第43話 水着的な夏 その5

 __あははは。

 __最初ーはグー、ジャンーケーンポーン。

 __はーい。水野君の鬼ー。


 __もーいーかーい。まーだだーよー。もーいーかーい。まーだだよー。

 ____まーだだーよー。


 __あははは。__あははは。__くすくすくす。__アハハハハハハ。


 ……これは夢。戻れない現実。赤い赤い。回る子供たち。ぼやけた夕焼け。夏の匂いとセミの声。遠くでカラスが哭く。みんなの声が回っていく。確か、あの時……私は? …………あれ?




 …………と。……おーい、ちょっと。ねえ。

「ちょっと! そろそろ起きなさいよ」

「ふぇ?」

 頭がぼんやりする。

 重い瞼をあげると目の前にはアイちゃんがいた。


「ううう。……眠い、あと少し寝かせて?」

「もう。中々起きないんだから、もう三時半よ。そのボサボサの髪どうにかしなさいよね」

「ふぁーあ」

 目を擦る。うん、眠い。

 自分の頭を触ると確かに寝癖が付いているみたい。


「洗面台でも行く?」

「……うん」

 どんな寝方をしたのか、なかなか寝癖は手強そうだ。一度洗って乾かした方がいい。 


 部屋の洗面台へ行き、顔を洗う。

 冷たい水が顔に当たと、ボンヤリとした眠気は引いていった。

 髪も少し濡らす。


 後はドライヤーをあてて…………あれ? ドアイヤーがない。

 近くを探すけど、見つからない。仕方ない。誰か別荘の人に借りてこよう。


「アイちゃーん。ちょっとドライヤー借りてくるからー」

 私は部屋を出ていく前に、アイちゃんに言う。


「私もついて行こうかー?」

 部屋の奥からアイちゃんが返事をする。

 でも、そんなに出歩くつもりはない。大丈夫だろう。


「うーん、すぐ戻るから大丈夫ー」

「わかったー」


 私は一人で部屋を出た。

 さて、別荘の人を探そう。誰かいると思うけど。

 ああ、ボンボンと鉢合わせはしたくないから、食堂の方にはいかないようにしよう。



 別荘の中をフラフラさまよう。

 静かだ。意外と人がいない。

 なんとなく食堂と反対方向へ歩いていく。長い廊下を歩く。そういえばこっちの方向は来たことがなかった。何があるんだろう。

 フラフラと歩く。

 歩く。歩く、歩くゆっくりと歩く、フラフラと歩く……この感覚。うん、近い気がする。

 廊下の突き当りにはドアがあった。


 私は、ドアに手を掛ける。


 __ガチャ


 ドアは開いた。カギはかかっていなかった。ドアの先は暗い。階段がある、見たところ地下へ続いているみたい。


 階段をフラフラを降りていく。

 階段を進むごとに空気は湿っぽく、そして肌寒くなってきた。暗いので注意して降りていく。


 階段を降り切った先にはワインが沢山置いてあった。木製の棚に何本も瓶詰のワインが収められている。

 なるほど、この地下室はワインの保管場所に使ってるのか。


 で、そこには1000万円が落ちていた。

 いや、正確には見つけたら1000万の価値がある人が。


 海パン姿のその人は、うつ伏せだ。

 背中にはナイフが一本刺さっている。

 顔は横を向いている。

 一応、私はしゃがみ込んで、その人の顔を確認する。


 山田さんに見せられた写真、探し人、慎吾さんの顔。うん、間違いない1000万円ゲットだぜ。


 さて。私には気になることがあります。

 たぶん、ここはワインセラーっていう場所。湿度があって、肌寒いくらいの温度。でも、暑い夏場だと快適。

 そこにポツンとある死体。

 私は猛烈に気になる。


 この棚のワインの味が。


 ああ、特に気になるのが慎吾さんのすぐ側のワインの味だ。


 慎吾さんの状態から、死後10日くらい経過している。

 その間、ほとんど慎吾さんはこの場所で涼んでいたはず。

 棚のワインを引き出してみる。

 血のような色の赤、つまりどす黒い赤色。 

 ラベルにはよくわからない英語みたいな字が書いてある。1940という数字も見える。


 渋柿とりんごを一緒にしておくと甘くなるけど、死体とワインを一緒にしたらどうなるのでしょう?


