第37話 未来に祈りを

 

 今日は1学期の終業式があった。

 つまり、明日から夏休み。翔太と恋人になって、初めての夏休み。


「じゃあまた、愛」

「うん。翔太、またねー」


 翔太との話が終わった。

 別れ際に、翔太と少し、キスをする。ああ、幸せってこういうこと。


 楽しい時間はすぐに過ぎて行く。

 放課後、学校で翔太の部活が終わるのを待って、その後二人で話をしていた。

 夏祭りとか、海に遊びに行く話を。


 教室で話をしていたら、辺りは暗くなっていた。

 もう夜。

 このくらいの時間なら私は一人でも帰れる。


 翔太と校門で別れて、田舎道を一人で歩く。今日は遅くなりそうだったから、夜子ちゃんには先に帰ってもらっている。


 帰り道、田んぼの稲は少し色づき始めていた。

 暗くなって、虫の声も聞こえる。

 今日も暑かったのかな? 私は、暑さも寒さもほとんど感じないけど、みんなは暑そうにしていた。今となっては、あの流れる汗が少し羨ましい。


 でも、いい。


 私は幸せ。

 もうダメだと諦めていた、夢が叶ったから。ホントに、夢のような話。

 これも夜子ちゃんのおかげね。

 普段は、ぼーっとしてる夜子ちゃん。でも時々鋭くて、不思議な子だ。優しいけど、死体ばかりを探している。あの趣味はどうかと思うけど。

 ああ、テストで赤点取った時なんて、笑ってしまった。あれだけ勉強してたのにね。再テストはいい点が取れたみたい。それは嬉しそうにしてた。私も嬉しい。もし、夜子ちゃんが再テストでもダメダメの点数だったら、夏休み中は私も、昼間に翔太と遊べる日が減っただろうから。


「ふふ。帰ったらまた、からかってやろっと」

 勉強するように言ってやるつもり。

 たぶん、今、夜子ちゃんは家でぐったりしているハズ。最近はよく補習とか、再テストを頑張っていたから。

 もう、勉強って言葉を聞くだけで嫌がるだろう。


 その後は夜子ちゃんに、デートの協力を頼もう。


「アーイちゃーん」

 後ろから、私を呼ぶ声がする。


「ん?」


 あれ、この声って夜子ちゃん? 家でいると思ったのに……。

 振り向くと、制服を着た夜子ちゃんが立っていた。いつからアソコに? 私、考え事をしていて気づかなかったのかな。  


「ヤッホー、遅いから迎えに来てあげたよ?」

 片手をあげながら、夜子ちゃんが近づいてくる。

「……そう、ありがと」

「翔太君とラブラブだねー? 羨ましいなー」


「まあね。……これも、夜子ちゃんのおかげよ。感謝してるわ」

「ええ! なんか、改めて言われると照れるなー」


 私は近づいてくる女の、目をよく見た。



「…………そう、でも。アンタが照れる必要はないでしょ! いのり!!」

 私は近づいてきた女の胸倉を左手で掴んだ。



 __こいつは夜子ちゃん……じゃあない!



「くすくすくす。あら、どうしてわかったのかしらね? 結構似てたでしょう?」

 いのりがそう言うと、着ていた服装がぼやけてくる。姿が変わる。いつの間にか、いのりは制服から白のワンピース姿になっていた。


「やっぱり! アンタはねえ、目がいやらしいのよ! 腐った目をしてる自覚がないの!」

 遠目ではわからなかったけど、近づいて来ればはっきりわかる。こいつの黒く、濁っている邪悪な目は。

「うーん、それは盲点だったわね。次回の反省点にするわ」 


「次なんてあるか!」

 こいつは、ここで殺す!

 私のためにも、夜子ちゃんのためにも、佐藤や、春川のためにも、こんなヤツいちゃいけない!

 右手を強く握る。

 私は左手で、いのりの胸倉をつかんで捕まえている。これなら逃げれない。


「ここで、死になさい!」

 私は、全力でいのりの顔めがけて拳を突き出した。



 __パシ

「え?」

 それは軽い音だった。


「あら? 物騒ね、私はお話をしに来ただけなのに」

 いのりは左手で私の拳を止めた。死んで、力が上がっている私の拳を。

「……ウソ」

 思わずそんなことを呟いてしまう。


「くすくすくす、もしかして秋葉原さん。私が弱いと思ってる?」 

「……ウソ、だって、この前」  

「この前は足手まといの玩具がいたからね。壊されるのは都合が悪かったの。それだけよ。まあ、貴方は、桃果さんとかエリさんよりは強いんでしょうけど……くすくすくす。相手が悪かったわねえ?」

 今度は、いのりが右手を私の首に伸ばしてくる。そのまま右手で私の首を掴んだ。

 でも、私は少々のことでやられたりはしな……


「ガが!? グウウうっうえええ!」

 苦しい!? 首が? ええ!? すごい力。苦しい、苦しく、苦しい、苦しいなんで?  

