第54話 今はもうない過去 その5

 家に帰ってすぐに、身代わり人形をお母さんに見て貰った。あの子は、私の友達はなんとか治りそう。

 でも、治るのに時間が掛かるらしい。今は弱っていて、しゃべることもできない。



 私の火傷は……もう治っている。

 いや、治ったというより正確にはあの子が私の火傷を身代わりで持っていってくれたみたいで、……なんだか涙が出そうになる。


 

 私は自分の部屋に行く。

 ベットに俯せになって、私を助けてくれるただ一人の友達、親友のことを考える。

 もう、あの子は私の親友だ。いや、本当はずっと前からそうだった。

 お母さんは、あの子に名前を付けるなっていうけど……もう無理。

 私はつける、名前のない貴方に、名前を。


 貴方は、いのり。

 傷が治りますように、元気に成りますように、私の祈りを込めて、「いのり」という名前を付ける。

 これは、秘密にしなきゃいけないから、誰にも、いのりにも言わないけど。

 けど、私の親友の名前は、いのり。

 


 そんな親友を、いのりを、奪おうとした水野くん……水野くんは殺す。絶対に、ぶっ殺そう。

 ……でも具体的に、どうやって殺したらいいのでしょうか。

 殺してやりたいけど、良い方法が思いつきません。

 

 水野くんは男の子だし、年上だから力では勝てない。

 私の方が力持ちなら、首でも絞めて殺してあげるのに。

 

 じゃあ、家の包丁でも持ち出して不意打ちで刺そうかな? うん、これが一番殺せそうな気がする。

 

 私は台所に行く。

 台所の下の扉を開けて、包丁を1本抜く。先が尖っていて良い感じのヤツだ。

 これに決めた。

 包丁も右手に持ち、外出するために玄関で靴を履く。


 水野くんの家は私の家から歩いて3分くらいの場所にある。

 すごく近い。

 今日の朝まで、この距離が嫌だったけど……今は好都合です。

 さっさと行って、さっさと殺しておこう。

 

 玄関の扉を開けると、すぐ前に水野くんがいた。


「よ、よぉ。お前大丈夫か? あの火傷……なんなら救急車を、……え、あれ? 顔の火傷が?」


 これは、これは……ちゃんす、だ!


「死ねええええ」

 私は包丁を腰に構えて、水野くんに突進する。テレビで見た、ヤクザさん突進です。


「うえええぇええ!?」

 水野くんが声を上げる。

 

 よし……完全に不意をついた。このままグサッと刺され! あれ?……ええ! 避けられた!? 不意打ちだったのに……。

 水野くんは私の突進を、身を捻って避けた。……水野くんは無駄に運動神経が良かった。


「ちょ! はぁあああ!? ……待て、待て待て!」 

 でもいい。うん、避けられたなら、当たるまで突進するのみです。

 私は逃げ回る水野くんに向かっていく。

 

「やめろやめろやめろ! おいいいぃいいい! アブねええだろぉおお!?」   


「……あ!」

 水野くんに腕を押さえられた。そのまま、手に持っていた包丁を奪われる。水野くんは力が強く、抵抗したけど駄目だった。


「……はぁはぁはぁ」

 水野くんは、荒い息を吐く。


「……うう」

 どうしよう? 包丁を取られちゃった。

 反撃されて殺されるかもしれない。そうしたら、いのりの敵をとれない。


「はぁはぁ……お前……いきなり、はぁはぁ……何、するんだよ?」

「うっさい……死ね」

「夜子、お前。……ボクを殺そうとしたのか?」

  

 水野くんは、当たり前のことを聞いてきた。

「うん」

 私は返事をした。


「何で。何でだよ? ボクは、……お前が心配で」


 心配? 何が心配なの。いのりにあんな酷いことをして。私から、親友をを奪おうとして、一体何が心配? そもそも、私をいじめる水野くんなんか……。 

 

「……されたくない」

「はぁ? 何だって?」

「貴方に、心配なんてされたくない。放って置いて、私のことが嫌いなんでしょう?」

「……は、ボクは…………くそっ!!」

 水野くんは、持っていた包丁を私の足下に投げ捨てて走っていった。

  

 ……よかった。何でか知らないけど、水野くんに殺されなかった。ラッキーです。

  

 これでまだ私にもチャンスがある。

 水野くんを殺すチャンスが。

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