 重蔵さんにお願いして、成功報酬にこのワインをプラスしてくらないかなー。

 でもこのワイン、みんなも飲みたがると思う。重蔵さんも手放してくれないかも。そうなったら悲しい。


「取りあえず報告、かな」

 私は呟いて、ワインセラーをでる。


 階段を上ると夏の暑さが戻ってくる。

 あー暑い。もう少し、涼しかったワインセラーで味の想像をしておけばよかった。でも、あそこで長く居すぎたらワインをこっそり飲んでしまいそうだったから仕方ない。


 来た道を戻る。

 ワインセラーのあった場所のちょうど反対側が食堂。

 そこへ行けば流石に誰かいるはず。


 私は、長い廊下を戻る。

 そう言えば、廊下からは庭のプールが見える。廊下には所々に大きなガラスの引き戸があって、すぐに別荘の中にある庭に行けるようになっている。

 庭のプールの側にはビーチパラソルや椅子が置いてある、ヤシの木とかも植えてあって南国パラダイス状態。

 ヤシの木はわざわざ此処まで移動させて植えたのだろう。プールは長方形型で、その角にヤシの木が1本ずつ植えられている。


 そのプールの角、ヤシの木の側。あの位置だったら、食堂側からは見えないという絶好の場所。


 そこにぷかぷかと、アロハを着たお猿さんが浮いている。


 お猿さん、別名ボンボンさんは、プールの中うつ伏せでゆらゆらと揺れる。

 死体のフリをしている人と、本物を見分ける自信が私にはある。


 お猿さんは一見して、………………死んでいる。


 よかった。これで襲われる心配はない。

 今日は成功報酬も苦労せずゲットできたし、とてもラッキーな日かもしれない。



 __________


 食堂には、山田さん、五十嵐さん、重蔵さん、エリートさんがいた。

 机の上にはコーヒーとか書類が置いてあって、何処となく難しい話をしていた雰囲気がする。


 でも机の一か所だけ缶ビールが4,5本転がっているのが印象的。

 たぶんこれ、お猿さんのビールだ。汚い。


「えええぇええ!? 慎吾さんを見つけたぁ? それも殺されてるぅううううううう!?? 本当ですか浅上さん!?」

 私が1000万円をゲットしたことを告げると、山田さんが大声を出す。

 ついでに1000万円にはナイフが刺さっていたことも説明した。


「はい。えっと地下のワインセラーみたいな場所で亡くなってました」

「……何? あそこは、いつも鍵をかけている筈だが?」

 私が見つけた場所を言うと、重蔵さんがそんなことを言う。


「ええと、取りあえず確認してきますが……居方さん、よろしいでしょうか?」

「……ああ頼む」

 山田さんと五十嵐さんが席を立つ。どうやら二人で確認に行くみたい。


「えっと、私。案内しましょうか?」

「いや、それには及ばない。山田君は別荘の造りをよく心得ておる。それに浅上君、君は女性だ。何度も息子の…………亡骸を見る必要はないだろう。此処にいなさい」

 私が山田さんに提案すると、山田さんの代わりに重蔵さんが返事をした。

 重蔵さんはそう言うと両手を組んで顔を伏せる。


「……では、行ってまいります」

 山田さんは五十嵐さんと一緒に食堂を出ていった。


 食堂には重蔵さんと私とエリートさんの3人。

 気まずい空気が漂う。

 私は別にゆっくりワインセラーで涼んできても良かった。ここにいる方がツライです。


「君が……浅上か。まさか慎吾さんを見つけるとは。いや、まだ……確認がまだだ。小娘の言うことだ、慎吾さんとはっきりした訳ではない」

 エリートさんがそんなことを呟く。

 二人とも何だか暗い雰囲気を醸し出している。


 暇だなあ……あ、そうだ。今のうちにワインを貰える様、重蔵さんに話をつけよう。


「あの、重蔵さん。急に、こういうこと言うのもあれなんですけど。慎吾さんがいたところにあるワイン……一本だけ譲ってくれないでしょうか?」

 よし、言えた。頑張ったぞ、私。


「なに? 浅上君……君は」

「おい! 急になんだ。ふざけているのか? 不謹慎だぞ!?」

 エリートさんに怒られた。つらい、きっとエリートさんもワインを狙っているのだ。


「えっと? どうしてもというなら一緒にワインを飲んでも、いや一口だけでも飲ませてくれたら私は満足……」

「こんな時に酒? 君はそもそも高校生だろ」

「でも、ちょっとだけでも」

「くどい! そもそもあのワインは社長のコレクションだ。君ごときが飲める味、値段ではない。社長も肝臓を悪くされてから酒は控えられている。あそこあるのは特別な時にしか開けない、特別なワインだ」

 私が食い下がると、エリートさんにもっと怒られた。くそう、彼は独り占めするつもりだ。なんて意地汚い。

 でも、あのワインは重蔵さんの物だ。その関係者のエリートさんが、独り占めすると言うなら仕方ない。

 私はションボリと下を向いた。


「……小娘が。空気を読め、空気を。これだから最近のヤツは。まったく馬鹿が多くて困る。ああ、馬鹿と言えば……馬鹿専務は一体どこへ行った? このような大事なときに話し合いの場に現れないとは…………社長、居方社長」

「……ん? ああ、何かね」

「専務のことですよ。失礼ですが、やはりあの者は我々のように人を使う立場に相応しくありません。社長がいつも仰っているように、大切な場に来れない、居られない者です。つまり、支配者側ではありえません。……どうでしょうか?」

