第41話 水着的な夏 その3


 小さな波止場があって、乗って来た船はそこに着く。

 暑い。太陽が眩し過ぎる。

 島に着いた時間は午前11時すぎ。これから一段と暑くなる時間帯。

 日焼け止めクリームを塗ってきて良かった。


「ああ、皆さんどうもお疲れ様です。どうでした? 船酔いとか大丈夫です?」

 船から降りるとすぐに山田さんが聞いてくる。


「大丈夫です」 

 幸い波はそんなに高くなかった。よっぽど船に弱い人でもない限り酔わないと思う。

 アイちゃんや、狂歌ちゃん、アザミちゃんも大丈夫みたい。


「そうですか、そうですか。それはよかった。では、先に別荘で昼食にしましょう」

 山田さんは私たちの様子を確認した後、そう提案をする。


「え? いいんですか、そんなにゆっくりしていて。確かにお昼前ですけど、探す時間が無くなりませんか?」

 私は山田さんに確認した。

 山田さんの説明だと、探すのは今日一日だけ。でも、すでに移動で半日も過ぎてる。ゆっくりお昼にしてたら、探す時間がどんどん無くなると思うけど。


「ああ、浅上さん。流石に真面目ですねえ。いや、素晴らしいですよ。やっぱり浅上さんに頼んで正解でした。でも、言うじゃないですか、腹が減っては何とやら。それにこの暑さです、無理しすぎもいけない。まずはゆっくり昼食を食べて、着替えてからにしましょう。当然、重蔵さんには許可をもらってます。ご心配なく」

「そうですか?」


「そうです、そうです。……それに僕は信じていますから、浅上さんならきっと見つけてくれるってね」

 山田さんは私に体を寄せてきて、小声でそんなことを言う。


 そんなに信じられてもなぁ。うーん。探す人、確か慎吾さんだっかな、その人が死んでいれば見つけれそうな気もするけど。行方不明ということは生きてる可能性も十分あると思う。

 生きてる人を見つけるなんて、私にはもう、絶対不可能だ。


「じゃあみなさん! 案内しますのでついてきてください」

 みんなでぞろぞろと山田さんの後について行く。波止場から歩いて5分くらいで、別荘に着いた。


 別荘の外観は白を基調にして作られていて、私が思っていたより一回り大きい。

 驚いたのは庭にプールがあること。

 すぐ側に海があるのにわざわざプール作るって、やっぱりお金持ちは違うなあ。


「ささ、こちらが重蔵さんの別荘です。大きいでしょう? 先ずは部屋に案内しますよ。来客用の部屋がありますので、そこに荷物を置いてきてください。えーと、部屋は家族で泊まれる4人用の部屋ですが、いいですよね?」

 なんだか至れり尽くせりだ。

 当然私たちは「はい」と返事した。


「じゃあ、五十嵐さん。皆さんを部屋まで案内してあげて下さい。後はお願いしますね、私は先に食堂で待ってますから」

「はい、所長」

 山田さんはそう言うと私たちと別れて、一人でどこかへ歩いて行った。


「じゃあ、みんな部屋に案内するわ。付いてきて」

 別荘に入って、私たちは五十嵐さんについて行く。


「あの、五十嵐さん。ちょっといいですか?」


 女性5人になると、狂歌ちゃんが五十嵐さんに声を掛けた。


「何かしら?」

「さっきの山田さんですよ。ずいぶん浅上さんに熱を入れてますけど、あの人、大丈夫ですか? 失礼かもしれませんが、あの年齢で高校生にちょっかいかけるって犯罪ですよね?」

