第47話 肝試し 後編
世の中には、いろいろな決まり事、ルールがある。
肝試しもそう。
肝試しは夜、やるものだ。
昼にやる肝試しは、肝じゃなくて頭を試されているようなものじゃないでしょうか?
私は自分の頭を試されるのはテストだけで充分なので、夜になるまで待ちました。
家でいたアイちゃんにも声を掛けたけど、アイちゃんは夜、別の用事があるみたい。残念です、最近、アイちゃんは夜になるとどこかへ出かけている様子。
狂歌ちゃんとアザミちゃんは、廃ホテルに良い思い出は無いだろうから、呼んでない。
つまり、今回の肝試しの参加メンバーは元気いっぱい中学生ーズ3人と、私。4名です。
4人でダラダラと廃ホテルまで歩いていく。
夜になると少しは気温は下がった。でも、まだムシムシとした暑さはある。
「あー。そう言えば肝試しって言うからには、これから行くホテルって何か曰くつきの場所なんですか?」
千代ちゃんが聞いてきた。
ふむふむ。教えてあげましょう。
「これから行くホテルね、最近まで不良のたまり場だったことは知ってるでしょ。……でも、そこに出るらしいのよ?」
最後の方は少し声を低めに言うのが形式美です。
「きゃーきゃー、何が出るんですか、何が出るんですか?」
千代ちゃんはノリがいいな。さすが胸がデカイだけある。
「……黒い犬。あの場所にはね、今でも不良たちのバイクとか車が放置されてるの。これから行くホテルの駐車場に、たぶん今日も駐車されてるから見てもらえればわかると思うけど、みんなボロボロ。もう乗れるような状態じゃあないの。でね。それは見栄え的にも宜しくないだろうと、町の職員さんが撤去しようとしたの。えーと、7月中旬ころの話だったみたい。その時、職員さんが見たらしいの……黒い犬を」
「黒い犬ですか?」
「ええ。職員さんがレッカー業者さんと駐車場に行ったとき、駐車場に一匹の痩せた黒い犬がいて、その犬は車を、放置されていた車を齧ってたみたい。ガジガジ、ガジガジ、ガジガジって、部品やら何やらを齧って食べてたみたいよ?」
「えー。ホントーですかー。でも犬が車を齧ってるだけじゃあ、ちょっとインパクトないというか……」
「ふふ。そう思う? でもね、この話には続きがあるの。気味が悪いと思いながらも、勇気を出した職員さんが追い払うと、その黒い犬は直ぐに何処かへ行ってしまった。職員さんが、早く作業を済ませようとバイクに手を掛けると、放置されていたバイクとか車にはびっしりと黒い手形が付いていて、それでね。聞こえてくるのよ……声が」
「ど、どんな声ですか?」
「助けてくれ、食べないでくれって。丁度、ホテルをたまり場にしていた不良たちの様な声が。声は上の方から聞こえてきた。それで、職員さんが駐車場からホテルを見上げると、窓の一部から見えたみたい。その黒い犬が、人間の腕の様なものを、銜えていた姿が」
「キャーーーーーー!?」
千代ちゃんが大げさに声をあげる。
「千代、声大きいって」「煩いなー」
「なんだよー二人ともー。せっかくお姉さんが話してくれたのにノリ悪ーい」
「でも、ちょっと怖かった」「いやいやあのホテル本当にヤバいよ? 地元では有名、夜中に変な声聞いたって人多いもん。不良グループがいなくなってから、私たちの他に何人か肝試しに行ったらしいけど……今は誰も行かない場所だよ」
「大丈夫だよ、私たちにはお姉ーさんがついてる!」
千代ちゃんが私の腕に抱き着きながら言う。
頼りにされると、なんだか嬉しい。
「よしよし、私が守ってあげよう」
私は腕にくっ付いた千代ちゃんの頭を撫でる。
「わーい、ありがとーございます」
とは言え、あのホテル。私にとっては鬼門のような気もする。最初は道を見失って、ホテル内ではいのりと鉢合わせ、ついでに狂歌ちゃんのナイフが足から生えた。考えると碌な思い出がありません。まあ、そうそうアイツも出没しないだろうし、大丈夫だろう。適当にホテル内を見回って帰ってくればいい暇つぶしになるハズ。