「……ああ、そうかもしれん」

「では! 私を、次期社長には私をぜひ、押していただきたい!」

「……まあ待て、寺師野。まずは、山田君の報告を待ってからだ。それから決めても遅くはない」

「し、失礼いたしました」

 エリートさんはそう言って重蔵さんに頭を下げる。


 ああ、暇だなあ。ワイン飲みたかったなー。

 私がそんなことを考えながら、ボーとしていると。


 __バタン


「た、大変ですよ。居方さん!?」

 山田さんが食堂に飛び込んできた。


「どうした? やはり、慎吾は……」

「ええ。ええ! 浅上さんの言う通りワインセラーで亡くなっていました。殺されています、間違いありません」

「…………そうか」

 山田さんの報告を受けると、重蔵さんは目をゆっくり瞑る。


「実はですね! それとは別に、ら、雷蔵さんがプールで亡くなってます」

 あ、そういえばお猿さんのことを言うの忘れてた。


「なんだって!? それは本当か山田!」

 今度はエリートさんが怒鳴る。


「…………雷蔵が? 何故だ? 山田君、雷蔵も殺されているのか?」

 重蔵さんが山田さんに聞く。

「いえ、それはちょっとよくわかりません。一応、五十嵐さんに見張ってもらってますが」

「……そうか」

「居方さん、それでどうしましょうか?」


「どうもこうもあるか!? 山田、さっさと警察か、消防を呼べ!」

 エリートさんが血相を変えて山田さんを怒鳴りつける。どうでもいいけど、うるさい人だ。


「待て、寺師野」

「は? 社長、待てとは」

 重蔵さんはエリートさんの問いには答えず、山田さんの方を向く。


「山田君? 慎吾は確かに……殺されているのか?」

「はい、ナイフが刺さっていたので。間違いありません」


「……寺師野? お前か?」

 重蔵さんがエリートさんを睨みつける。うわ、重蔵さん睨むとすごく怖い。


「しゃ、社長? 一体どうゆう」

「慎吾は殺されているようだな。そして、雷蔵も死んだ。これで、次期社長候補はお前と、本社に残っている2人、という訳だ」 

「ま、まさか社長! 私をお疑いで!? そんな、ことを。私が慎吾さんを殺すわけがないでしょう!?」

「この状況からするとかなり怪しいと思うが?」

「わ、私ではありません!」

「では? 他の二人かね」

「アイツらが? まさか。あり得ないと思いますが」

「だが慎吾を殺した人間は私たちの関係者に間違いあるまい? それに雷蔵はどうして死んでいる。山田君? 雷蔵の死因はわかるか?」


「実は……」

 重蔵さんに聞かれて山田さんは口ごもる。

「構わん、言え」

「実はですねえ。雷蔵さん、後頭部を強く打っていました。殺されている可能性が高い、と思います」


