第36話 太一君の受難

 ネトゲをやり過ぎた。

 それが敗因だ。

 でも、仕方ない。レイド戦のボスを倒すには、あの日しかなかったし。メンバーが集まるのも夜でないと無理だ。後悔はしていない。レアドロップも手に入ったし。大成功と言っていい。

 しかしその代償に初日のテスト1科目の数学Ⅱを寝坊して出席できなかった。

 まあ、安い代償だ。補習なんてどうでもいい、…………そのはずだった。


「おい、太一。補習終わったらグラウンドに来いよ?」

 翔太が話しかけてくる。こいつはぎりぎり赤点を免れたようだ。ついでにリア充は爆発するように祈っておこう。


「ああ、わかったよ。……ついでに、リア充爆発しろ」

「おいおい。ひどい言いぐさだなぁ」

「すまん、つい本音が出た」

 僕は、放課後のクラスでこれから補習を受ける予定だ。

 そして、来週月曜には再テストがある。それでもいい点数が取れなかったら、夏休みが半分削られるほどの課題が出るだろう。夏休み中の補習もあるかもしれない。教師もそれは面倒だから、こうして再テスト前に補習をしてくれる。ある意味、予想どおりだ。


 予想外のことがあるとすればそれは__


「ど、どうして私がレッド……」

 クラスメイトの浅上さんが机にうなだれている。


「ばーか、ばーか。油断してるからよ。反省して勉強しな」

「そうよ浅上さん。あれだけ勉強教えてあげたのに赤点なんて、私情けないわ」

 浅上さんの周りには愛さんと、佐藤さんがいて、浅上さんをいじっている。


 本当に意外だ。浅上さんは見た目勉強できそうなのに。そして、補習を受ける生徒なんて、風邪とか体調不良でテストに出席できなかった者ぐらいと思っていた。あるいは、テスト前日にネトゲをして寝坊する僕くらいかと。


 だから、これから補習を受ける生徒が、僕と、浅上さんと、春川さんで計三人もいることは予想外。

 加えて言えば、今日補習授業をしてくれる先生は女性の福井先生。

 つまり、僕はこれから女性ばかりの中で補習授業を受けることになる。……女性が苦手な僕が。


 気まずいなんてもんじゃない。これって拷問だろ?


「ううう。アザミちゃん、再テスト仲間どおし、一緒に頑張ろーね?」

「ちょっと、浅上さん。アザミと貴方を一緒にしないでくれる? アザミは初日、テストを受けてなかったから再テストなのよ。テストを受けて、赤点叩き出した貴方とは違うの。主に、頭の出来が」

「まあ、まあ狂歌、そんなこと言わないで。……うん、浅上さん一緒に頑張ろうね」

「ううううー。ありがとー。アザミちゃーん」

「じゃあ、夜子ちゃん。私、外で翔太といるから。終わったら来てねー。しっかり勉強するのよ」

「はーい」


 愛さんは、浅上さんの席から離れて教室を出ていく前に……振り返り思い出したように僕のところに来た。

「よっ。太一も補習とか、めずらしいじゃん? そう言えば何で寝坊したの?」

 片手をあげながら軽快に挨拶をしてくる愛さん。


「……前の日、夜更かししすぎたんだ」

 失恋した、諦めがついたとはいえ、やはり愛さんと話すのは緊張する。  

「またゲーム?」

「そう」

「ふーん。あんまりやりすぎは良くないんじゃない」 

「うん、気をつけるよ」 

「じゃあ、外で翔太といるから。また後でねー」

「うん」

 そろそろ、補習が始まる。補習を受けない生徒、翔太とか、愛さん、佐藤さんはクラスを出て行った。


 午後5時。補習開始の時間に、福井先生が教室に入って来た。

「みんな席についているかしら? ……うん、結構。じゃあ、とりあえずこのプリントやってね。ああ、それとみんな自分の席じゃあなくてもっと前に来なさい。折角の補習なんだから、前来て。三人横になって座りなさい」 


 なんてことだ。僕は教室の後隅で、存在を消していたのに。


「ああ、太一君? 君は真ん中に座って」

 僕は席を移動して、三人横並びなら一番左側だろうと思って座ろうとしたところに、福井先生はトンデモナイことを言う。


「な、何故ですか?」

 ここは、慣れないけど、嫌だけど、意見して、目立たないポジションを確保しなければいけない。僕の心の平穏のためにも。


「折角だから、ノートとか春川さんに見せてあげて。ほら、春川さんここ数日学校をお休みしてたでしょう。試験前の授業とか結構重要なこと教えてるからね」

「先生、なら私がアザミちゃんにノート見せましょうか?」

 ナイスだ。浅上さん!


「……浅上さん。あなたのノートはね。とても独創的な、いや、えーと何て言っていいのか。ほら、落書きをしているでしょう? そのノートを春川さんに見せるのはどうかしらね? それに、貴方。時々落書きに夢中で、授業内容をノートに書いてないんじゃない?」

「……う。先生、鋭いなー。でもこれは落書きじゃなくて、死体の……」

「ストップ! 浅上さん、今、変な言葉が聞こえた気がしたわ。……やっぱり、太一君にお願いするから浅上さんは横で座ってて。それと、……変な落書きしちゃだめよ?」

「……はい」

 悲しそうに浅上さんが席に座る。僕も悲しいよ。


 という訳で、非常に不本意だけど、僕真ん中、右側には浅上さん、左側には春川さん、目の前には福井先生の陣営で補習授業が開始された。

 さらに僕のノートを、春川さん、場合によっては浅上さんに見せてあげる必要があった。

 __うん、確信した。これは拷問だ。


 いや、確率が低いレアドロップを引き当てた反動、呪いかもしれないな。

 しばらくはゲームは控えめにするよ、愛さん。

 

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