怪談話をしているとホテルに着いた。
ホテルは相変わらずのボロボロ具合、いや、よく見ると前よりも全体的に黒くなっている感じ。
駐車場にはボロボロのバイク4台、車1台が放置されている。
「うわ。ちょっとこれは、思ってたより……不気味ー」
「だから、此処ヤバいよ」
「うーわー。もう、帰ってもいいかな」
中学生ーズは少し怖がっている様子。それを見ると、我ながら良い場所をチョイスと思う。
「じゃあ、二組に分かれて、えーと駐車場からホテルの最上階まで行って帰って来るのでどうかな?」
私はみんなに提案した。
「ええ? いや、その。みんな一緒に行きませんか?」
「はい! 私もそれが良いと思いますー!」
「そうですそうです! えっと、女だけなんだし組み分けする意味ないと思います!」
なるほど、……確かに。肝試しは男女ペアがポイントであって。私たちは女オンリー。組み分け要らないな。
でも、純粋に肝試しをするというなら少人数の方が面白いハズだけど。一応確認しておこうかな。
「そうだね、ごめんごめん。あ、でも四人だとドキドキ感が減ると思うけど大丈夫かな?」
「大丈夫です! もう充分ドキドキしてますんで!」「私も」「私もビビってます!」
ふむふむ。じゃあみんな一緒に行こう。
私は用意してたライトを右手に持つ。
前回の反省を活かして、私は今日アイテムを二つ持ってきています。
一つがこのライト、もう一つがアザミちゃんの催涙スプレー。万が一他の人、不良の残党に会っても少しは身を守れるように。まあ、いないだろうけど。
ホテルの駐車場に足を進める。
前見たのと同じ位置に、バイクと車はあった。
私がそちらに行こうとすると……
「おねーさん! おねーさん、どこ行くんですか!?」
いつの間にか私の右腕にしがみ付いていた千代ちゃが言う。
「え? 車とかバイク見に行かないの? ほら、黒い手形ついているかも知れないよ?」
「行きません行きません、は、早く済ませよう帰りましょうよー」
私の右腕には千代ちゃん。
「サンセ―」「賛成です!」
左腕には早苗ちゃん、私の背中にはエリ子ちゃんがくっ付いていた。
いや、早苗ちゃんまではいいとして。私の背中にしがみついてるエリ子ちゃん……全然前、見えてないんじゃないかな?
それにくっ付かれると非常に暑い。
「えっと、エリ子ちゃん? 前見える? 離れたほうがいいんじゃないかな?」
「嫌です!」
エリ子ちゃんは私の背中に顔をうずめたまま、頭を左右にグリグリと動かす。予想以上の嫌がりようだ。
むうう。仕方ない。
押しくらまんじゅう状態で廃ホテルへと進行。
ホテル出入口には進入禁止用のベニヤ板が貼り付けられている。けど、誰かが壊したのだろう、ベニヤ板には人が通れる程度の穴が開いていた。
ホテル出入口のベニヤ板の穴を一人づつ潜る際……
「きゃあ!? え、え。ちょっとあれ……」
私の後ろにいた早苗ちゃんが駐車場の方を見ながら声をあげた。
「びっくりしたー」「ちょっと! どうしたのよ早苗?」
「いや、あの駐車場の車のとこに……黒い犬みたいのが、いて」
私は、どれどれ、と駐車場を見てみる。
駐車場には相変わらず、車1台バイク4台だけがある。私たちの他に人影、犬影なし。
「いないじゃんー」「ちょっとマジ止めてよね。タダでさえこの場所怖すぎなのに、そんな仕込み要らないよ」「仕込んでないわよ!」
千代ちゃん、エリ子ちゃん、早苗ちゃんがぎゃーぎゃーと騒ぐ。よかった、少しは元気が出てきたみたい。
さあ、これからが本番。
このホテルの中は、雰囲気がある。
ライトを照らせば暗闇の中ぼんやりと浮かび上がってくるハズ。
散乱しているガラス、放置されている椅子、テーブル。散乱している廃材。よく分からないゴミ。積もった埃。迷い込んで死んでいる虫。この前、人も、死んでいる。それも沢山。あの場所にはまだ乾いた血が残っているでしょうか?