「……まあね。でも、浅上さんはどうなのかしら? うちの所長をどう思ってる?」


 狂歌ちゃんがいきなり五十嵐さんにぶっこんだと思ったら、流れ弾が私に来た。


「えーと、その。山田さんは悪い人じゃあないと思いますけど。男の人として恋愛とかはちょっと……」

 私は、正直に思うところを述べておく。


「……そう。ええと、佐藤さんだったわよね? 友達を心配するのは分かるわ。私から所長にそれとなく脈がないことを伝えておくから」

「それとなくで伝わりますか? もう、いっそのことハッキリと言ったらどうですか、何なら私が言いましょうか?」

 なんだか狂歌ちゃんが、ヒートアップしてきた。

 狂歌ちゃん男の人が嫌いだからなぁ。


「それは待ってくれないかしら。あの人メンタル弱いから。仕事中に落ち込まれると、どうもね」

「そうですか。じゃあ、きちんと管理してくださいね。もし、あの男が無理矢理、浅上さんとか、私たちの誰かに手を出したら……」


 そう言いながら狂歌ちゃんは、腰の辺りからナイフを抜いて見せた。


「……貴方、それ」

「自衛のためですよ。どうせこの後、部屋で身体検査でもするつもりなんでしょう? 携帯やカメラは渡しますけど、他の物は渡しませんから。いいですよね?」

「……ええ。所長から他の物を預かるようには言われてないわ。例えそれが危険物であってもね」

「そうですか。あの男、見た通りのお人好しですね」


 そうか。携帯とかカメラはまだ回収されてないなと思ったけど、二人の会話を聞いて納得した。

 この後すぐ、五十嵐さんに部屋で確認される予定だったんだ。


 まあ、そんな感じで少しギスギスした時もあったけど。

 部屋に入って持ち物チェックと、言われていたように携帯・カメラの回収をされながら女同士でいろんなお話をする。


 五十嵐さんは手際がよく、チェックにそんなに時間はかからなかった。

 ただ、身体検査の時にアザミちゃんが催涙スプレー、狂歌ちゃんからナイフが追加で4本出てきた時は顔を引きつらせていた。


 二人はもう仕事道具を持ち歩く癖が付いているらしい。狂歌ちゃんとアザミちゃんに手を出す男の人は……ご愁傷さまです。




 __部屋に荷物を置いて食堂に行くと、ちょうどお昼の十二時。


 食堂のテーブルには山田さんと、60歳くらいのおじさんが座っていた。

 おじさんは、洋風の別荘に似合わない和服を着ている。


「すみません、お待たせ致しましたか?」

 五十嵐さんが二人に声を掛ける。


「いや、構わんよ。ちょうどいい時間だ。それに女性を待つのは男の特権」

 五十嵐さんに返事をしたおじさんは中々キザなセリフを言う。

 でもそれが似合っているからすごい。


「可愛らしいお嬢さんたちだ。ワシは、居方重蔵と言う。この度は愚息を探すのに協力してくれて感謝するよ。とは言え、とりあえずは昼飯だ。さあ、座って」

 重蔵さんに促されて、私たちは席に座る。


 席に座るとすぐに、ご飯が来た。

 でも来たのは洋風の食堂に似つかわしくない、うな重と、きしめん。


「すまんね。ワシは、土用の丑の日は出来るだけウナギを食うことにしている。嫌いではないかな?」

 私はウナギ、好き。

 他のメンバーでアイコンタクトすると、アイちゃん、狂歌ちゃん、アザミちゃんは頷いた。みんなも大好きのようだ。

 でも、きしめん…………は一体。


「嫌いな者がいなくて何よりだ、遠慮はいらない。さあ食べてなさい」

 重蔵さんにお昼をごちそうになる。

 でも、きしめん……。……あ、きしめんおいしい。……ズルズル。



「ところで、君が浅上くんかね?」


 粗方食事が終わったところで、重蔵さんが私に声を掛けてきた。


「……はい、そうですけど」


「山田君から聞いているよ。君が娘を見つけてくれたと、感謝する」

 うん? 娘を見つけた、なんのことでしょう?


「……居方さん、その件は」

 山田さんが重蔵さんに小声で話しかける。


「おお。そうだった、そうだった。浅上くん。失礼したね、何でもない忘れてくれ」

「はあ」

 山田さんの言葉を聞いて、重蔵さんは手を振って忘れる様に言う。

 けれど、一体なんだったのでしょうか?


「それと、君は人探しのプロらしいね? ぜひ今回も息子を見つけてもらいたいものだ」

 山田さん、そんなことまで話しているのか。

 そんなに期待されてもなー、困る。


「ええと、そう言われましても。……山田さんの買い被りだと思いますよ」 

「ふむ。……気負ったところがないな、山田君の言う通り、中々有望そうだ。期待しているよ」

 重蔵さんは私をじっと見て、ひとり頷く。なんだか重蔵さんに期待されてしまった様子。

 それにしても山田さん、別人かと思うくらい口数が少ない。

 やっぱり依頼主さんの前では遠慮してるのか。 


「では山田君、ワシは部屋に戻る。後は頼んだ、何かあったら連絡してくれ」

 そう言って、重蔵さんは食堂を出ていく。

「はい、わかりました居方さん」

 山田さんは立ち上がって重蔵さんを見送る。


 完全に重蔵さんの姿が消えると、山田さんは席に座った。


「ふー、いやー緊張しました。どうです皆さん、あの人が居方重蔵さんです。貫禄あるでしょ? 何歳に見えました? あれで70歳っていうんだから驚きですよねえ」

 座るなり山田さんがため息をつく。それよりあの人が70歳。おじさんじゃあなくて、おじいさんだったのか。でも体もガッチリしてたし、70歳には全然見えないなー。


「いやいや、何度会っても慣れませんねえ、あの人には。まあ大切な依頼主ですから、機嫌を損ねないようにしないといけませんし。……ああ皆さん、すみません。関係ない話をしてしまいました。ははは、ではでは。まずこの写真を見てください」

