第33話 二つの天秤が傾く先は その後

「え?」


 私じゃない誰かがそう言った。……いや、私かもしれない。いのりは今、何と言った?


「聞こえなかったかしらね、佐藤狂歌さん、春川アザミさん?」

「いえ、すみません。……でも殺すって」

 狂歌ちゃんが戸惑うように、いのりに聞く。


「言葉通りの意味よ。……心配しないで、死体の片づけはこちらでしてあげるわぁ。今まで通りにね。くすくすくす。それにね、さっき少しお話を聞かせてもらったんだけど、おかしいと思わないかしら?」

「……何がですか?」

「佐藤さん、さっき言ってたでしょ? 警察に捕まっても良いって」

「……そうですけど。それが?」

「貴方たちがしていることは間違っていることなのかしら? 私はそうは思わないわ。夜子と違って、ね。同じ女として言わせてもらえれば、女の子に酷いことをする男なんて、死んでしまえばいいと思うわよ。それに今の貴方たちは、可哀想な女の子の願いを叶えてあげている訳でしょ? それが間違っているかしら。悪いことなの? 貴方たちはどう思っているのかしら?」


「……私たちは、自分たちの、正しいと思えることをしてるつもりです」

「うん。……私も、そうです」

 いのりの質問に狂歌ちゃんと、アザミちゃんが答える。


「くすくすくす。そうよねぇ。貴方たちは間違ってないわよ。二人とも、とても良いことをしている。心配しないで。私はそんな貴方たちの味方よ。応援しているわ。だから、警察に捕まっても良いなんて、おかしな話よ。貴方たちは正しいことをしているのだから。そうでしょう? くすくすくす。これからも、貴方たちはどんどん悪い男を懲らしめてやってちょうだい。警察なんかに捕まらない様に、後始末は私がするからねぇ」

「本当ですか!」

 狂歌ちゃんが嬉しそうに返事をする。


 なんだか風向きが悪くなってきたような? えーと。狂歌ちゃんとアザミちゃん、いのりに唆されて、私たちを殺そうとは……しないよね?


「ええ。約束してあげてもいいわよ? ……でもその前に。私たちの邪魔をしようとするそこの二人を、殺してもらいたいのよねぇ?」 

「……でも、何でですか? 愛さんはともかく、浅上さんは、ええと、……元は貴方だったんでしょう?」


「ちょっと! 私はともかくってどうゆう意味よ!」

 アイちゃんは狂歌ちゃんに文句を言う。でも、気持ちがグラついているように見える狂歌ちゃんを刺激してはいけない。

「しー。アイちゃん、アイちゃん。ここは冷静に。落ち着いて、ね、ね。」 

 私はアイちゃんを落ち着せようとしたけど、アイちゃんはいのりや狂歌ちゃんの方を睨みつけている。アイちゃんが警戒するのは分かる。いざとなれば、……頑張って逃げよう。


「くすくすくす。私と夜子の事情は、ある程度聞いているのね? そう、その通りよ。私はやっと夜子と決別できた……はずなんだけど。はぁ。困ったことに、今も私に、夜子の記憶が流れ込んでくるのよ。まあ偶にだけどね。……忌々しい後遺症ねえ。想像できるかしら。私は夜子に、記憶のゴミ箱にされていたのよ。私は覚えていても、夜子は忘れる。私は覚えていても、進学していく、卒業していくクラスメイトは私を忘れる。友達も、親友も、もしかして、いたかもしれない恋人も、私を忘れる。ねえ……酷い話だと思わない?」

「……それは」

「だからね。佐藤さん、春川さん、……私を助けてくれないかしら? 大丈夫、夜子を殺したら、私も死ぬなんてことないから。むしろ、後遺症の大元が無くなるから気分爽快になるわ。それに、春川アザミさん? 貴方には、私の仲間になった時、とっておきのプレゼントも用意しているのよ?」

「……分かりました。アザミもイイよね?」「……うん」


 え! 狂歌ちゃんとアザミちゃんが何故かヤル気になっちゃってる。……これは、不味い!


「アイちゃん、アイちゃん! 逃げよう、逃げよう!」

「はあ? 何でよ。……そもそも私、前から好き勝手言ってる、いのりが気に入らなかったの。それに、佐藤と春川を止めたいんでしょう? いい機会よ。いのりなんかに騙されるなんてね。二人とも殴って大人しくさせるわ。その後いのりをボコボコにしてやる」

「アイちゃん!」

 なんて、男前! 頑張れー!