「山田、いい加減なことを言うな! 事故かもしれないだろう。たまたま何かの拍子に頭を打ってそれでプールで溺れただけかも知れない」

 エリートさんがまた怒鳴る。


「かもしれませんが……雷蔵さんの後頭部、何度も何かに打ち付けている跡がありました。えーとですねえ、雷蔵さんプールにうつ伏せに浮かんでいるのでよくわかったんですよ。はははは」

「おい! 山田、笑いごとか?」

「いやいやすみません。失礼しました」


「……総会の前にとんだ厄介事だ。慎吾と雷蔵、うちの血族が二人も死ぬとは。寺師野……本当にお前ではないのだな?」

「ち、違います!」

「そうか、では誰が殺したのだ? 考えなくてはならん」

「まさか、足立か窪田が……」


 なんだか会議は紛糾している様子。

 どうでもいい話題で眠たくなってきた。けど、寝たら怒られるだろう。


「あの~、私そろそろ席を外してもいいですか?」

 私は、ぴっと手をあげて主張してみた。


「おお。……そうだな、構わんよ浅上君。部外者の君に聞かせるような話ではなかった。それと……慎吾を見つけてくれて、感謝する。報酬は山田君を通して支払おう。それでいいかな?」

「はい」

 やたー。1000万円、1000万円。

 えーと、山田さんと半分こして、アイちゃん、狂歌ちゃん、アザミちゃんと4人で割っても……125万円!?

 大金だ。嬉しいな。

 そうだ、このお金で慎吾さんワインを売ってくれないかな? 後でまた交渉してみよう。


「用があればまた呼ぶ。部屋で待っていてくれ」

「はい」

 重蔵さんの許可をもらったので私は食堂を退出する。

 はー疲れた。慎吾さんを見つけたのでアルバイトはお終い。後は部屋でみんなと遊んでよう。



「たっだいまー」

 部屋に帰るとみんな集合していた。


 あれ? アザミちゃんが両手で顔を覆って俯いている。泣いてるみたい。一体何があったのかな?

「どうしたの?」

 私はアザミちゃんに、声を掛けてみた。


「う、うううう。あ、浅上さん」

 顔をあげるアザミちゃん。うわ、アザミちゃんはモロ泣きです。 


「きょ、狂歌がまた人を殺しちゃった。わ、私のせいで……ううううう」

 ワッツ!?

 アザミちゃんは泣きながら衝撃的な告白をしてきた。


 でも、あ。……もしかして、もしかして。

「えと。人っていうのはお猿さん、いや。……ボンボンさんのこと?」 

「う、うん。プールサイドで狂歌と散歩してたら、急に私に迫ってきて。あの人酔っぱらってるみたいだった。私、驚いちゃって。スプレーをふり掛けたら、ボンボンさんが転んじゃったの。そしたら狂歌が……」

「は! 自業自得よ。あの男はアザミを犯そうとしやがった! 殺されて当然でしょ?」

 アザミちゃんの横に座っていた狂歌ちゃんは腕を組みながら言う。


 まさかの、犯人は身内!?


