第39話 水着的な夏 その1

「ああああ! 浅上さん、お久しぶりです。本当にお久しぶりですねえ! ああ、この日を! どれだけ!! 待ち望んだことかぁああ!!!」


「……山田さん、ウルサイ」


 私の目の前には、テンションマックスのへぼ探偵。

 むむむ。このアルバイト、……受けたのは失敗かもしれない。



 ____事の発端は三日前。


 山田探偵から電話があった。


「お久しぶりですねえ、浅上さん」

「ああ、山田さん。お久しぶりです」

「最近どうですか? もう高校は夏休みですよね、いやあ、羨ましいな。夏休みなんて、高校、大学くらいで最後です。どうか、楽しんでください。大人になったら、そんな長期の休みなんてありませんから」

「はあ」


「いやいやいや、すみませんねえ。話がそれました。えーと、またアルバイトのお願いがあるのですが……」

「アルバイトですか?」

「はい! そうなんです。僕、困ってましてねえ」 

 よく困る探偵だ。

 そもそも探偵って困りごとを解決するのが仕事なんじゃないかな? 自分で困ってどうするの。


「実はですねえ、今僕は離島にいるんですよ。ああ、離島といっても外国ではなくて、日本国内にある個人所有の島という意味です。まあ、お金持の道楽ですねえ。ほら、避暑とか夏のバカンスとかいうやつですよ。今回、僕はそれに付き合っている訳でして」

 山田さんは相変わらずは話が長い。もっと、端的に話してほしい。


「そうなんですか。それで、アルバイトというのは?」

「ははは、お恥ずかしいことに。また人探し、いや物探しかな? まあ、相も変わらず、失せ物探しです」

「いつもと同じですね」

「まったくです。代わり映えしないお願いで申し訳ないですねえ。でも、今回はギャラがいいですよ? 前金で50万、成功報酬500万です」


「受けます」


 うん。お金のことを一番に言ってくれれば、すぐに返事できたのです。


「そうですか! そうですか! それは嬉しい。では、準備してもらう物があります。これがなくてはバイトにならないので注意してください」

「はい、靴かライトとかですか?」


「水着です」 


「は??」


「水着です!!」


「え、と。その」

「靴とか食事とか、そんな物はこちらで用意します。浅上さんは、水着だけを! 本当に水着だけで結構ですので、準備してきてください!」


「あの、ちょっと考えさせ……」

「ではでは! こちらも準備がありますので、これで切ります! ああ三日後の朝8時に、浅上さんの家まで迎えに行きます! それまでに準備の方をよろしくお願いしますね。あと、これ依頼人の衛星電話ですので、再信は控えてください。こっちは携帯繋がらないんですよねえ、はははは。という訳で、連絡はこれで最後になります。じゃあ、浅上さん! 三日後によろしくお願いします!!」


 ____ガチャ ツーツーツー


「もしもーし、山田さーん。おーい……」

 最後、へぼ探偵はマシンガンのように喋って電話を切った。………………これ、返事するの早まったかもしれない。



 ____回想は終わり。





 三日後の朝、約束通りへぼ探偵は私の家にやって来た。テンションアゲアゲで。


「ああ。それで浅上さん、そちらのお嬢さんたちは? お友達ですか?」

 山田さんは、私と一緒に玄関先にいるアイちゃんと、狂歌ちゃん、アザミちゃんに目をやる。

 なんかいろいろ不安だったので、私は三人にお願いして一緒に来てもらうことにしたのです。


「はい、そうです。アイちゃんは知ってますよね。あとの二人は、こっちの眼鏡の子が佐藤狂歌ちゃんです。こっちは春川アザミちゃんです」


「おはようございます、佐藤です」「えっと、春川です」

 狂歌ちゃん、アザミちゃんが山田さんに挨拶する。


「どうもどうも、山田です。浅上さんと親しくさせてもらってます。よろしく願いしますね」

 山田さんは二人には興味なさげ。よかった。山田さんが、もしアザミちゃんにちょっかいを掛ければ物理的に首が切れることになる。


「山田さん、今回のバイトですけど。ちょっと私一人だと親が心配するので、友達も一緒にお願いしたいんですけど……」


「ああ! なるほど、そうですね。そうですね。これは私が迂闊でした。もちろん構いませんよ。……あ、報酬内容は人数が増えても、最初に言った額に変わりはありませんが……えーと、つまり最初の額を4人で割ってもらうことになります。……それでもいいですか?」


「前金50万、成功報酬500万ですよね? いいですよ。私たち4人で割っても結構な額ですから」

「いやあ、よかった、よかった。……あ、あと折角なので、浅上さんのご両親に、ひ、一言ご挨拶をしたいのですが!」


「今、お父さんは仕事に行ってます。お母さんは買い物で留守です」


「……そうですかぁ。……それは残念です。将来のお父さん、お母さんに……い、いや何でもありません何でも。ははははははは」

 急に、山田さんは笑いながら頭を掻く。最後の方はボソボソと呟くように喋ったので何を言っているのかよく聞き取れなかった。けど、どうせ碌なことを言っていないと思う。


「では! 出発しましょう、車は用意してきてます。ああ、ご心配なく。私の車じゃあなくて、依頼人の車を借りてるので。大きい車なので皆さん乗れますよ」


 山田さんに促されて、外に出る。家の外には白い車が止まっていた。具体的な車種を言うと、ハイなエース。全国窃盗率ナンバーワンという人気車だ。あと、サーファーの人が良く乗ってる。


