第52話 今はもうない過去 その3

 

「ではみなさん。明後日から夏休みです、くれぐれも水の事故に注意して、海や川に遊びに行くときは大人に一声かける様に。あと、知らない人について行かない様にね」

「はーい!!」

「宿題もきちんとやってくるように」

「えーーー!!!」


 担任の松下先生が夏休みにすることをいろいろ教えてくれる。

 先生が教室を出て行って、クラスでの朝会が終わった。


 みんなは夏休みと言うだけでウキウキしている。

 私もそう。

 夏休み何して遊ぼうかなあ、とウキウキワクワクしている。

「ね~? 休みになったらどこ行く? どこ行く?」「んんー。私プール行きたい」「えーいいないいな!」「じゃあ私も行く!」「私は、早めに宿題して後で思いっきり遊ぶ!!」「なにそれえ?」「あははははは」「きゃははははは」


 うわ。クラスの女子が教室の一角に集まって夏休みの話を始めた。とても楽しそうです。

 女子で一人ポツンといるのは……私だけ。


 いや、私にだって友達はいる! だから、寂しくない!!


 __くすくすくす。あら、寂しいの? やっぱり人形じゃあダメよね?


「違っ。……てなんでわかったの?」

 __夜子はいろいろわかりやすいからねえ。まあ、無理しなくていいんじゃない? さあ、自分に正直になりなさい。友達欲しいなら、取りあえず話しかけてみたら?  

「うーん、でも。…………やっぱり無理」

 __しょうがない子ねえ。じゃあ、せめて話しかけられたらもっと愛想よくしなさい。

「私、不愛想かな?」

 __話しかけられて、無言で俯くってとても不愛想だと思うけど?

「……うう」


 __何なら、私がフォローしてあげましょうか? 困ったら私の言う通りにしゃべってみなさい。それくらいは頑張れるでしょう?


「……うん。頑張る!」


 よおし。私達は、お友達作ろう作戦を開始する!



「うわ。ちょっとアイツまた独り言」「人形に話しかけるなんて、変だよねえ」「……気色悪ッ」「あははは」

 クラスのみんなが遠くから私のことをしゃべってる。

 ……なんか早速、心にダメージを負いました。


「……ねね。こんな場合はどうすればいいの?」

 __くすくすくす、……耐えなさい。

「ふぁあああ。結局どうしようもないよ~」

 __まあ、まあ。そろそろ彼が来るわよ。その時に練習を……って言ってる側から来たわね?


 朝会が終わった後の短い休憩時間。10分前後くらいしかないその時間に水野君がやって来た。そして、何時もと同じように二人の女の子も連れてきている。


 上級生3人が私たちの教室に来ると、クラスは格段に静かになった。


「よお、夜子。そろそろ夏休みだなあ。お前何か夏休みは予定あるのか?」

「あははは。ちょっと水野君、あるわけないじゃん。こんなヤツどーせ家で引きこもってるだけだよ?」

「うんうん、私もそう思う―」


 ああああ。やって来た。私のお友達作戦、最大の敵が……やって来た。

 __ほら、ほら。俯いてないで顔をあげなさい夜子。座ったままでいいから、水野君を見上げるようにして。そう、そう、いい感じよ。それで、予定は無いって言いなさい。


「……は無い」

 うわ。すごい小声になってしまった。恥ずかしい……。

 __いいわよ、いいわよ。頑張ったわねえ。


「あはははっは! 何コイツ、やっぱり予定なんてないんだあ。まあそうよねえ」

 私が返事をした途端に、上級生女子が笑いだす。


「貴方の家、ビンボーそうだからねえ。水野君は海外旅行とか、○○○○ランドとか、いっぱい行くらしいよ~? ……あ、そうだ! ねえねえ水野くーん。私も連れてってよおー?」

「ちょっと! さとやん、何抜け駆け言ってるの!? 私も行きたい行きたい! ○○○○ランド行きたい!!」


 ○○○○ランド…………いいなあ。私も行きたい。人ごみは嫌いだけど……ああ、夢の国でも人間に悩まされないといけないとは。でも、あのキャラクターは好きです。よく家で映画の録画を見ているし。


「ま、まぁ。君たちのご両親が良いなら、良いと思うけど……」

「ホント!」「やったあああ!」


「と、ところで! ……おい! 夜子、お前も予定無いんだろう? 近所だし、お前も特別に連れて行ってやってもいいぜ?」

「へ?」「え、何でこいつも?」 

 


 えええ? 水野君がトンデモナイことを言ってきた。

 __あら? やったじゃない夜子。夢の国に行けるわよ?


「でも、こいつらと行くのは……」  

 私は声を極力落として、水野君たちに聞こえないように注意してこの子に相談する。


 __いいじゃない。これで仲良くなれるかもしれないわよ? 水野君とかを味方につけると、夜子の立場も少しは変わると思うわ。それに、夢の国に行きたいんでしょう?


「……でも」

 __大丈夫よー。何かあれば私が守ってあげるわあ。それに、私も○○○○ランドに行きたいの。ねえねえ、いい機会じゃない。お母さんもお父さんもあまり遊園地とか連れて行ってくれないし、私も行きたいわー。


「……わかった」

 __くすくすくす。それは良かったわ。じゃあ、私も行きたいって素直に水野君に行ってみなさい。さあさあ。


 ぐう。……はぁ、仕方ないなあ。この子が行きたいっていうなら、頑張ろう。うう、緊張ーする。落ち着け落ち着け。でも、こいつらに頼むのは嫌だなあという、モヤモヤがなかなか消えてくれない。

 __ほらほらほらぁ。頑張ってー? ああ、また俯いちゃって。そのままじゃあダメよ? ほら、顔を上げて言ってみましょう。 


 私は顔を上げた。ドキドキしているから、たぶん自分の顔は赤くなってると思う。恥ずかしいなあ。でも、早く言わなくちゃ。

「……私も行きたい」


「え?」「ええ!」「へえ!?」



 ぎゃああああ。水野君たちが変な声を出した。たぶん、すごいビックリしたんだと思う。恥ずかしい。


 __いいわよ、いいわよ! いい感じだったわ! 頑張ったわねえ、夜子!!

「……死にたい」

 ふぁあああ。何かいろいろ疲れた。




 そんなこんなで夏休みの予定が私にも一つ出来た。


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