「えーと。狂歌ちゃんが殺したの?」

「そうよ! あの男はアザミのスプレー食らうと無様に倒れたわ。でも、倒れてプールサイドに頭をぶつけたけど、また起き上がってきそうだったからね。起き上がる前に頭を床にぶつけてやったの。10回以上食らわしてやったわね。……ああ、心配しなくていいわよ浅上さん。ナイフは使ってないから。あの五十嵐って女に武器見られちゃってるからね。ナイフで殺しちゃったら私が殺したことがバレバレでしょ?」

 何だかとても自慢げに話す狂歌ちゃん。


「狂歌、もう人殺しはやめようって……」

「今回は不可抗力よ、アザミ。そもそも最初に襲い掛かってきたのはアイツでしょ?」

「でもぉ」

「まったく、アザミは優しいわねえ。じゃあ、浅上さんはどう思うかしら? あいつがアザミに襲い掛かってきました。私が反撃して殺しました。これってアウト? セーフ?」


 うーん。まあ、今回は。

「セーフ」

 狂歌ちゃんに罪はありません。

 実際、私も危なかったから。判定には私怨も入っています。


「あら? 味方してくれるなんて意外ね。愛さんはどう思うかしら?」

「セーフ。よくやったわ、佐藤。あのクソって夜子ちゃんにも手を出してるのよね」

 アイちゃんはセーフのジェスチャーをしながら言う。


「えええ!? そんなの聞いてないわよ? 大丈夫だったの浅上さん?」

 狂歌ちゃんが心配そうに聞いてくれる。アザミちゃんも知らなかったようで、驚いたようにこちらを見る。

「うん。大丈夫だった。ちょっとビックリしたけど」

「……そう。良かったわ」

 みんなで、うんうんと頷き合う。


「で? 佐藤は、結局どうするのよ?」

 アイちゃんが狂歌ちゃんに聞く。

「万が一の場合は捕まってもいいけど。バレなきゃ黙っていようと思うわ」

「ふーん。ま、勝手にしなさい。私はこの部屋を出てないし、ずっと寝てたから。何も知らないわ」

 アイちゃんはそう言ってベットに横になった。

 やっぱりアイちゃんは、仲間に優しい。


「愛さん、ありがとう。……で、浅上さん。貴方はさっきまで何処にいたの?」

 狂歌ちゃんが私に聞いてきた。


「私は、行方不明の慎吾さんを見つけたから、それを食堂で山田さん達に教えてた」

「えええ! 慎吾さんを見つけたの? 何処で?」

 狂歌ちゃんが驚いたように聞く。


「ワインが沢山置いてある地下室」

「……海でいなくなったっていうのに、どうしてそんな所に入り込んでいくのよ貴方は」

「うーん、何となく?」

「まったく、……まあいいわ。詳しい話を聞かせて?」


 私は、慎吾さんを見つけた状況や食堂での話を、みんなに教える。


「……そう。これはチャンスね」

 狂歌ちゃんは言う。


「えっと、狂歌ちゃん。何がチャンスなの?」

「この状況が、よ。慎吾さんは誰かに殺されてるんでしょ? それで、ボンボン亡き今、社長候補はエリート一派しか残ってない。どう考えても、慎吾さんとボンボンを殺したのはエリート一派の誰か。そう思わないかしら?」

