第30話 二つの天秤が傾く先は その2
私の部屋で、アイちゃんと狂歌ちゃんがにらみ合っている。
一触即発。
そんな雰囲気。
あー。失敗したなー。
狂歌ちゃんとアザミちゃんは人助けに夢中だろう。その大切な後始末の話をする場に、二人からすれば部外者のアイちゃんがいる。狂歌ちゃんも殺気立つかもしれないなー。
「ま、まあまあ二人とも落ち着いてー」
私は険悪な雰囲気の二人を仲裁したくて声を掛けてみた。
「はぁ!? そもそも浅上さん。一体どうゆうことかしら。何で愛さんがいるの?」
うわあ。やっぱり狂歌ちゃんに怒られた。
「ちょっとちょっと。どういう訳? なんで私がいちゃいけないのよ」
アイちゃんは狂歌ちゃんにした質問を、今度は私にした。
「うーん、ごめんね。これは私の段取りが悪いというか、何というか。……とりあえず、アイちゃん、少し外で話があるんだけど……」
私がアイちゃんに話しかけると。
「浅上さん? 言うまでもないだろうけど、私たちの人助けについて愛さんに何か言ったら」
狂歌ちゃんはそう言いながら、自分の右手をスカートの右側に当てる。……確かあの位置には狂歌ちゃんの必殺仕事道具があったはず。
……危ない危ない。私は、アイちゃんに二人の人助けについて説明する気満々だった。
「いやいやいや! そんなことしないよー、心配しないで! 狂歌ちゃん。あ、あはははははー」
「そう。じゃあ愛さん。私たちこれから大切な話があるの。あなたは席を外してくれるかしらね?」
狂歌ちゃんはアイちゃんにそう言った。でも、腕を組みながら、上から目線で言っても効果無い気が。
「……何よ? その大切な話って。アンタに命令されると気分悪いわ」
「命令なんてしてないでしょ。私たちで大切な話をするから、関係ない人には席を外してもらいたいだけよ。……人として当然の気遣いを期待しただけなんだけどね」
「関係ない? は! アンタ、さっき私に何か説明してくれそうだった夜子ちゃんを止めたわよね? それで関係ないってどういうこと!」
「ち!」
舌打ちした狂歌ちゃんは何故か私を睨んできた。うう、眼鏡越しのはずだけど、狂歌ちゃんは眼力が強くて怖い。
「まあまあ、狂歌。落ち着いて、ね?」
アザミちゃんが狂歌ちゃんの右腕を掴んで話しかける。
「これで落ち着いてられないわよ」
「うん。それは分かるけど。……浅上さん。何か理由があるんでしょう? 私たちと、愛さんがいる部屋で話をしようって言った理由が」
うーん。アイちゃんのいる部屋でお話がしたかったのは、私一人で二人に説明するのがちょっと怖かっただけという、全く考え無しだっただけ。ごめんなさい、アザミちゃん、理由なんてありません。
でも、今はアザミちゃんが狂歌ちゃんを抑えてくれている。
……これはチャンスかもしれない。さあ、どうしようかな?
とりあえずアイちゃんには席を外してもらって、私一人で狂歌ちゃんとアザミちゃんに死体処理してたのは私じゃないです、と説明するか? そして、人殺しはよくないよー、と説得する。
……部屋には私の死体が転がりそうな予感がする。
ではでは。もはや取るべき手段はひとつ!
「ごめん! 狂歌ちゃんアザミちゃん! 実は、二人の後始末してたの私じゃないの!!」
私は初めの予定通りに、アイちゃんがいるこの場で二人に説明することにした。い、いざとなればアイちゃんが守ってくれる! ……と思う。
「は?」
「え? えーと、うん。どういうこと、浅上さん?」
うわあああ。二人が怖い。狂歌ちゃんは顎をしゃくるようにして、すごく低い声で「は」と言った。アザミちゃんは可愛く首をかしげているけど目が全く笑ってない。
「ごめんなさーい! 言い出しにくかったの!」
取りあえず、私は必死に謝る。
「……ねえ。そんなことが聞きたい訳じゃあないんだけど? ちょっと、おい。わかるように説明してよ、浅上さん?」
「わわ」
狂歌ちゃんは私の髪を左手で掴みながら聞いてくる。狂歌ちゃんの顔が、近い、近い。
「ちょっとアンタ急に何やって……」
たぶん狂歌ちゃんを止めようとして、アイちゃんが近づいてきてくれた。
「黙って」
狂歌ちゃんは近くに来たアイちゃんの首の側で、右腕を素早く振った。狂歌ちゃんの右手には、いつの間にかナイフが握られている。
「アイちゃん!?」
首から、黒い血を一筋流しながらアイちゃんが倒れる。
「狂歌! なんで!?」
「う、うるさい! あの子が急にしゃしゃり出てきたから!」
アザミちゃんが狂歌ちゃんに詰め寄る。
「だからって! 殺すのは悪い男だけにしようって二人で決めたじゃない」
「な、なによ。私はアザミのことを思って……」
二人が言い争いを始めた。
「痛ったー、ちょっと!? 急に何するのよ!」
「え?」「え?」
首を押さえながら起き上がって来たアイちゃんを見て、狂歌ちゃんとアザミちゃんは目を丸くしている。
「う、うそ。そんなに浅かった? いえ、確実に動脈は切ったはず」
「……うん。狂歌が失敗したのなんて最初の男以外で初めて見た」
「違うわよ、アザミ! 確実に切ったわ。手ごたえで分かるもの。……何で生きてるのよ、貴方!?」
二人とも慌ててる慌ててる。アイちゃんは、心はともかく、体自体は死んでるからなー。それ以上死にようがないというか。でも、やっぱり私も、アイちゃんが倒れるところを見てびっくりした。大丈夫だと分かっていても、心臓に悪い。
アイちゃんが無事でよかった。私は急いで、狂歌ちゃんの側から離れてアイちゃんの後ろに行く。
「狂歌ちゃん、アザミちゃん事情を説明するから落ち着いて!」
安全なポジションをゲットした私は二人の説得にかかる。
「ちょっと、夜子ちゃん。私を盾にしてない? ねえ?」
アイちゃんが声を掛けてきたけど、私は努めて無視をした。
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