第31話 二つの天秤が傾く先は その3

「……という訳でー。いのりは私だけど、別人というか。今の私が、精神的に13年分年食ってるっていうかー? とにかく狂歌ちゃんとアザミちゃんを助けたのは私じゃないの。嘘ついててごめんね」


 取りあえず狂歌ちゃんとアザミちゃんに、いのりとアイちゃんについては説明できた。

 アイちゃんにも二人の事情を説明したし、あー疲れた。


「急に説明されても……信じられない話ね」

「うん。うん」

「でも、愛さんが死なないのは、いえその傷で動けることから考えても……嘘じゃあないのよね」

「うん、そうみたい。だって愛さんの首パックリいっちゃってるもの。狂歌が失敗するなんておかしいと思ったんだ」

 狂歌ちゃんとアザミちゃんは二人で作戦会議中。


 私はアイちゃんの腰に、後ろからしがみ付いている。

「ちょっと、夜子ちゃん。この傷、治るんでしょうね?」

 アイちゃんは首の傷を気にしているみたい。首の左側、下から上にかけて、斜めに大きな傷ができてる。そこからは黒い血が少し流れている。


「いや、どうなのかな? 治りそうアイちゃん?」

「知らないわよ! 治んなかったら翔太になんて言われるか。どうにかしてよ、ねえ!」

「と、取りあえず。えーと、縫っておこうよ。その上に大きめの絆創膏を張っていれば、その内塞がるかも」

「ホントに塞がるんでしょうね?」

 それはわからない。塞がるのかな? でもほっとくよりマシだろう。


 私は台所から救急箱と、裁縫セットを取ってくる。


「アイちゃんー。取って来たよ、これで縫ってみようよ?」

「わかった。じゃあ、夜子ちゃんお願い」

「え? 私が縫うのー」

「自分で自分の首縫うとか、やりにくいじゃん」

「はーい」

 仕方ない、頑張ってみよう。アイちゃんは首をクイッと上げている。緊張するなあ。針に通す糸は何色にしようかな。目立たない様に、肌色がいいかなー。いや、アイちゃんは肌白だから、白色の糸でいいかも。針に白色の糸をセッティングする。


 針先をアイちゃんの首に近づける。

 

 ……刺す。少しの抵抗があって、スプッと入った。


 傷は深いから、これを塞ぐようにする。

 少し針を沈める。

 これくらいでいいかな? 針先の方向をグイっと曲げて、また少しの抵抗、これは皮膚の硬さなのかもしれない。針先が出てきた。腕をあげて、糸をスルスルと通す。いい感じだ。……あ、そうだ。忘れていた。

「アイちゃーん。痛かったら右手あげてねー」

「いや、言うの遅いでしょう。まあ、痛みなんてあってないようなもんだし。気にせずやって」

「はーい」

 私がチクチクとやっていると。


「ねえ、浅上さん。いろいろと聞きたいことがあるのだけど」

「何かな?」

 狂歌ちゃんから質問を受けた。私はアイちゃんの傷を縫いながら答える。


「その、いのりさん? にはどこで会えるのかしら?」

「うーん、知らない。私は四月に会ったきりだから」

 __チクチク


「何で知らないの。自分の事なんでしょう?」

「もう別だって。そもそも、いのりが何処で何してるのかもわかんないし」

「別って? 具体的にどういうことなの。えーと、体とかは別々にあるの?」

「うん。なんか別れちゃった」

 __チクチクチク


「はあ。そもそも何で人が別れるのよ? そこが意味不明なんだけど?」

「さあ、どうしてかな? 罰が当たったのかもね」

 __チクチクチクチク


「ちょっと、浅上さん真剣に答えてよ。……それに死体が動くってどういうことよ。……そうよ。その傷でそれだけしか血が出ないなんて。ホント、……化け物」


「は。化け物ですって。好き勝手、言ってくれるじゃない?」

 アイちゃんが狂歌ちゃんの話を聞いて、顔を動かした。


「ちょっとー。アイちゃんー、動いちゃ危ないって」

「夜子ちゃん、いいから、言わせて」

 アイちゃんは右手を私の肩に置いて、言う。


「……私が化け物ねえ。人殺しの佐藤と春川には言われたくないわ」

「事実でしょうが。それに私達は正義のため、いえ、辛い被害にあった女性のためにやってるのよ? ……今日のターゲット6人のクズについて教えてあげるけどね。そいつらはよくこの辺りをバイクで走り回っている不良少年グループよ。夜ブーブー煩い音を立てている連中だから、見たことあるでしょ? 年は私たちと変わらない年齢か、少し上位ね。全員、高校には通ってない。なんでも、万引きやら恐喝やらで退学になったらしいわ。それは、まあどうでもいいことだけど。問題はね……そいつらは、最近悪い遊びを始めたことよ。いえ、今までも十分良くなかったんでしょうけど」