ああ、肝試しにはもってこいの場所。
私がホテルの中に入ろうとすると……左腕が引っ張られた。
「おねーさん! やっぱりもういいです!」
千代ちゃんが、私の腕を引っ張りながら涙目で言う。
「うん?」
何がいいのでしょうか?
「えっと、そのー。ここまで案内してもらって悪いですけど、ちょっと此処怖すぎるって言うか」
「はい、あの私も無理です。この中に入っていくなんて……」「ぐすぐす」
なんと、突然のリタイア宣言。エリ子ちゃんに至っては泣いている様子。
「そ、そんなに怖い?」
「怖いです。ゾクゾクします」「絶対なんか居たって、私見たもん。うう、帰りたい」「ぐすっ、なんか私変な、変な声聞こえて……」
みんなダメっぽい。これからが面白いトコなのに……。
「……じゃあ、帰る?」
「はい!」「帰りましょう! 帰りましょう!」「ううう、もうヤダ、早く帰ろうよ」
仕方ありません。
まあ、みんなを楽しませるために来たのだから、帰りたいなら帰らせてあげるべきだ。
私はみんなと一緒に駐車場に戻る。
駐車場を半分ほど進むと……。
「え? ……あれって」「嘘ウソうそ」「きゃああーーーー!?」
黒い犬が一匹、何処からか、出てきた。口には、金属片の様なものを銜えている。
中学生ーズは一目散に走って逃げた。……私を置いて。
どうでもいいけど、アイツら逃げ足早いなー、感心してしまう。
黒い犬はゆっくりと私に近づいて来る。
__バキィ
犬は口に銜えていたモノを噛み砕いた。
__グルルルルウル
唸り声。赤い瞳。黒い、影のような体。粘性のあるよだれを垂らす口。口から見える歪な牙。ああ、これは生きモノじゃあないかも。
__ガウウウ、グチュウウ
犬は素早い動きで飛び掛かって来て、私の右手を噛む。
私の右手、右ひじから先が無くなった。見ると大量の血が流れ落ちている。犬は嬉しそうに顔をゆがめながら私の右手を咀嚼する。__クチャクチュクチャクチャ
それにしても変な犬だ。たまにこういう場所に沸くモノがいるけど、決まった姿はしていない。よく分らないモノ。だけど、実際に危害を加えてくる程のモノは珍しい。
黒い犬の目は赤い。
赤、警戒色、落ちる夕日、終わる景色、血の色、憎悪、恨み。そういったものがこの犬を形取っている気がする。
__ガウウウ、グチュウウ
犬はさらに私の足にかみついてくる。牙は右の太もも、骨まで行った。
__グウウウウウウウウ
太ももに噛みついたまま、左右に激しく頭を振る犬。なんか、これどっかで見たような。ああ、私の背中に顔をうずめて、嫌々をしていたエリ子ちゃんを思い出す。
嫌なモノ、死、絶望、暗闇、喰われる恐怖、終わる願い、怖いのは私? ……それとも貴方?
「……くす」
黒い犬の瞳を見ていると、私の口から笑い声が漏れた。
__ビクッ
犬は体を震わせて、急に後ずさる。
「くうううん」
黒い犬は私を見ると怯えたように、哭いた。失礼なヤツである。
「あんまり、悪さしちゃだめだよー」
コイツのせいで、みんな怯えて帰ってしまった。注意しておかなくては。
自分の右手を見る、足を見る。うん、特に異常はないようだ。
さて、と。
私も帰ろう。結局、肝試しにはならなかった。
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