第53話 今はもうない過去 その4

 夢の国に行く予定ができて、私の学校生活も少しは変わるかと思った。

 うん、確かに変わりました。


 ……さらに悪い方へ。


 水野君と約束をした次の日から、より一層女子からの風当たりが強くなった。

 下駄箱にセミの死骸やヘビの抜け殻。

 上履きの中には画鋲。

 私の机の上には花瓶が置かれていた。

 今までは無視されるだけで、ここまであからさまな事はされなかったんだけど……。


「ど、どうして?」

 昼休み。私は一人、学校の屋上で頭を抱えていた。


 __うーん。これは予想外ねえ? ええと、昨日の約束が気に入らなかったみたいよ。ほら、あの水野君の取り巻きの女たち。あの子たちが、もっときつく夜子をいじめる様にって言ってるみたいねえ。

「だって誘われたから行くって言っただけなのに……それ間違いないの?」


 __ええ。休み時間、貴方がいないときに話をしていたわ。くすくすくす。やっぱり女は女ねえ。幼くても、嫉妬心はすごい。……いや、ちょっと私もそこまで考えてなかった。ごめんね、夜子?

「うー。どうしよ? どうしたら良いと思う?」


 __そうねえ。まあ、でも明日、終業式が終われば夏休みじゃない。つまり、夏休み中にどうにかすれば良いのよ。ほら、みんなで遊びに行くし、意外と仲良くなれるかもよ? あの上級生と仲良く成れば、絶対こんなことはなくなるわぁ。


「……仲良くなる自信なんてありません」

 __くすくすくす、何事も挑戦よ。大丈夫。ほらほら、考えてみて。そもそも……これ以上悪くなりようがないでしょう?


 まったく、この子の言う通りだ。あー、私の境遇がこれ以上悪くなることは無いでしょう。なら、頑張ってみようかなぁ。



 __ほら、そろそろ昼休みも終わるわ。次は水泳の授業でしょう? 早く水着に着替えないと。体を動かせば、少しは気も楽になるわよ。思いっきり泳いできなさい。


「うん」

 私は自分の、クラスに戻る。




 ……事件は、私が水泳の授業を終えた後に、起こった。


 私はクラスに帰ってきて、制服に着替えながらランドセルの中にいるはずの、あの子と話をしようとした。

 でも、ランドセルの中は……

「え? あれ? ……いない」

 空っぽ。


 あの子が、居ない。

 私の友達が、私自身の分身が、居ない。居ない? いない、居ない。いない。


 うそ、なんでなんで? 


 私の体が冷えていく。

 このランドセルの中のように私の心も空っぽになっていく。


 クラスのみんなが着替えながら楽しそうに笑う。うるさく、しゃべる。うるさく、笑う。うるさい、ウルサイ。私の体から滴る、ぽたぽたと落ちる、この水の音さえもうるさい。


 ……だって、私の、私のたった一人の友達が、いない!


「誰!? 誰が、私の友達を!」

 気づいたら、私は叫んでいた。


「……はぁ、あいつ何言ってるんだろ?」「……友達って? あいつに友達なんていたか?」「……あの人形のことじゃない」「えええ! あいつあの人形を友達にしてるの~」「はははは! 友達がいないからって変なやつ~」「気色悪~」

 クラスの連中が、何か言ってる。うるさい。関係ないこと言ってないで、早く、早く返せ!


「うるさい。うるさい。しゃべってないで、早く私の友達を返して!」

 頭が熱くなる。でも、関係ない。こんなことするなんて、絶対許さない。


「ねえ、浅上さん。落ち着きなよ。よく考えて、私たちさっきまで一緒に水泳の授業してたじゃない? 何か無くなったようだけど、このクラスであなたの持ち物を盗めるような人いないわよ」

 私が怒鳴っていると、クラス委員の前園さんが私に言う。


 ……でも、あれ? 確かに、そう、かも。

 私たちは男女一緒にこの教室で水着に着替えて、そのあとプールに行った。みんな一緒に。

 プール中も、休んでいる子はいなかった。

 ……思い出せ、思い出せ。うん、確か、途中でトイレとかに行って抜け出した子もいなかった。

 じゃあ、じゃあ。あの子を連れて行ったのは? このクラスの子じゃあないなら……。


 ……水野君たちだ。そうよ、アイツらしかいない!


