第27話 動物園

 今日は土曜日。

 学校は当然お休みなので、私は狂歌ちゃん、アザミちゃんと三人で市内の動物園に来ていた。


「暑っついわねえ。もうちょっと薄着がよかったかしら?」

「うん、うん。予想以上だね」

 狂歌ちゃんも、アザミちゃんも長袖だから暑いんだろうな。

「私は暑くなると思ったから、半袖で来たよー」

「……浅上さん、意外とそういうとこ、しっかりしてるわね」 

「うん。私もそう思う」

「意外って、ひどいなー」


「で? 浅上さん、どうして私たちはこんなことしてるのかしらね?」

「うん、私も疑問かな」

 二人にはまだ、今日の目的を話していない。


「ふふふ、でわ。説明しましょう! このまえアイちゃんと翔太君はめでたく恋人同士になりました!」

「……いや、知ってるわよ、それ。まあ今更って感じがするけどね」

「うん。クラスで知らない人、いないんじゃないかな?」


「今日は二人の初デート。だから、私たちはこっそり跡をつけていきます」

「だからなんでかしら?」

 狂歌ちゃんが聞いてくる。横にいるアザミちゃんも首を傾げている。ほお袋いっぱいにしているリスのように、あざとく、可愛らしい動作だ。

 うーん、二人になんて説明しよう。

 ……アイちゃんとはちょっとしたお約束があって、昼間、私と一緒にいなければアイちゃんは出歩けない。そう言ったら分ってくれるかな?


「実は、アイちゃんとはちょっとしたお約束があってね。昼間、私と一緒にいなければアイちゃんは出歩けないの」


「そう、それじゃあ愛さんが朝野君とデートできるようにしてるわけね。浅上さんは」

「なるほどね。うん、わかったよ」


「え! 今の説明で分かった?」

 意外だ、ちょっとは突っ込まれると思ったけど。

「だいたいね。それに深くは聞かないわ。……怖いから」

「ん? 怖いの? なにが?」

「……さあねえ、まあ浅上さんは怖がる必要ないでしょ。気にしないで」

「うん、でもね。それじゃあ何で私たちも一緒にいる必要があるのかな?」


「狂歌ちゃん、アザミちゃん。……1人で恋人たちの後をつけていくのって……とても悲しいと思わない?」

 こんなことをして喜ぶのは探偵くらいではないか?

「あー」「わかるー」

 二人は理解してくれたみたい。一人身はつらいよね。

「わかってくれた? ここは彼氏がいない者同士、一緒に頑張ろー」


「いや、彼氏とか要らないわ。男とか最悪」「うん。恋人なら間に合ってるよね」

「「ねー」」

 二人で「ねー、ねー」言いながら狂歌ちゃんとアザミちゃんは仲良く手をつないだ!!!


 ……ま、まさか。そんな。

「え、えーと? つかぬ事をお聞きしたいのですが。……お二人はどういった関係でしょうか?」

「見て分からないかしら?」「うん、狂歌ちゃんは私の恋人だよー」


 がーん。ショック。

 ここにいるのは、一組のカップルと女の子三人と思っていた。けど、そうではなかった。実際は二組のカップルと、私一人。……私一人!!


 確かに二人とも仲が良すぎるとは思っていたけど、うーん、そういう趣向の人は初めて見た。いや、差別するとかではないけど、今まで見たことなかったから実際に目の前にすると驚きがある。

 まあ、どうあれ。ここで仲間はずれは、私だけということが確定した。


「ふふふ。……つらい」

「浅上さん、どうしたのかしら?」「愛さんたち行っちゃうよ。ついて行こうよ?」 

「……はぁーい」


 もう今日は、完全にやる気がなくなった。

 アイちゃんとはぐれない様にだけ注意しておこう。

 それに、折角動物園に来たんだ。動物でも見て気を紛らわせよう。


「キリンがいるわね」「うん」

 ……一頭のキリンがいるところに来た。私の側のカップルが、仲良く何か言ってる。

 キリンがいる場所は、屋根がなくて、下は芝生が生えている。

 柵で囲まれているだけで、基本外にいるのと変わらない場所だ。

 広いスペースだから、一頭だけでは寂しいと思うかもしれない。


 ……まあ、こいつ等がいなければだけど。

 キリンのいる場所には一緒にカピバラもいた。それも結構いっぱいいる。えーと、数えてみると、……30匹はいる。

 遠目でもカピバラはでかい。大型犬くらいの大きさはある。

 それが全部ゴロゴロと寝ている。動いているのはいない。いや、偶に耳だけがぴくぴくと動くかな? でも、基本的には寝ている。異様な光景だ。だけど、なんというか癒されます。とても。

 あー、もう何もかも忘れて、私も惰眠を貪ろうかな。 

 でも、ここでそんなことをすれば狂歌ちゃんあたりに叩き起こされそうな気もする。

 狂歌ちゃんが何もしなくても、アイちゃんが確実に私を引きづり起こすだろう。うー、デート中のアイちゃんに迷惑はかけられない。

 ここは誘惑に負けない様にしよう。目立つキリンは無視して、カピバラでも眺めていよう。……ん?


 ……私はふと一匹のカピバラが気になった。

 キリンの足元にいる大きいやつだ。

 そいつは他のカピバラに比べても大きく、毛の色は白い。で、死んでいるように動かない。

 だから気になった、果たしてあのカピバラは死んでいるのか? それともただ寝ているだけか?

 顔は私の方と反対側に向けているので、顔色はわからない。こっちを向いていてもカピバラの顔色なんてわからないかもしれないけど。

 そう、もしあれが人間ならすぐにわかる自信がある。けど、残念ながらアレはカピバラだ。

 カピバラなんて普段観察しない。

 耳でも動けば生きているってわかるけど、耳もピクリとも動かない。


 ……どうかなぁ? 死んでるのかなぁ。……クンクンクン。

 死臭がするかどうか確認したけど、なんか動物の匂いがするだけで分かりません。

 死んでるとしても、死にたてかも。少なくとも、それほど腐乱はしていない。

 他のカピバラはキリンがいるところから少し離れた場所で寝ている。キリンの足元で動かないのは問題のカピバラだけ。


 ……あのキリン、カピバラ踏まないかなぁ、と思う。

 そうすれば、その反応をみればカピバラの生死ははっきりする。キリンがちょっと足を動かせば踏みそうだ。

「ふめーふめーふめー」

「……ちょっと浅上さん? 何を言ってるのかしら」「うん、ちょっと怖いよ?」

「キリンさん、キリンさーん。足元のカピバラを、ふめーふめーふめー踏むのだー」


 ……その日は結局、キリンはカピバラを踏まなかった。少なくとも私の前では踏まなかった。

 確かめる前にアイちゃんと翔太君がキリンのスペースから移動したから。

 だからあのカピバラの生死ははっきりしない。


 残念です。 

 

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