「……ちなみに、夜子ちゃんは何かできる?」

「私は何もできないよ」

「そう、思った通りで嬉しいわ」


 そういうと、アイちゃんは私の前に出た。いのりの前には狂歌ちゃんとアザミちゃんがいて、二人ともこちらを睨んでくる。……特に狂歌ちゃんが怖い。


「……でも、いのりさん。私たちじゃあ、……秋葉原を殺せないかもしれません」

「こらあ!? 佐藤! 私を名字で呼ぶってどういうこと! 殺されたいの!!」

 名字で呼ばれるのを嫌がるアイちゃん。私のクラスでアイちゃんを名字で呼ぶ者はいない。それには担任の先生も含まれているから、相当なものだ。……でも、狂歌ちゃんは名字で呼んだ。もう、完全に私たちを敵と思ってるのかも。


「くすくすくす。大丈夫よ。ごめんなさいね、二人の気持ちが知りたかったから……ちょっと出し惜しみしてみたのよ。……エリさん、桃果さん上がって来て」


 いのりがそう言うと。階段から、女の人が二人上がってきた。


「肉肉ニク肉ニク肉。いい匂い! いい匂いがする。いい肉の匂い食べたい食べたいタベタイ!?」

「アキハバラアアア! コロス殺す殺すコロス、このクソ女! 泥棒猫が!? いい気になってんじゃあないわよオオオオオオオオオ!?」

 えーと、一人は見たことある。アイちゃんの名字を知っているから、たぶん、うちの高校の生徒。もう一人は知らない大人の女性だ。肉肉言ってるけど、お腹空いてるのかもしれない。


 ただ、二人とも。…………どうしようもなく、死んでいる。


「くすくすくす。佐藤さん、春川さん紹介するわね。この二人は私のお友達で、エリさんと、桃果さんっていうの。二人とも個性的でいい子よ」

「そ、そうですか」「え、えと、初めまして」

 紹介を受けた狂歌ちゃんとアザミちゃんは、登場してきた二人の女性に声を掛ける。でも……死んでいる二人には狂歌ちゃんとアザミちゃんが目に入らない。


「まあ、二人ともちょっと直情的なところが玉に瑕ね。くすくすくす。でも大丈夫、この二人も秋葉原さんと同じなの。……そうね、エリさんと、桃果さん、春川さんには秋葉原さんの相手をしてもらって。佐藤さん、貴方は夜子をサクッと殺しちゃってくれない?」

「わ、私が浅上さんを?」

「佐藤さん? 私も浅上なのよ。アレを呼ぶときは夜子って呼んでちょうだいね」

「は、はい。失礼しました。それじゃあ、私がその、夜子を殺したらいいんですか?」

「そうよ。手早くやってね。その後は4人で残った秋葉原さんを殺したらいいわ。くすくすくす」


 こ、これは大変不味い!!

 えーと、えーと。新しく来た女の二人は、死人だ。それに目つぶし攻撃を持っているアザミちゃんの三人でアイちゃんが押さえられると……私が狂歌ちゃんに瞬殺されてしまいます!

 逃げ道の階段は間の悪いことに、いのりの後ろだ。5人を掻い潜って、とてもたどり着けそうにない。

 どうしよう、どうしよう?