 アイちゃん、狂歌ちゃん、アザミちゃんが次々に車に乗り込む。

 私も、いつものように後部座席に座る。

 ハイなエースは座席が3列あって位置的には一番後ろの列の座席にアイちゃん、狂歌ちゃん、アザミちゃん。

 真ん中の列の座席に私という具合だ。


 ……あれ? アイちゃんどうしたんだろ、最近なにか口数が少ない。それに、こういう時は私の横に座ってくれると思ったのに。


 私がアイちゃんの様子を気にしていると、当然のようにへぼ探偵が私の横に座る。


「へ?」

「どうかしましたか、浅上さん?」

「えっと、あれ? 運転は?」


「五十嵐さんにお願いしていますよ。僕は道中、詳しい依頼内容を説明しようと思いましてね、浅上さんの横で。……ああ! そうだ、そうだ。まだ、浅上さんに五十嵐さんを紹介してなかったですね。いやあ僕の探偵事務所にもやっと人が来てくれましてねえ。ご紹介します、五十嵐矢津世やつよさんです。僕の助手をしてくれてます。まあ、助手というか事務所の一般的な事務もこなしてくれますけどね。とても優秀な人で助かってますよ」


「五十嵐です。……貴方が浅上夜子さんね、よろしく」

 運転席から若い女性が振り返りながら挨拶をしてくれた。五十嵐さんは、男物のスーツをビシッと着こなしている。とてもかっこいい人だ。

「えと、浅上です。よろしくお願いします」


「はい! じゃあアルバイトの話に戻りましょう! えーと、あ。……僕何処まで話してました?」

 私が五十嵐さんに挨拶をしたら、すぐに山田さんが割り込むようにしゃべる。


「離島で水着で人探し、くらいしか聞いてません。山田さん、すぐに電話切っちゃたじゃないですか。あと前金50万、成功報酬500万です」

「ああ、じゃあ必要なことは全部言ってますねえ。……ところで、浅上さん。ちゃんと水着は用意してきましたか?」


 横の席に座ったへぼ探偵が私の方に身を寄せてくる。私の手荷物を気にしている様子だ。

「ちょっと、山田さん。近い近い」

「ああ、失礼しました。それで水着は?」

「……用意してきましたよ」

「ああ! それは素晴らしい! ちなみに色は何色でしょうか?」

「……それアルバイトと関係あるんですか?」

「ありません。僕が個人的に気になるんです。……白だといいなあ」

 どうした、へぼ探偵。今日はグイグイ来るな。夏の暑さでおかしくなってるのかもしれない。注意しなければ。いざとなったら、アイちゃんや狂歌ちゃんに助けてもらおう。


「それより、人探しをするんでしょう? どんな人を探すのか教えてください。あと何処の離島に行くのとか」

「……ああ、失礼しました。楽しい想像をしちゃてました、はははは。えーと、詳しい話をする前にいいですか。前金の話ですが、これは口止め料が入ってます」 

 山田さんは、横の私を見た後、後部座席のみんなを見る。


「口止め料?」

「はい。そうです。依頼内容を聞いたら、それを口外しないようにお願いします」 

「……言わなきゃいいだけですよね?」

「勿論です。それが嫌なら、出発前に降りていただくことになりますが……」


 そういうことなら、みんなにも一応確認しておかなくては。

「ちょっと作戦タイム良いですか?」


「どうぞどうぞ」

 山田さんの了解をもらったので、私は後部座席に身を乗り出して後ろのみんなに確認する。


「……えーと、どうする?」 

「別にいいわよ。つまり聞いたことをしゃべらないだけで50万もくれるんでしょう。報酬は私たち4人で山分けだったわね。4人で分けるとしても、12万5千円の丸儲けじゃない。アザミはどう?」

 狂歌ちゃんが一番に返事をする。

「うん。私もいいよ」

「そう、よかった。……それにね、私たち一応稼げるときは稼いでおきたいのよ。ほら、あの女に300万の借りがあるでしょ。今度、会うことがあったら叩き返してやるの」

 狂歌ちゃんが小声で教えてくれる。

 なるほど、二人はそんな目標があるのか。

 あとは……。

「えーと、アイちゃん。アイちゃんはどうする?」


「……え? あ、なに? ごめん聞いてなかったわ」

 俯いていたアイちゃんが顔をあげる。


「もー。しっかりしてよアイちゃんー」


 やっぱりアイちゃんは様子がおかしい。もう一度私たちはさっきの話をアイちゃんにした。

 結局みんな受けることにした。


 うん、お金は大切です。

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