第32話 二つの天秤が傾く先は その死
__クワァクワァクワァクワァ
__ゲーロゲーロゲーロ__クワァクワァクワァクワァ__ゲーロゲーロゲーロ
夜になって小雨が降ってきた。
雨に誘われたのか、カエル達の鳴き声が聞こえる。夜の鳴き声は一層大きくなって、人によると煩いって嫌う人もいるけど。私は好き。水田から聞こえてくる声を聴いていたら心が和む。
そして、この時期は道端に咲いているアジサイが綺麗だ。
「カエルとアジサイの組み合わせっていいよね? アイちゃん」
「いやいやいや! 何のんびりとしてるのよ! あいつら止めるんでしょうが!」
私たちは、狂歌ちゃんとアザミちゃんを止めるために自転車で移動中。私が運転、アイちゃんが後ろで荷物になってる。
目的地は国道沿いの潰れたラブホテル。
……でも。
「そもそも道に迷うってどうゆうことよ!?」
そうなのです。なぜか行く途中で私は道に迷いました。もうこのままだと永久にたどり着けそうになかった。……危ない、危ない。
「そうだよねー? 何で道、間違えたんだろ。アイちゃんも早く間違えてるって教えてくれたらよかったのに~」
「知らなかったわよ、私は! アンタが廃ホテルに行こうとしてたなんて」
「ごめん、ごめん。最初に言ってればよかった」
「まったくもう! 無駄な時間使ったわ。……ほら! もっと自転車を漕ぐ漕ぐ!」
「はーい」
私は頑張ってペダルを動かす。でもホテルはもう見えている。後は私の勘が当たるかどうかだけど……。
__潰れたホテルの駐車場には派手なバイクが4台。車が1台あった。
そしてうちの高校のステッカーが付いている自転車が2台。見覚えのある自転車、狂歌ちゃんとアザミちゃんの自転車だ。
「当たりだね、アイちゃん」
「頭悪いけど、勘はいいわねアンタ」
「アイちゃんひどい」
「ごめん、ごめん」
駐車場には車や自転車だけで、人は私たち以外居ない。じゃあ二人はホテルの中かな?
ホテルは5年くらい前に潰れていて、窓ガラスは所々割れている。元は白かった壁にはツタが這って、ちょっと不気味な感じだ。当然電気は通ってなくて、外から見た限り明りは見えない。
「じゃあ入ってみよっか? 何処か入り口ないかな」
私がホテルの中に入れそうな場所を探していると。
「あ、夜子ちゃんー。こっち開いてるわよ」
アイちゃんが教えてくれた場所は建物の正面入り口で、ベニヤ板が張られている場所。よく見るとそのベニヤ板が人が通れるくらいの範囲で切り取られている。
二人で其処からホテルに入る。中は真っ暗。少し埃っぽい気もする。
「うーん。流石に夜の建物の中は見えにくいなー、ライト持ってくればよかった。アイちゃん見える?」
「見えるわ」
「ホント! 頼るになるー。じゃあ、二人がいそうな場所に案内してよ」
「はいはいっ……て、何か物音が聞こえない?」
「うん? あ……聞こえるかな」
人の言い争うような声が聞こえる。場所的に……上の方から?
「……えーと、上の方から聞こえる?」
「私も上から聞こえるわ。行ってみましょう」
アイちゃんに先導してもらって階段を上がる。途中の道は、壊れた木材みたいなのとか、ベットとか、床には割れたガラスとかが散乱していて危なかった。私一人だとケガをしたかもしれない。やっぱりアイちゃんは頼りになる。
__4階に上がった。
「てめえら! っざけんなよ、おいい!?」
居た居た。
でも、ちょっと遅かったみたい。
床には5人の男が倒れている。倒れている男は全員、首から血が出てる。……うん、あの出血量では死んでいますね。
死体の側には狂歌ちゃんとアザミちゃんがライトを持って立っている。それぞれライトを持っていない反対側の手には自分の必殺仕事道具を持っている。狂歌ちゃんはナイフ。アザミちゃんは催涙スプレーだ。
倒れてない男の人は一人。あの年齢だと私たちと変わらない……高校生くらいの男の子。鉄パイプを両手に持って、狂歌ちゃんとアザミちゃんに向かって振り回している。
「あら? 来てくれたの浅上さん?」
「ひ! お、お前らまだ仲間が!?」
狂歌ちゃんが私たちを見つけて声を掛けると、男の子は驚いたのだろう、私たちの方へ振り向いた。
あー、でも本当に危険なのは私たちじゃあないと思うなー。狂歌ちゃんは男の子の隙を見逃さなかった。狂歌ちゃんは摺り足で男の子に近づくと、男の子の首にナイフをスッと振る。
「あ?」
呆けたような男の子の声。
切られた首からは血が、勢いよく吹き出した。うーん、狂歌ちゃん相変わらず見事に動脈を切られますね。全国女子高校生動脈切り大会があれば、狂歌ちゃんが優勝するかもしれない。
男の子はまだ意識があるのか、必死に首の傷を押さえて血を止めようとしているみたい。……残念だけど。その傷じゃあもう助からないなー。
止まらない血に絶望したのか、それとも意識がなくなったのか。男の子は倒れた。
……ところで私は気になることがある。このまえ狂歌ちゃんが柳田をサクッと殺した時、思ったのだ。
出血死の場合、人はどの段階で死ぬのか?