「ちょっと! 夜子ちゃん! ぼさっとしてないで、どっか逃げて!」

 アイちゃんが叫ぶ。

 そうだ、取りあえずこの場を離れて逃げよう。でも。


「アイちゃんはどうするの!」

「私はいいから! ささっと逃げて!」

 確かに私がいても足手まといだ。一先ずこの場を離れよう。私はホテルの奥、階段から離れる方向に向けて全力で走る。


「え? 痛ったああああいぃ!?」

 5歩くらい足を動かしたところで、右の太ももに激痛。私は足がもつれて、そのまま転んだ。

「イタタタ。え? ええぇえええ!?」

 ナイフ。ナイフが刺さってる! 私の足に。右太ももに。痛い痛い。血が出てる。耳の奥がバクバク言ってる。あ、あ、あ。痛い痛い痛い! すごく痛くなってきた。


「意外と逃げ足早いわね? でも、隙だらけじゃないかしら夜子。相手がナイフを投げてくるなんて、思わないのかしら?」

 顔をあげると、狂歌ちゃんがゆっくりと、こちらに歩いてきていた。

「狂歌ちゃん!」

「私ね。実はナイフを二本以上持ってるのよ。ほら」

 そう言いながら狂歌ちゃんは、右手で腰の辺りからもう一本ナイフを抜く。

「……夜子、どうせ死ぬのなら、ちょっとは抵抗してみたら。さあ、その刺さってるナイフを抜いて。かかってきなさいよ」

「……嫌だよ。そんなこと、したくない。ねえ狂歌ちゃん、もうこんなこと止めて。良くないよ」

「くだらない命乞いね」

 狂歌ちゃんは右足で私のお腹をサッカーボールみたいに蹴った。

「グゥ!? げほげほ」

 うう。胃の中の物が出そう。私は四つん這いになってお腹をかばう。


「ほら、ほら。さっさと! 抵抗! しないと! そのまま! 死んじゃうわよ!」

 狂歌ちゃんのキックが止まらない。私は、お腹や、背中、腕をどんどん蹴られた。


 ……しばらく、私は体を丸めていた。

「はあ、はあ。はあ、はあ」

 狂歌ちゃんが荒い息を吐いている。


「げほっ。ゲホゲホ、ううぅー」

 私も、体がズキズキする。痛い。涙出てきた。


「チッ! いい加減にしなさいよ! 貴方はそのまま死んでもイイのかしら!」

「……ゲホゲホ。し、死ぬのは嫌だけど」

「じゃあ、さっさとかかってきなさい。それとも、足のナイフを抜くのがイヤなの? ……それじゃあこれを使うといいわ」


 __カラン。


 固い乾いた音がした。床を見るとナイフが1本落ちている。


「予備の3本目よ。使いなさい」

「……でも」

「貴方ねえ! 貴方は殺されそうになってるの! 戦いなさい。私はそうしてきたし、アザミもそう。くだらない現実と戦って生き残ってきたのよ。ねえ……私はね、無抵抗の相手を殺すのは気が引けるわ。だからそれを手に取りなさい。……そうじゃなきゃ、私が気持ちよく殺せないでしょ?」


 私は床のナイフを拾った。


「そうそうって、……何? 蹲ったままじゃあ、意味ないでしょう。ほら、さっさと! 立て!」

 さらに狂歌ちゃんのキックが追加で二発。


「……何なのよ! 何なのよ! もう! 貴方は嫌じゃないの!? 赤の他人に! 自分が踏みにじられることが! 自分の好きな相手が傷つけられることが! 嫌じゃないの!」

 狂歌ちゃんは私を蹴りながら、叫ぶ。

 ……確かに、それは嫌だなあ。私だって、そんなの全力で抵抗する。


 でも。狂歌ちゃんは、赤の他人じゃなくて。狂歌ちゃんは。


「……でも。狂歌ちゃんは、私の友達だから」 

「は?」

「だから、戦えないよ。狂歌ちゃんもアザミちゃんも好きだから。……ごめんね」 


 __カラン。

 床に何かが落ちる音がした。何だろう? 頭がズキズキして、目が霞む。私がまた顔をあげると、狂歌ちゃんが少し後ろに下がっていた。





「そこまでよ! 佐藤、さっさと夜子ちゃんから離れなさい!」

 アイちゃんの声がした。アイちゃんの方を向くと、……すごい。アイちゃんは死人の一人、女子高生の方を倒している。そして、アザミちゃんの胸倉を掴んで吊り上げている。

 あれ? もう一人の女の死人は? あ。食事中ですね。死んでいる6人の男の子を…………その、くちゃくちゃ? ばくばく? ……してる。


「えーと、エリさーん? おーい。……これは困ったわねえ。まさかエリさん。若い男の子のほうが好きだなんてね。思ってなかったわ。これまで、おじさんしか食べてなかったから、かしらね?」

 いのりが食事中の死人に声を掛けているが、死人は食事をやめる様子はない。この分だと、6人全員を食べ終わるまで動かないのではないかしら?


「アキハバラアアアアアア! がああああああ。足が! ちぎれて! 胸が! おいぃいいい、いのりィイイイイイ! 何とかしなさいよこれえええ!」

 女子高生の死人の方は……よく見ると右足が千切れてる。胸にも大きく穴が開いていて……何というか、すごい状態だ。


「くすくすくす。負けちゃったわね? 桃果さん。せっかく復讐の機会をあげたのに、残念ねえ?」

「さっさと直せええ、お前だったら! 出来るだろがぁあああああ!? グズグズするんじゃないわよボケぇえええ!」

「流石に、その傷は直ぐには治せないわよ。うーん、でも不思議ねえ? 何が秋葉原さんと違うのかしら。契約の重さ? 怨念の集まり方? 殺されたのが私じゃなくて、朝野君だったから? 犯されてるほうがいいのかしら、ね? ……秋葉原さんと比べると、どうも弱すぎるわねえ。いえ、秋葉原さんが強すぎる気がするわ」