「おお。確かに!」

 私は納得した。そういえば重蔵さんもそんなことを言っていたような気がする。


「つまり、私が疑われる可能性は低い。黙ってれば分からないんじゃないかしら?」

「そうだね。じゃあみんなで黙ってるってことでオッケーかな?」

 私はみんなに確認する。


「う、うん」

 アザミちゃんも狂歌ちゃんが捕まるのは困るみたい。

「私は何も知らないって言ってるでしょ?」

 アイちゃんはベットに横になったままで言う。


 よし。これは完全犯罪成立、間違いなし。

 私は確信した。

 その時。


 __トントン


 部屋のドアがノックされる。


「はーい」

 返事をしたけど、一向にドアは開かない。

 仕方ないから、私がドアを開けに行く。


「あ、あさがみさ~ん。助けてください」

 ドアを開けると、山田さんがヘタレていた。


 ドアを閉める。

「あれ、浅上さん。どうしたの?」

 狂歌ちゃんが聞いてくる。


「何でもないよー」

 私は何も見なかった。


 __トントン

 __トントンドン

 __ドンドンドンドンドンドン


「ねえ。浅上さん、ドア五月蠅いんだけど?」


 …………確かに、ウルサイ。

 まったく近所迷惑なへぼ探偵だ。

 そもそも、犯人グループに泣きつくなんてホント探偵失格。


 仕方なくもう一度ドアを開ける。

「あああああ。浅上さん。つらい、僕辛いんです。じゅ、重蔵さんがまさかの無茶ぶりをしてきたんです~」

 へぼ探偵はドアを開けるとすぐに私の腰にしがみ付いてきた。

 とんでもないセクハラ攻撃だ。


「山田さん。腰に抱き着かないでください」 

「浅上さん、浅上さん。助けてください、助けてください。重蔵さんは、こういう時のために僕を雇っているとかなんとか。急に訳の分からないことを言ってくるんです。僕ができるのは雑用ですよ雑用。あと、人探しとか犬探しとか。ああ、車の運転もできますよ? でもそれくらいでしょう。それが……それが、探偵と言えば犯人探しだぁ? 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理! ッ無理です!」

 どうした山田さん。えらく情けない○タンド能力を発現したのかな?

 私たちは犯人だから、協力は出来ないって教えてあげたい。……無理だけど。


「ああ。それと、もし犯人を見つけることができたら1億円くれるって言ってますけど……」

「協力しましょう!」


 …………あ。何か殺気を感じた。

 私は後ろを振り返る。

 話を聞いていただろうと思われる狂歌ちゃん、アザミちゃん、アイちゃんが私をジト目で見つめてくる。

 特に眼鏡越しの狂歌ちゃんの目が怖い。


「あああああ! よかった! これで安心です! 浅上さんが協力してくれるなら心強い。はい! 安心しました。もし当てられなかったら寺師野部長に、ああ失礼エリート1号さんに首を切られそうだったんです。よかったよかった。とりあえず僕、先に食堂にいますから。準備できたらすぐ、すぐに来て下さい! 一緒に犯人を捜しましょう!」

 山田さんは嬉しそうに食堂へ歩いて行った。


 えと、これは失敗。山田さんが首を切られるといっても、私のように物理的に切られる危険はないと思う。

「浅上さん? どうゆうことかしら」

 いつの間にか、狂歌ちゃんが私の後ろに立っていた。

 自分の首に違和感、見たくないけど、見る。やっぱりと言うか、私の首にはナイフが当たっていた。


「ち、違うの! えっと、その。フリ、協力するフリだよ狂歌ちゃん。ア、アハハハハハ」

「ああ。そうだったの?」

「うんうん!」

 だから首からナイフを離して下さいお願いします。


「ふーん? でも浅上さん。私、裏切り者とか大嫌いなの。一応、覚えておいてね?」

「はい!」

 ナイフは何も切らずに私の首から離れた。よかった。ホントによかった。


「……じゃ、じゃあ私食堂の方に行ってるから。いいよね? 狂歌ちゃん」

「ええ、いってらっしゃい。……ああ、それと。浅上さん、私さっきの話を聞いててちょっと不安になっちゃたわ」

「ふ、不安?」

 狂歌ちゃんは、右手のナイフを私に見せびらかすようにして喋る。 


「ええ。貴方がお金欲しさで、私を売らないかってね。だから、経緯はどうでもいいわ。もし、今回の件で私が犯人として捕まるような流れになったら……浅上さんを殺すから」

「ふぁ!?」

 なんですと!


「大丈夫よ。きちんと疑いを反らしてね? そうしたら問題ないでしょ?」

「はい! 頑張ります!」

 私はそう言った。それ以外に何を言えと?