 私は教室を飛び出した。

 目指すのは6年生の教室。水野君の教室。

 嫌な予感がする。

 私は、必死に足を動かした。


 6年生の教室に着いた。……でも、おかしい。まだ授業中のはずなのに、教室の前の廊下はとても静か。

 私はゆっくり教室のドアを開ける。


 教室の中には誰もいなかった。

 黒板には、「5時限目 図書館で、夏休みの課題図書を探しましょう」と書かれている。

 ああ、そうか。私もこの前の授業で図書室に行って読書感想文の本を探した。

 丁度水野君たちはその授業をしてるんだ。道理で誰もいないはず。

 じゃあ、図書室へ行けば水野君たちに会えるのかな。


 ああ、いやな予感がする。


 私は図書室へ向かう、……その途中。 

 窓から、学校の裏庭にある焼却炉が見えた。

 そこにいる水野君たちが、見えた。

 あんなところで、水野君は一体何をしているの? 授業中のはずなのに。図書室にいるはずなのに。


 嫌な予感がする。


 私は焼却炉へ急ぐ。

 嫌な予感がする。嫌な予感がする。嫌な予感がする。嫌な予感がする、から……。


 校舎の角を曲がって、グラウンドを走っていると、


「なあ、此処までする……はないだろ? ちょっと……て。……あ、おい!!」「だって! あいつは……だし!」「そうだよ! そもそも……でしょう? いい気味!」

 水野君たちの声が聞こえる。


 焼却炉へ着いた。


 焼却炉の前には水野君、その取り巻きの女子二人がいる。

 水野君は火ハサミを持っていた。

 その、ハサミで挟まれて、燃えているのは……………。


「いやあああぁぁああああああああ!?」


 あの子が、私が、私の友達が!


 燃えている。燃えている。燃えている!


「うわ! ……ちょ、お前急に!?」

 私はあの子を助けるために、水野君に体当たりをする。

 水野君が私の友達を地面に落とす。


 あああああ。燃えてる、燃えてる。


 __よ、る……こ。

 声が聞こえる。

「ああ! 大丈夫だよ私が助けてあげるから!!」

 私は、燃えている友達を抱え込んだ。

 熱い! でも、消さないと。この火を消さないと!


「えええ! お前、何で水着なんだよ!? ……って、おいおいおい! 肌焼けてるぞ! おいやめろって! そんな人形捨てろ、捨てろ! お前、火傷してるって!!!」


 __よ……。みず…………は。だから、……………わ。

 ああ、火が消えてきた。よかった。声も少しだけど、聞こえる。まだ大丈夫のはず。……うん、絶対大丈夫だよ! お母さんとお父さんならこの子を治してくれるはず!


「おい! 夜子! その人形を離せって。お前肌が……。はやく捨てろよ!!」

「げえ。私知らないっと」「気色悪! 行こ行こ?」

 取り巻きの女子二人が走っていく。

 あんな奴らどうでもいい。


「早く捨てろよ!?」

 ……でも、水野君。水野君だけ残って、私から友達を奪おうとする。

 私は奪われない様に必死で守る。


 捨てろ? 捨てろですって? なんてことを言うんだろう。水野君は、私から、唯一人の友達を連れ去って。燃やして、それで捨てろ? 捨てろですって!

 水野君は、………絶対に、絶対に、許さない。


 殺してやる。


 私は夏休みが始まる前。

 生まれて初めて、人を殺すことを、決めた。


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