 山田さんはそう言いながら一枚の写真を見せてくる。

 写真には重蔵さんを若くしたような男の人が写っていた。

 みんなで写真を回し見する。


「えっと、山田さん。この写真の人が慎吾さんですか?」

「ええ、そうですよ。行方不明当日の写真です。海パン姿でしょ。慎吾さんが行方不明になった経緯を簡単に説明しますね。いなくなったのは、今日から10日前です。重蔵さんやボンボンさんエリートさん一派と別荘に来てました。まあ、主に次期社長についての話し合いをするためだったらしいです。結局、総会の前までに誰がなるかを根回ししておくんですよねえ。で、話し合いが終わった後に皆さん、ああ重蔵さん以外は、海に泳ぎに行ったらしいです。……そして、慎吾さんはいなくなった」


「え? 社長候補5人で海に行って、そこで慎吾さんだけいなくなったんですか? ……他の人、めちゃくちゃ怪しいじゃないですかぁ」


「はははは。浅上さんもそう思いますか。そうですよねぇ、重蔵さんが殺人を疑うのも無理ない状況です。ああ、ご心配なく、今日は社長候補の皆さんはこの別荘にいませんから。殺人犯人の可能性がある人たちと鉢合わせになる、なんてことはありません。だから、とにかく慎吾さんを見つけるのが先決です。この後、そうですねえ、ご飯を食べたばかりなので少し部屋で休憩して。……二時ころにまたこの食堂に集合してください。みんなで海岸線を捜索しましょう」



 __という訳で一旦食堂で解散、私たちは部屋に帰ることにした。


「あー食べたー」 

 私は取り敢えずベットにダイブする。


「……ちょっと、夜子ちゃん。寝ないでよね?」

 ん? 私がベットでゴロゴロしてると、アイちゃんが話しかけてきた。今日初めての様な気がする。


「アイちゃーん? 今日元気ないよね、どうかしたの?」

 私はベットに腰かけているアイちゃんに聞く。


「……え、別に、そんなことないわよ」

「そう?」

「……そうよ」

 うん、嘘だ。アイちゃん、わかりやすいからなー。でも言いたくないなら無理に聞かないでおこう。

 アイちゃんはそう言ったきり、俯いている。


 他の二人はどうしてるかなと部屋を見ると、狂歌ちゃん、アザミちゃんは同じベットに座って仲良く話をしている。


 うーん、私……このままだと寝そう。


 お腹いっぱいだし、アイちゃんはいつもの調子じゃあないし。正直言って、暇です。

 しょうがない、少し散歩に行こう。


 私はべットから出て、立ち上がる。

「……夜子ちゃん? どこか行くの」

 立ち上がった私を見てアイちゃんが声を掛けてきた。


「うん、ちょっと散歩に行ってくる。アイちゃんはどうする?」

「わ、私は。えと、こ、この部屋でいるわ」

 どうしたのかな。アイちゃんの声が震えている。


「わかった、そんなに出歩かないから。二時前には帰ってくるよ、じゃあまたねー」 

 私は一人で部屋を出た。

 うん? あれ、なんかおかしい様な?

 なんか違和感があるけど、思い出せそうで思い出せない変な感じ。……まあ、いっか。


 私はそのまま部屋を出て、別荘の玄関の方へ行く。


 あれ? 何か玄関の方が騒がしい。



「はぁ! よく言うぜ、この人殺しが。お前らが慎吾を殺したんだろう!?」

「まったく。それはこちらのセリフですよ。いい加減冷静に状況を見たらどうです? 誰が見ても貴方が犯人としか思えませんが?」 



 玄関先には、アロハシャツを着た男とスーツ姿の男の人がいる。


 アロハシャツの人はかなりの剣幕で怒鳴り声をあげている。スーツの人は、声は静かだけど、顔はとても不機嫌そう。


 この人たちって、今日別荘にいないはずの、ボンボンさんとエリートさんの誰かじゃないの。

 えーと、山田さん。一体これ、どういうことかな? 話が違うよ?

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