 __________________________

(水着的な夏 その5)改題→(ミステリー的な夏 その後)



「なんか今! おかしくなかったですか!? え、ちょっと変ですよねこの状況!? そもそも予定外ですよ。いや、予想外と言うか。僕は今日、軽い気持ちで。いや浅上さんの水着が見れると思ってワクワクしてたんです! それが何で、何でこんな状況にぃいいい!?」

 食堂へ行くと、山田さんが何か喚いていた。

 いつものことだから気にならない。


「……何を言っている? 落ち着け山田君。ほら、見たまえ。君の見込んだ浅上君は、平然としているぞ」

 平然と言うか、真剣なだけです。命、かかってますから。



「さあ。では、始めよう。誰が……犯人か?」

 重々しく、重蔵さんが話し始める。


「先ずはワシの考えを言おう。と言っても誰が犯人という話じゃあない。ワシは居方ホールディングスの現社長だ。そして、グループを今後も継続発展させていくことを第一に考えとる。つまりだ、寺師野。後は、足立と、窪田か。この内の3名、次期社長候補の誰が犯人でも責任を問うつもりはない」

「しゃ、社長! 私は人殺しなど……」

「寺師野、話は最後まで聞け。問題は……だ。お前たち以外の者が犯人だった場合だ」


 ドキドキ。


「この場合は必ず償わせる。そうだ、血族を殺されたのだ。もし、万が一。会社の発展に貢献しない者が、慎吾、雷蔵を殺したのだとすれば、な」


 ドキドキドキ。


「そのための犯人探しだ。皆、先ずはそれを認識するように。では、山田君。状況を説明してくれ。最初に慎吾がいなくなった時の話を」

 重蔵さんが言う。


「は、はい。では失礼して。えーと、今日から10日前ですね。つまりは7月21日、浅上さん以外は承知の通り、その日は皆さん。ああ、失礼。居方社長、慎吾さん、雷蔵さん、寺師野さん、足立さん、窪田さんがこの別荘で話し合いをされていました。話し合いをしていたのは、確か朝の9時からお昼の12時くらいまででしたよね。内々で次期社長は慎吾さんに決まりました。揉めることなく予定どおり、平穏無事に話し合いは終了。その後すぐにお昼ご飯を食べて、次期社長候補に上がっていた皆さんで海岸まで泳ぎに行かれました。その後のことについては……」


 山田さんが、エリートさんを見る。


「山田、いいだろう。私が続きを話そう。……確か食事が終わったが午後1時くらい。その後、さっき山田が言ったメンバーで海に行った。場所は島の南岸、岩礁が多い地域だ。そこに行ったのは岩牡蠣を獲るためだった。この島の岩牡蠣は美味い。流石、社長の好物ですね。新鮮な岩牡蠣でバーベキューをすれば最高です」

「……寺師野。脱線は良くないな。わざわざ一から説明しているのは何故か、理解しているか?」

 重蔵さんがエリートさんを見る。

「い、いえ。正確には」

「今回のこの事件、完全な部外者は此処にいる浅上君だ」


 重蔵さんのセリフを聞いて、皆が私を見てくる。


「つまり、一番客観的な判断を下せる立場にある。慎吾を殺した犯人は誰か、浅上くんの意見を参考にしたい。……寺師野、わかるな?」

「はい! 彼女に状況が分かるように説明すればいいのですね?」

「そうだ」


 重蔵さんが頷くと、エリートさんが私を見て話を続ける。


「失礼した、では続ける。岩牡蠣はどうやって獲るか知っていると思うが、私たちも基本通り潜って獲る。ああ、正確に言えば密漁になるのかもしれないが、ここは個人所有の島だ。……で、潜って獲るといっても潜水器具などの特別な道具は使わない。使うのはバール位だ」

「バール?」

「ホームセンターや工具用品店で販売しているだろう? 釘抜きの道具だ」


 ああ、わかった。何というか、先がクイッと曲ってる鉄の棒だ。


「それを持って潜る。潮が引けば潜る必要のない場合もある、島の南岸は比較的浅いところに牡蠣がいる穴場だからな。海底の岩などに張り付いているのをバールで引きはがす。最初は難しいが、慣れてくるとテコの原理を使って簡単に外せるようになる」