 いのりは、死人ともめている。もう一人は食事中で動けない。アザミちゃんはアイちゃんが吊り上げている。狂歌ちゃんは、何故かナイフを落として、下がった。


 ……これは! いつの間にか、形勢逆転してるのでは。


「アザミ!? ちょっと貴方、アザミを離しなさいよ!」

 狂歌ちゃんは、アイちゃんに向かって叫ぶ。


「ふん。いいわよ。ほらッ」

 アイちゃんは、右手に持っていたアザミちゃんを狂歌ちゃんに向かって放り投げた。


「きゃあ! ……ちょっと。アザミ、アザミ! 大丈夫」

「うん、狂歌。大丈夫だよ」

「そう。よかった」

 狂歌ちゃんは、見事に両手でキャッチしてアザミちゃんの無事を確認する。


「さてと、後はアンタだけね? いのり」

「あら? うーん、そうかしらね。秋葉原さん、さっき春川さんを人質にしなかったのは失敗じゃないかしら? さあ、佐藤さん。今のうちに早く夜子を殺して」

 いのりはニヤニヤ笑いながら、狂歌ちゃんにそう言った。


「……すみません、いのりさん。私には、……できません」「……狂歌」

 狂歌ちゃんは、アザミちゃんを抱きしめながら言う。

「あらあら? 佐藤さん、どういうことなのかしらね? 形勢が不利になったから、そちらに付くの?」

「そうじゃありません。でも、やっぱり私には浅上さんを殺すなんて、出来ない」

「ふーん、そう。じゃあ、春川さんはどうかしら? 私に恩を感じているのでしょう?」

「……ごめんなさい。私も、浅上さんと愛さんを傷つけるなんて……」


 俯きながら、そう言う二人。

 やったあ! 狂歌ちゃんとアザミちゃんが戻ってきてくれた。


「そう。残念ね、……じゃあ貴方たちはいらないわ。約束もなし、今後は貴方たちの後片付けには一切協力しないから。そのつもりでね。くすくすくす」

 いのりは今後、二人の後片付けはしないと言う。でもそれでいいと思う。これを機に二人が人殺しをやめてくれればいいな。


「アンタ、何を余裕ぶってんのよ! 取りあえず、両手両足の骨くらいは覚悟してよね」 

 アイちゃんがいのりに向かって怒鳴る。

「あら? 貴方、確か自衛の時以外で人に危害を加えれないはずよね。契約を覚えている?」

「は! いのり、アンタまさか自分が人間のつもり? それに、危害ですって! そんなの今の今まで加えられっぱなしよ。こっちは!」

「くすくすくす。これは困ったわねえ? エリさんは食事を終えるまで、もう少し掛かりそうだし。桃果さんは弱すぎて役立たず、と。……秋葉原さん、見逃してくれないかしら?」

「誰が見逃すか!」

 そういうとアイちゃんは、いのりに向かって走っていく。


「くすくすくす。じゃあ仕方ないわねえ。少し時間稼ぎをさせてもらいましょうか」


 __おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。

 何処からか赤ちゃんの声が聞こえてきた。


 いつの間にか、いのりの前の床には一人の、赤ん坊がいる。


 赤ちゃんの頭は、何かに潰されたように、大きく一か所が凹んでいた。


 __おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。__おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。__おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。__おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。

「私ってね? 何故か男の人の死体は動かせれないの。動かせるのは女の人だけ、……だった。そう、だから練習してるのよ。やっぱり人間は不得意なことがあれば、努力して無くさないとね? くすくすくすくすくす」


「嘘ウソうそ! あれって! あの子って」

 狂歌ちゃんが、いのりの前にいる赤ちゃんを見て驚いている様子。


「イヤ、いや、嫌ぁあああああああああああああああああああああ!?」

 アザミちゃんが、両手で耳を塞いで絶叫を上げた。


「ちょっと! どうしたのよ、春川!!」

 アイちゃんが心配そうにアザミちゃんに駆け寄る。

「愛さん、アレは。あの子は、アザミが男に孕まされて、そして、そして……殺された子供よ。バットで頭を殴られたの……男の子だったわ」

「ウソ! そんなことって」


「くすくすくすくすくす。あー、可笑しい。知らないと思った? 私はずっと見ていたの。貴方たちがどうなるか、とても興味があったからね。そのまま男どもに殺されたら、さぞかし良い玩具になると思ったのよ。あー、残念。反対に男たちを殺すなんてね? 期待外れも良いところよ。 ……ほおら、僕ちゃん。君のママはあそこよ。あそこで耳を塞いでいるのがママ。酷いママよねえ? 君がそんなに泣いているのに放っておくなんて。君を守ってくれないなんてね?」


