第58話 今はもうない過去 その9
……8月3日。
私たちは水野君の家に行った。
玄関のチャイムを鳴らすと、ピンポーンと軽い音がする。
『はーい』
インターホンから水野君の声。
よかった。他の家族の人が出なくて。私の、私たちの用事は水野君にあるから。
『どちらさまですか?』
「……浅上です」
『あ、浅上、え? よ、夜子か!?』
「うん」
『何の用事……あ。い、いや。すぐ行く!』
水野君が玄関を開けて出てきた。
キョロキョロと視線をそらしながら話しかけてくる水野くん。
「よ、よお。この前の○○○○ランド楽しかったなぁ? 良かったらまた行こうぜ? 夏休みは長いからな。あ、いや。別にあそこだけじゃあなくて別のとこでも良いぜ? たとえば……」
ああ、水野君の長話が始まった。
うっとおしいので自分の用事を切り出す。
「水野君、この子……あげる」
そう言いながら私はいのりを水野君に差し出す。
「は? え? ……あ、お、おい? 良いのか、これ、……僕にくれるの?」
いのりを差し出すと、何故かあたふたとした様子。
__くすくすくす、これで私も嫁入りねぇ、感慨深いわ。
いのりは好きな人の所へ行けるから楽しそう。でも、私は辛い。私のたった一人の友達なのに……。
「……」
「お、おい? 何とか言えよ夜子?」
__あらあら、夜子ダメよ? 昨日よく話し合ったでしょう。これでお別れって訳じゃあないし。さぁ、あのセリフを言って?
私が黙っていると、二人から急かされた。
「水野くん……」
「な、なんだ?」
私はいのりを両手に持ち、言う。
「……この子、私だと思って可愛がって」
「え?」
「……ちゃんと可愛がってくれてるか、たまに確認しにいくから」
「ええ! えっと、確認しにくるって、僕の家に?」
「……うん」
「任せろ!!!」
水野くんは大声を出しながら、私からいのりを奪っていった。
__くすくすくす。作戦どおりねえ。じゃあね、夜子~。たまには遊びに来て良いわよ~。あ、でもたまにだからネ? あんまり二人っきりを邪魔しないでよ? わかったー?
ああ、いのりは楽しそうに水野くんにお持ち帰りされた……。
……辛い。
「おおーい! よーるこー! 僕の家に上がってかないのかー?」
私が自分の家に帰ろうと歩きだすと、上の方から水野君の大声が聞こえる。
声の方向へ顔を上げると水野君が二階の窓から体を出して、いのりを右手に持ちブンブンと左右に大きく振っている。
ていうか、いのりを乱暴に扱うのは止めろ。
「今日は帰るー。それと、その子を乱暴に扱わないで!」
私は水野君を注意した。
「あ、ああ。ごめんごめん」
でも、それと一緒に聞こえてきた声は
__きゃー、くすくすくす。水野君に乱暴にされるのも良いわねぇ。
ああ、だめだ。いのりは喜んでいる。
なんだか疲れた。今日のところは家に帰って寝よう。
……8月7日。
1日が、……1日が長い。
いのりとおしゃべりする時間が無くなって、1日がひたすら長くなった気がする。
「あー……独りは寂しいなー」
楽しいはずの夏休みも独りでは辛い。宿題も今はする気が起きません。
仕方なく居間でテレビを見ていると、
__プルルルルルル プルルルル プルルルル
「んんー? でんわー?」
電話が鳴っている。
ダラダラしていたいけど、お母さんとお父さんはお出かけして家には私一人。
「……はーい、浅上です」
私は受話器を取る。
「おう、夜子か? ボクだ」
「……どちら様でしょうか?」
「おいいい! ボクだよボク! 水野だよ!? わかれよぉ!」
「あー」
聞き覚えがあると思ったら水野君だった。
「いや。ま、まぁ。冗談だよなぁ。僕の声を聞き間違えるはずないし、ははは! 全くお前の冗談はいつもキツイよ。ははははは……はは。……なあ、冗談だよな?」
「……何か用事?」
「あ、ああ。いや、そうだ! お前ちっとも僕の家に来ないじゃないか! あの人形をくれるときに遊びに来るって言っただろう? ……別に恥ずかしがる必要ないぞ? お前の気持ちは分かってるつもりだ! それに今日はボクの親どっちもいないからさぁ、心置きなく遊べるぜ!」