まだ、この男の子は死んでいない。血はどんどん出ているけど、切られたショックでは死ななかったようだ。じゃあこの子の場合、単純に出血多量になれば死ぬ可能性が高い。
私は男の子を観察する。まだ、死体ではない。でもその境界はすごく曖昧になっている。
……まだ生きている。まだ生きてる。まだ生きてる、まだ生きてる、まだ、まだまだまだ……………………………………はい! 死んだ!
私の死体センサーが反応した。切られてから40秒くらいかな?
床に大量の血が出ている。
確か、人間は体重の十三分の一が血液量。血液量の三分の一を失うと死ぬっていうから。えーと、この子体重はどれくらいかな? 65キロくらい、とすると血液量は5リットル。その三分の一だから、…………1.6リットルくらい出血すれば死んでしまうのか。
床の血を見る。これで1.6リットルか~。死んだ後も少しづつ流れているから、もっとあるはず。
「……ちょっと、アンタ何してんの?」
「は!」
そうだった。狂歌ちゃんとアザミちゃんのお仕事を止めないと!
「こんなこと良くないよ! 二人とも、もう、やめようよ」
私は説得を開始する。
「さっきまで、その死体を楽しそうに眺めていた貴方に言われてもね。説得力ないんじゃない?」
「うん、私もそう思うよ」
二人に私の説得は通じそうにない。悲しい。……じゃあ、アイちゃんに頼もう!
「アイちゃん。アイちゃんも何か言ってあげて!」
「……いや、私は別に、そいつらがどうなろうが知ったことじゃないし」
「へ? そうなの?」
「そうよ。私は、夜子ちゃんが止めたいっていうから協力してるだけ」
そうだったのか。じゃあ、アイちゃんに説得は頼めない、かな。
「くだらない話は終わり? じゃあ、私たち帰るわ」「うん。浅上さん、愛さん。おやすみなさい」
狂歌ちゃんとアザミちゃんが帰ろうとする。
「えーと後片付けはどうするつもりなの? ほら、死体とか」
「知らないわ、言ったでしょう? 捕まっても良いってね。私たちを止めたければ通報でもしたら?」
「そんなぁ」
どう言えば二人を止められるのかな。ちょっと目の前の死体に気を取られ過ぎてしまった。趣味に走りすぎるのは良くないな。まあ私としては、趣味も大事だけど、それと同じくらいに狂歌ちゃんとアザミちゃんのこと大切に思ってるのに。
「くすくすくす」
ん? この声って……。
「あらあら。本当にいいのかしらね? 狂歌さん、アザミさん」
「え?」「貴方は」
狂歌ちゃんとアザミちゃんが驚いたようにそいつを見る。
__浅上、いのり。
今まで何処にいたのか。相変わらず白のワンピース姿。階段から、いのりがゆっくりと上がってくる。
「はじめまして、じゃないわね? ほら、覚えてないかしらね。私のこと」
「すみません、いえ。覚えています。私たち一言お礼が言いたくて。ほらアザミ?」
「うん。あの、助けていただいてありがとうございます。お金も貸していただいて、本当に助かりました。必ず返しますから」
「あら。いいのよ? あのお金は貴方にあげたの。返す必要なんてないわ」
「でも!」
「高校生で300万なんて大金返すのは大変でしょう? 気にしないで。それにお金は、悪人から奪ったのが大量にあるのよ。くすくすくす」
「じゃあ、代わりに! 何かお礼をさせてください。死体を処分してもらって、お金も貰いっぱなしじゃあ私もアザミも心苦しいです!」
「そう? じゃあ、お願いしようかしらね。そこの夜子と秋葉原さんを殺して」
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