 そういうと狂歌ちゃんは腕を組んで、ふー、とため息をついた。


「悪い遊びって?」

 私は狂歌ちゃんに話の続きを聞く。

「女性を連れ去って乱暴してるのよ」

 狂歌ちゃんは悲しそうな顔で教えてくれた。


「……そんな話聞かないけどね。ニュースとかでも出てないじゃない」

 今度はアイちゃんが聞く。

「被害にあった女性が全員、警察に届けるとでも思ってるのかしら。哀しくて泣き寝入りする子もいるわ。それに、被害者は高校生よ。報道とかも注意するんじゃないかしらね」

「じゃあ何でアンタは知ってるの?」

「恋人できて幸せいっぱいの貴方と違って、私たちはそういう子たちに顔がきくのよ。それに噂の効果もあったしね」

「噂?」

「別に貴方には関係ないわ。とにかく、どう? ……集団で女の子を乱暴するような男を殺して何が悪いのかしら?」

「警察に任せておけばいいじゃない」

「捕まえては、くれるかもね。でも、その後は? 裁判ではきっと軽い判決になるはずよ。やってるのは全員20歳未満の少年だから。そんなので、納得いく? 悪いけど私は、絶対に、納得できないわ! そんなクズどもがのうのうと生きていると思うだけで……」

 狂歌ちゃんはかなり興奮している様子。右手がまたナイフに伸びようとしている。


「狂歌、落ち着いて」

 狂歌ちゃんの後ろから、アザミちゃんが抱き着く。

「……アザミ。ごめん」


「まあ、でも。いのりに頼るのは止めときなさいよ。アイツは夜子ちゃんとは全然違う。何ていえばいいんだろう。アイツは……邪悪だよ。悪意しかない、歪んでるわ。アイツに係わると碌なことにならない。今までアイツが死体処理してたからアンタら捕まってないんでしょう? もうやめときなよ。夜子ちゃんの言うように何時までも後始末してくれるなんて、絶対にありえないわ」


「そう、忠告ありがとう」「うん。じゃあねー浅上さん、愛さん」

 狂歌ちゃんとアザミちゃんは部屋から出ていことする。


「あれ? 私が嘘ついていたことはいいの?」

 二人が帰る前に、一番気になっていたことを聞いておかなくては。

「いいわよ。最初はこちらが勘違いしてたんだし。私たちがしてること見ても、警察にも通報しなかったしね」

「うん。浅上さんにもいろいろと感謝してるんだ。ありがとう」


「じゃあ、もう人助けは止めてくれるのかな?」


「……悪いけど、それは止めないわ」「うん、私もそのつもり」

 狂歌ちゃんとアザミちゃんはドアの方を見て、私を見てくれない。


「ちょっと!? どうしてよ。もう、いのりを頼るのは止めなさいって! 何時までも死体を隠してくれるなんて期待しちゃだめ! いつかきっとアイツは死体を放置するわ。そうしたらすぐ、アンタらが人を殺してるってことがバレるじゃない!」

 二人の答えを聞いて、アイちゃんが怒った様に言う。


「それが?」

「それがって」

「それがどうしたのかしら。私たちが最初に人を殺した時、自分たちが逮捕されないって考えてたと思う? ……そんな訳ないじゃない。もうね。私たちは、捕まってもよかった。あの、あの男たちを殺すことができれば、もうどうでもよかった」

「うん。そうなんだ。運よくその、いのりさん? が助けてくれてたから、全員殺しきれたけど。死体を処理してくれなかったら、二人目を殺す前に警察に捕まってたかも。……だからね、もういいんだ。もう十分だから、私たちは最初に人を殺した時には、もう死んじゃってるような人間だから。だから後は、少しでも、少しでも他の女の子の助けになりたいの。だから、後始末がどうなろうと、人助けは止めないよ」


 __そのまま、二人は部屋を出ていく。



「どうするの、夜子ちゃん? アイツら、今晩6人殺すって言ってるんだけど」

「うーん、出来るだけ止めようと、思うんだけど」

「そう」

「そうって、他に何かないのアイちゃん」

「アンタがそうしたいなら、そうすれば良いんじゃない。……そんな顔しないの。ちゃんと協力するわ」

「ありがとーアイちゃん」

「じゃあ、その前に」

「その前に?」

「ほら、まだ半分くらいでしょ。残り半分きちんと縫ってよね」

「はーい」

 __チクチクチク


 アイちゃんの傷を縫ったら、狂歌ちゃんとアザミちゃんを止めに行こう。

 何処でどう殺すか、二人に聞いておけばよかったなー。

 ……でも大体、当たりはつけられる。この辺りをバイクで暴走している、地元の不良少年グループ。そいつらが女性を連れ込みそうな場所なんて、限られてくる。


 国道沿いの、潰れたラブホテル。

 よく派手なバイクが集まっているのを見かけることがある。きっと、そこ。二人はそこで6人を殺すつもりだと思う。……たぶん、うーん、やっぱり自信ないな。間違ってたらどうしよう。

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