なんかイヤらしいな。それに別に遊びに行くつもりなんて……あ。そうだ、水野君の家に行けばいのりに会える。
水野君に乱暴に扱われてないか確認しておかなくちゃ。
「あー、そうだった。今から行ってもいい?」
「ああ、うん! いいぜいいぜ! お前がいつ来てもいいように、いつも部屋片付けてるから。あの人形も大切にしてるよ、お前だと思ってな。早く遊びに来いよ! 待ってるから、じゃあなぁ!」
__ガチャ。
電話が切れた。
よかった、いのりに会える。たまになら遊びに来ても良いって言ってたし。この前から4日も経ってるからそろそろ良い時期だろう。
私はいのりに会いに行くことにした。
水野君の家に行く。
「よお! 待ってたぜ!」
家の前には水野君が待ち構えていた。
「……うん」
「さあ、上がれよ」
「うん……お邪魔します」
水野君に促されて家に上がる。
ああ、包丁を置いてきたのが悔やまれる、あ……いや水野君には復讐禁止だった。危ない危ない。
確か水野君の家には数回遊びに来たことがある。小学校に入る前くらいだけど。
おぼろげな記憶のとおり、水野君の部屋は二階だった。
「よし! ここが俺の部屋だ! 覚えてるか夜子、ここにくるのは久しぶりだろ?」
「……うん」
水野君の部屋はきれいに片付いていた。
ベットが一つ、勉強机が一つ、あと大きめのテレビが一つ部屋に置いてあるのは羨ましい。他に目立つものと言えば、3段の本棚が勉強机の近くに置かれている。
いのりは、その本棚の中段に腰かけていた。
「いのりー久しぶりー、元気だった?」
……………。
あれ? 返事がない。ただの人形みたい。
「ってそんな訳ないよね。……どうしたの、いのり? 」
__ああ、誰かと思えば夜子か。……死ねばいいのに。
いのりがとても暗い声を出す。
なんだかもう、世の中に絶望している感じだ。
「えええ!? ど、どうしたの一体?」
__ちょっとしばらく話したくないわ。放っておいて頂戴。
いのりが、やさぐれてしまっている。
「水野君! いのりに何したの?」
原因は絶対、コイツだ。
私はぼーと突っ立居ていた水野君に聞く。
「はぁ? え、いのりってその人形のことか?」
「そう! 何かひどいことしたでしょう!」
「いや、僕は何もしてないよ」
「嘘! この子、すごくやさぐれてるよ!」
こんな状態のいのりは見たことがない。きっと水野君がひどいことをしたはず。
「いやいやいや、何もしてないって。それに人形がやさぐれる訳ない……」
「嘘、うそ! 絶対何かしたでしょ……」
__あー、もう! ストップ夜子、水野君は悪くないのよ。
私が水野君を追及していると、いのりが待ったをかけてくる。
「えー、じゃあなんでそんなに元気ないの?」
「……なぁ? 夜子、お前……人前で人形に話し掛けるのはやめろよ。頭おかしく見えるぞ?」
「うるさい! 水野くんは、黙ってて」
まったく、いのりと話してるのに礼儀知らずな奴だ。
「……はい……でも、僕は……お前が多少変でも構わない」
水野くんブツブツと独り言を呟きだした、無視しよう。
「ねーねー。どうしたのよ一体? 何されたの、話してくれたら復讐するよ?」
__くすくすくす。違うの、違うのよ。水野くんに酷いことされたんじゃあないの。ただねぇ、自分の立場を思い知ったと言うか、なんと言うか。
「んー? 酷いことされてないの」
__そうよ、……ただね。毎日毎日、愛の告白を受けたわ。
「えー! やったじゃん! ラブラブだー」
__くすくすくす。死ね、死ねば良いのに。違うのよ、夜子。水野くんはねぇ、あなたが好きなの。あなたに対する、……良いかしら? 人形の私じゃあ無くて、あなたに対する恋心の告白を、私にするのよ。毎日毎日、毎日! つまりねぇ私は好きな人に、毎日毎日毎日、お前なんて興味ない、僕が好きなのは夜子だって言われてるわけよ!!