「いや! もうやめてぇええええ!」

「アザミしっかりして!」

 床に頭をぶつけようとするアザミちゃんを、狂歌ちゃんが必死の様子で押さえる。


「くすくすくす。ああ、さすが親子ね? お互いに、いい声で泣くわ。……さあ、さあ。ママのところに行って? そしてママを君のいる処に、連れて行ってあげましょう?」


 __おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。


 __おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。


 赤ちゃんがゆっくりと、アザミちゃんのいる場所へ向かってハイハイしてくる。


「ちょっと、これ。どうしたらいいの! 愛さんどうにかして!」

「私に聞かれてもわかんないわよ! 取りあえず、離れる?」


 アザミちゃんを抱えて、狂歌ちゃんとアイちゃんが私のいる場所まで来た。


 __おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。


 __おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。


 __おぎゃああああ。おぎゃああ。おぎゃあああああああああ。


 赤ちゃんも、こちらに来る。ゆっくり、ゆっくり、でも一生懸命にハイハイをして、私の前まで来た。


 私はアザミちゃんの赤ちゃんを抱きあげた。

「ちょ! 夜子ちゃん、何して!?」

 アイちゃんが驚いたような声をあげる。


「ほおらー、いい子でちゅねえー? うん、うん。お母さんが恋しいのかな? よしよしよし」


「え?」

 私じゃない誰かがそう言った。


「アザミちゃん。かわいい赤ちゃんだねえ。……大丈夫だよ。この子はちゃんとママが守ってくれたこと、知ってる。ただ、もう一度だけ、抱いてほしいだけ」

「あ、浅上さん?」

「大丈夫だから。ほら」

 私は、顔をあげたアザミちゃんに赤ちゃんを手渡す。アザミちゃんは震える手で赤ちゃんを、ゆっくり受け取った。


「わ、わたしは貴方をま、まもってあげられなくて。それで……」

 赤ちゃんは、アザミちゃんに抱かれると、安心したように笑った。

「そ、それなの……に。あなたは」

 アザミちゃんは泣いていた。

 赤ちゃんは、安心したように笑っている。__もう、そのまま、動かない。


「ごめんなさい。守ってあげられなくて、ごめんなさい。ごめん。……生まれて、きてくれて……ありがとう」


「赤ちゃん、満足してたよ?」


「あ、ありがとう。浅上さん。うわああああああああああああああああ」

 アザミちゃんは、赤ちゃんを抱え込んで泣いた。























 ___ギュチャギュチャぎちぎち


「うーん。やっぱり、大した時間稼ぎにはならなかったわね。直ぐに動かなくなったし。でも、あのまま抱き上げさえしなければ、あの赤ん坊も恨みを募らせるはずだったのに。そうしたら、とても笑える展開だったんだけど、夜子が余計なことしたわ。……残念ね。まあ逃げられただけ良かったとしましょう」


 __バクバク。じゅる


「ちょっと! 待てよ。どうゆうこと!? 何で私を食べさせるのぉおおおおお。こらああ! ぼけえ! 食うな! 食うな。私を食うな! おいいいいいいいいいいいいいいい。いのりぃいいいいいいいい!!」


 __ギャチガチガチ。バキバキ。


「くすくすくす。うーん。ちょっと桃果さんは弱過ぎね? ……残念だけど、そのままじゃあ秋葉原さんを殺すなんて出来そうにないわ。だからね? エリさんに食べてもらうことにしたの。あなたの力を取り込んでエリさんも少しは強くなるでしょうから、ね」

「やめろやめろヤメロ! 私はまだ殺してないのよ! 翔太先輩をぉおおお! あの糞女を! 食うな! 食うなって! 」


 __ムシャムシャ。ギュチュビュチュ。


「大丈夫よぉ? 貴方の願いはきっとエリさんが果たしてくれるわ。安心して? くすくすくすくす。……さて、人数も減ったし、やっぱりもう何人か欲しいところね。うーん、できれば佐藤さんと春川さん。どちらか殺せれば面白いのだけど。そうして、もう片方を襲わせる。うん、とても面白そうじゃない?」



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