 そうなのか。バール、持ってくればよかった。 

 牡蠣食べたい。新鮮なのは生でもいけるって聞いたことがある。

 あ、でも当たったら怖いので、やっぱり焼いて食べる方がいいかも。

 そう言えば今年はまだ牡蠣食べてないなー。あのぷりぷりの食感。思い出すだけでよだれが……。

 バーべーキューの網で焼いた牡蠣に、醤油かポン酢を垂らしてぷくぷくを泡立っている牡蠣をそのまま口に入れて……ああ、最高。

 うーん、でも牡蠣と一緒にご飯も食べたい。お味噌汁も必要だと思う。

 ご飯、味噌汁、牡蠣牡蠣牡蠣かきー。

 コンビ結成、まさしく黄金コンビだ。あー、お腹空いた。




「当時の状況はこれですべてだ。……それにしても、一体、誰が慎吾さんを殺したのか。私たちは慎吾さんを尊敬していた。と言うのも、専務のように我々を血で差別しなかった。慎吾さんは完全な能力主義だった。完璧な副社長……だった。あの人がいるから、我々は雷蔵が上にいても耐えられたのだ」


 ……あ。なんか話し終わってる? 

 私が牡蠣に心奪われていると、エリートさんは人間関係的な話をしていた。


「……寺師野」

「すみません。社長、しかし、これが私の本心です。いや、本社に残っている他の二人も同じ気持ちでしょう」


 あーあーあー。

 犯人当てかー、でも犯人なんて分かってます。

 状況なんてそんなに聞く必要ない。


 もう長くなりそうなんで、正解を言いたい。実際に言えないのが悲しいところだけど。


 慎吾さんは重蔵さん。

 雷蔵さんはアザミちゃんが、殺している。 


 死体を見ればわかる。


 雷蔵さんはアザミちゃんが殺した。

 殺したというか事故みたいなものだけど。アザミちゃんが催涙スプレーふり掛けて、酔っぱらっていた雷蔵さんは転ぶ。雷蔵さんは頭を床に強打。それで、運悪くお亡くなりに。

 一瞬でそれを察した狂歌ちゃんが、死体がビクンビクンしている内に頭を床にガンガンガンガンガンガンガンガンした。で、自分が殺したと宣言。


 どうしてそんなことをしたか? 


 アザミちゃんを守るため。


 もし、そのままにしてたら、アザミちゃんは正直に話して捕まってたと思う。

 いや正当防衛成立するかも。でも、どっちにせよまた人を殺したとショックを受けることは間違いない。それから守りたかった。それだけ。


 でもこれ。誰かに話したら、私は確実に狂歌ちゃんに殺される。



 慎吾さんは背中を刺されてた、犯人はよっぽど信頼している相手。

 プラス、死体があったのは別荘のワインセラー。

 誰があそこに慎吾さんを運んだのか? きっとそれはこの別荘の持ち主の重蔵さん。

 山田さんが捜索を終えた後、明日くらいに海にでも流すつもりだった。


 でも本日、急遽、雷蔵さん来襲。

 あの人はお酒好き。だから、重蔵さんはワインセラーのカギを開けておけば雷蔵さんが勝手に慎吾さんを見つけると思った。

 重蔵さんは殺人の疑いを、雷蔵さんにかけて社長候補から脱落させる。そして、エリートさん一派の誰かを社長にする計画に切り替えた。


 何事も計画通りにはいかないものです、残念ながら、慎吾さんを見つけたのは私。

 ついでに雷蔵さんは死んだ。

 

 ああ、そうだ。そうだ。なんで、重蔵さんが慎吾さんを殺したのか?

 これは疑問だった。

 実は重蔵さん、社長を辞めた後は会長とか言う、グループの名誉職的ポジションに付きたかったらしい。

 それで、今の経営者にもドンドン自分の意見を言う。

 居方ホールディングスの今まで通りの通例というか。古臭いシステムと言うか。


 でも能力主義の慎吾さんはそうゆうシステムを無くしたい。

 だから、社長になればそうすると慎吾さんは重蔵さんに言う。

 重蔵さん激怒する。

 慎吾さん、殺される。以上。

 

 どうかな? 私の推理は! 完璧じゃないかな。



 ……んん。正直に言うと、実はこれ。私の、妄想。


 慎吾さんの話とかはほとんどそう。


 だって、誰も信じてくれないでしょ?


 __ワインセラーで慎吾さんから聞いたって言ってもね。

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