけに、願いが反転することがあるらしいじゃない?


「でも、いのり。今を逃すと、あと数十年待たないといけないかも。人間になりたくないの?」

 __成りたいわよ。出来るなら、ね。でも、成れっこないわ。私は私、身代わり、生贄の人形。人形なのよ。定められた姿から……変わることはできない。変われないの。

「やってみなくちゃ分からないよ? ねえ、いのり、願い事をするだけでもしてみよう?」

 

 ______そうね。物は試しっていうモノね。くすくすくす、それでもし本当に私が人間になったら、どうするのかしら?


「友達になって!」

 __あら、それは無理ね。

「えーどうして?」

 __だって、私たち……もう友達でしょう? 

「……うん!」 

 

 ……そして、真っ暗な真っ暗な、新月の夜。

 私たちは願い事を叶えるために歩き出す。きっと、これからもいい事があると……思って。


 

 

 

「なあ、夜子。こんなところに神社があるのか?」

 神社までの暗い夜道、水野君を呼びだした。ボディーガード代わりです。

 電話した時、水野君はまだ里美と静子とカラオケしていた。うん、早めに電話しておいてよかった。市内からここまでは一時間くらいかかるし。

 

 三人で、いや、いのりは私が抱いているから二人か。二人でテクテクと夜道を歩く。


 __くすくすくす。よかったわ、もし人間になったら水野君に一番に挨拶したいし。

「えー、私は?」

 __あら、夜子。言っておくけどね、私にとってあなたは常に二番目よ? 一番は水野君よ。当然でしょう?

「ふふふ、そうだねー」


「……なあ、夜子。いのりは何て言ってるんだ?」

「ひみつー。女の子の内緒話だから、気にしないで」

「いや、それ気になるだろ。はぁ、まあいい。それより、どうなんだ?」

「何が?」

「……僕の話聞いてなかったな。神社だよ、ここら辺にあるの? 全然知らないんだけど」

「あるよ、貴方が知らないだけで。とってもご利益のある神社なの。願い事が叶うんだって」

「ふーん、そうか」

「ビックリしないね?」

「いや、何ていうか……ありきたりだろ?」



 会話しながら歩いていると神社に着いた。

 ここも、真っ暗。いや、むしろ外よりもっと……暗い。

 赤色が剥がれかかっている古い木の鳥居。鳥居に掛かっている注連縄はどうして千切れないかと不思議に思うほどボロボロ。

 

 チロチロと水の流れる音。

 鳥居の近くには水場がある。


 ああ、とても静かだ。

 水の流れる音意外は何も聞こえない。虫の声も、フクロウの声もしない。何時もいるはずのカニも、新月の今日はいない。

 

「うわ、本当にあった。……でもなんかここ、不気味だけど。ホントにこんなボロボロな神社でご利益あるのかぁ?」

「水野君! 失礼なこと言っちゃだめ。この時期は特にね」

「はぁ、なんで? えと時期とかも何の関係が?」

「聞こえるかもしれないでしょう、奥に……」

 私は、じっと水野君を睨みながら注意する。本当に大切なことだから。


「……あ、ああ」 

 分かってくれたかな?


「じゃあ、水野君。ここで手を洗って。口も漱いでね?」 

「……ああ」


 お願い事を叶えてもらいに行くのだから、失礼のないようにしなくちゃ。

 私は水場にある柄杓を手に取る。水を左手、右手と順番にかける。

 口もくちゅくちゅと漱いだ。

 いのりの両手も水で洗おう、口も漱ぐフリをする。形は大切だから。


 __ああ、ドキドキしてきたわね。……これは、すごいわ。いけるかもしれない。

「うん」

 きっと、この鳥居の先は。きっとこの境界の先は、別のセカイだ。


 __いいわねいいわね。この世で叶わぬなら、あの世で。あの世で叶わぬなら、異界で叶えて見せよう我が願いを。くすくすくす。

「なにそれ?」

 __気分が乗ってきたの。……ああ、考えると恥ずかしいこと言ったわね。忘れて。

「一生覚えてる」

 __黒歴史を作ってしまったわ。


 二人で下らないことを言ってふざける。正直なところ、少し怖かったから。この鳥居を…………潜るくぐるのが。

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