 目の前が白くなっていく。血が、え血が? バクバク言う。何コレ何あ? あああ。


「あら? 危ない」

 いのりが手を放す。


「がはあ!? ゲホゲホげほっ」

「くすくすくす。貴方は首を絞められるのが弱点よ。知らなかった? いえ、知らないはず無いわよねえ。体も、魂も覚えている。なにせ、貴方はそうやって朝野君に殺されたんだから、ね」


「ゲホゲホゲホ。……な、なんで私を殺さないの?」

 さっき、私は、いのりに殺されてもおかしくなかった。体が震える。私は、ああされると、首を絞められると、死ぬ。死ぬのだ。それが分かってしまったから。


「言ったでしょう。秋葉原さんに、お話をしに来たのよ」

「何よ……話って?」

 嫌な予感がする、聞きたくない。でも、どうしよう。戦っても、勝てない。じゃあ、……そうよ、隙を見て逃げよう。それしかない。


「ほら。私言ったでしょう、覚えてないかしら? 秋葉原さんじゃあ、翔太君には愛してもらえないって、恋人同士とかには、なれないって。……ひどいこと言っちゃったわねえ。秋葉原さん、ごめんなさい、謝るわ」


「……別に気にしてないわよ」

 私は強がりを言った。


「そう! それはよかったわ、私はてっきり秋葉原さんもエリさんや桃果さんみたいになると思ったの。ええと、この前の二人よ。覚えてる?」


 ん? 桃果……桃果、桃果。あれ? そんな名前のヤツが後輩にいたような、いなかったような? ……よく覚えてないわね。

「……私と戦ったヤツらのこと?」


「そうそう。一人は食事中だったけど。……人ってね、一度、死んじゃうと、普通はあんな風になるの。一つの思いしか抱けない。執念って言ったら分るかしらね? エリさんはずっと食べてたでしょう。あの子は食べることしか頭にないわ。元々は綺麗になるために、食事制限してたのよ? それがいざ死んでみると、もうお笑いね。食べて食べて食べまくり、確かに、太ることはないけど。くすくすくす。食べすぎてお腹が妊婦くらいに膨れ上がっても、まだ食べるんだからねえ。無様で醜くて。元が綺麗な子だから尚更よ? 見ててとても面白いわあ」


「……アンタ性格最悪ね」

「そうかしら? 私は自分に正直なだけよ。誰しも、人の、他人の醜い姿には心躍るでしょう? 綺麗ごとで世の中回らないわ、週刊誌とかがよく売れるのはそういうことでしょう」


「……私は週刊誌読まない」 

「くすくすくす、そう。ああ、話が逸れたわねえ。えーと、つまりね。死んじゃったら人間らしさなんて無くなるのよ。恋愛とか無理。ふつーは。だから、あの時私は秋葉原さんが一番幸せになれる方法を教えてあげたつもりよ。でも、貴方は翔太君と恋人同士になったわ。これはすごいことよ? だからね、お祝いをしてあげたくなったの」

「お祝い?」

「そうそう。ねえ、秋葉原さん。貴方、今、幸せ?」

 いのりは私を覗き込むようにして聞いてくる。


 はあ? 幸せかって? そんなの。


「幸せよ」

 そう、幸せに決まってる。


「そう! よかったあ。秋葉原さんが幸せで、私も、とても嬉しいわ。それなら、私の提案も受け入れてくれるでしょうし」

 いのりは両手を合わせて、楽しそうに言う。

 それより、提案? ふざけてる。こいつの話に乗ってイイコトなんてない。どうせ碌でもないことだ。早く断ろう。

「なによ? 提案って、最初に言っとくけど私はアンタの話なんかには乗らな……」


「もっと翔太君と一緒にいれるわよ?」


「え?」

「ねえねえねえ? 忘れてないかしらねえ、秋葉原さん? 貴方、来年の四月までの命なのを。その、契約を」

「そんな、の」 

 忘れてない。そう、契約は、その約束は。でも、それはもう死んじゃってる私には仕方の……ないことで。


「夜子には無理だけど。私なら、伸ばしてあげられるわよ? 愛する翔太君と、もっと、もっぉおおと、同じ時を過ごしたくはないのかしら。ねえ、秋葉原さん? くすくすくすくす」



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