「何それひどい! それならやっぱり復讐……」
__だからストップ。これは復讐とかそんなんじゃあないのよ。お子様な夜子にはわからないだろうけど、ね。まあ、それでも復讐してくれるって言うならあなたが自殺してくれると嬉しいけど?
「ええええ!?」
ひどいことを言われた。
__くすくすくす。嘘。冗談よ。本気にしないでね?
「ええ!? ああーもう! びっくりした」
__まあ、……冗談半分ってところかしらね。
私がほっとしていると、いのりが小声で何か言う。よく聞き取れない。
「え? 何か言った?」
__くすくすくす。気にしないで。
話していると普段のいのりに戻ったみたい。
嬉しくなった私はいのりを両手に抱く、そのままベットに腰かけた。足をパタパタさせながらいのりと話をする。
__はぁ。でも、水野君の家にいるのは失敗ね。4日間だけだったけど、ダメージが大きいわ。
「ふーん、そうなんだー。じゃあ、どうする? 私の家に帰る?」
__はぁ、そうしようかしら。
「わーいやった!」
いのりが帰ってきてくれる。うれしいな。
__まったく、何で私の体は人形なのかしら? 人間の体があれば、もっといろいろ出来るのに。この体じゃあ、水野君とおしゃべりも出来ない。
「え、そうなの? 水野君と話せないの?」
__出来ないわ。結構あなたは異常なのよ。それに比べて水野君はフツーのカッコいい男の子だもの。
「ふーん、不便だね?」
__そうよ、不便なの。これでどうやってアプローチかければいいのよ? 誰かに教えてほしいモノよね。まずは会話しなきゃ始まらないというか……あら?
「ん? どうしたの?」
__くすくすくす。水野君があなたを見てるわよ? いいわねぇ。夜子は体があって。体さえ、人の体あれば負けないのに……。
んん? 私が水野君の方に顔を上げると、水野君はサッと視線を逸らす。変なやつだ。
__ああ、違うわよ、夜子。あなたが誘惑してるんでしょう? スカート履いて、男の子の部屋で、ベットに腰かけて足をパタパタさせるなんて……なかなかやるじゃない?
「んんん? そうかな、ありがとう?」
いのりに褒められた。じゃあ、もっとしてみようかな。
……パタパタパタ。
「ぐはぁあ!?」
水野君が変な声を上げる。
__ああ、まったく死ねばいいのに。やっぱり人形の体だと愛してもらえないのかしら? でも私は私、体を変えるわけにもいかないし、どうすれば…………あ!
「どうしたの?」
……パタパタパタパタ。
「があああ!?」
水野君がウルサイ、無視しよう。
__私、閃いたわ。
「うん?」
いのりの瞳が輝いた気がした。
__夜子、あなた水野君に抱かれなさい。
「うん、抱かれる?」
__そうよ! 私って天才かもしれないわ。くすくすくす。夜子、出来るだけ乱暴に抱かれなさい、その傷を、感触を、私に移せば、結果的には私が水野君に抱かれることになる!! 私が水野君に愛してもらえる!!!
「ねぇいのり、抱かれるってどういうこと? 抱き着かれればいいの?」
__くすくすくす、……セックスしろって言ってるのよ。
「えええええ!?」
なんかすごく危ないことを言われた!
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