第26話 恋人たちの夜に祈りを

 ありえない。どうして翔太先輩とあの女が付き合うことになるのよ。どうして、どうしてどうして。悔しい、どうして私じゃないの。妬ましい、悔しい。妬ましい。妬ましい。ありえない。……翔太先輩。初恋だった、中学校から。好きな理由なんていくらでも言える。運命の人だった。私にはあの人しかいない。なのに、どうして。秋葉原愛、あのオタクみたいな名前の糞女。翔太先輩は急にアイツと付き合いだした。以前から鬱陶しい女だったけど、翔太先輩の幼馴染だから見逃してやってたのに。そうよ、だって私の方が可愛い、あんな女より。翔太先輩は私と付き合うはずだったのに。もうすぐ夏だ。翔太先輩と恋人になったら二人で海に行ったり旅行に行ったりする予定だった。それが、どうしてこんなことに。

 翔太先輩と秋葉原が付き合うことになって、私は混乱した。意味が解らなかった、頭が真っ白になった。2、3日何も考えられない日々が続いた。


 でも、今は冷静だ。

 ……殺そう。あの糞女と私を裏切った翔太先輩を。


 うん、それしかないよね。

 もうどうでもいい。復讐以外は、どうでもいいよ。

 よしよし冷静に、冷静に考えろ。

 取りあえず、どちらを先に殺すか? 

 秋葉原か翔太先輩か。

 そうよ、一人殺した後、もう一人を殺す前に警察に捕まってしまうかもしれない。だからまず絶対に殺したい方を殺すべき。当然、邪魔が入らなければ二人とも殺すけど。優先順位は考えておかなくっちゃ。

 まず、糞女を殺す、すると翔太先輩はどうするだろうか?

 考えたくないことだけど、ありえないことだけど、みんなは言う。もともと二人は幼馴染で好き合っていたって。私の入る余地なんて無かったって。……何もわかってない、クソボケどもが。だめだ、ちょっと興奮してしまった。冷静、冷静に。……翔太先輩は、くそ、たぶん悲しむだろう。先輩は優しいし、まず遊びで女と付き合ったりはしない。好きな、あああああ、好きな女としか付き合わないだろう。ああああああああ!?

 くそ、くそ、くそうおおおおお!?

 だめだダメだダメだダメだ。もし、万が一、あの女を殺して、翔太先輩を殺しそこなったりすると、翔太先輩はこの先ずっとあの女を忘れないのではないか? ああああ。考えただけで頭が死にそうになる。だめだ、それは、だめだ。冷静になれ、最悪を想定しなさいよ、私。なら、ならやはり先に翔太先輩を殺そう。確実に。そう、翔太先輩を殺せれば、あの女なんてどうでもいい。そうよ、翔太先輩を手に入れられるなら、どうでもいい。まあ、余裕があればいたぶって殺してやるけどね。よしよし、優先順位は決まった。そもそも考えるまでもなかったわ。私の中では常に翔太先輩が一番よ。


 善は急げというし、今晩、翔太先輩の家に行って殺そう。


 私はこれからの予定を自室で考えた。

 今は夜の10時か。うん、さすがに翔太先輩を素手では殺せない。道具を準備しよう。

 台所に行く。キッチンから包丁を取り出してみたけど、なんか最近の包丁って先が丸くなってて、使いづらそうだ。これはやめておこう、もっとブスッと刺しやすそうなものないかな?

 キッチンの中や引き出しを漁っていると、いいモノがあった。刺身包丁だ。これはママが偶にしか使わないので引き出しの奥に仕舞われていたものだけど、いつも使っている包丁と違って、先が鋭く尖っている。これを翔太先輩のお腹にグイッと差し込んでお腹の中に空気を入れるようにぐちゃぐちゃに動かしたら、きっといい感じになる。刃の部分も鋭いので、首を狙ってもいいね。でも、これだけだと不安だな。翔太先輩は運動ができる。普通に格闘戦になったら、私なんて相手にならない。不意打ちで殺すしかないけど、もし不意打ちが失敗したら? それを考えると、刺身包丁はメインの武器にするとして、他にも隠して携帯できる小型の武器がほしいところ。

 ……そうだ。文房具類で代用できる物があった。私は自室に戻る、勉強机の引き出しには、紙に穴をあける千枚通しが入っていた。アイスピックみたいなコレなら丁度いい。でも二つだけじゃあ、まだ不安。あと一個くらいは欲しいところ。だって確実に殺したいし。


 家の倉庫へ行く。何かいいものないかしら?

 鉈があった。うーん、どうしよう? これも持っていこうかな、でもかさばるし。やっぱりやめておこう。不意打ちするのによさそうな刃物なんて、なかなかないよね、……あ。剪定バサミがあった。片手で持てる小型のヤツ。これは不意打ちに良さそう。なにより目立たずに隠し持てる、いい感じだ。

 

 武器は決まった。服は動きやすいモノに着替える。

 上は灰色のパーカー、下はデニムのスキニ―ジーンズにしよう。

 パーカーは何かの際、顔を隠すのにいいし、前ポケットに武器を隠しておける。


 準備は完了した。まず、翔太先輩を確実に殺す。できれば、ゆっくり殺したいけど、無理そうなら仕方ない。殺すことを第一に。


 どうやって殺すか?

 寝込みを襲うのが一番いい。翔太先輩の部屋は知ってる、何回かあの糞女と一緒に遊びに行ったことがある。うん、部屋で寝ているところを襲おう。翔太先輩が布団で寝ていたら、首を狙う。包丁で首をめった刺しにしよう。たぶんそれで死ぬはず。でも、もし家で起きている翔太先輩と鉢合わせになったら?

 ……まず、目を狙おう。不意打ちで確実に潰す。どういう場合に何をするか、事前によく考えて決めておく。そうしないと咄嗟に行動できない。

 うん、目を潰せればだいぶ有利になる。最悪、殺せなかったとしても、翔太先輩の視力は奪っておきたい。だって翔太先輩の瞳が、最後に見たのが私なんて、とても素敵じゃない? 


「フフフフ」

 つい、笑い声が漏れてしまった。

 私のやるべきことは決まった。

 いろいろ準備をしていたら、もう夜の11時。

 これから翔太先輩の家に行くとなると、到着はたぶん12時ころ。先輩が寝ているかどうか、微妙な時間帯だ。

 でも電気が消えていれば寝ているだろう、それに1,2時間程度は待ってもいい。


 さて、出発しよう。



 __夜の十二時。私はゆっくりと、道を歩いていた。

 もう、翔太先輩の家が見えている。

「はぁーはぁーはぁー」

 自分の息が荒い。これからのことを思うと、やっぱり興奮しているのか。

 深夜の田舎道、聞こえてくるのは、この荒い息遣いか、私の歩く足音くらい。


 ……落ち着け、冷静に冷静に。

 私は、パーカーのフードを下ろして顔を隠している。万が一、誰かに見られても私だとはわからないだろう。

 そして、パーカーの前ポケットに両手を入れて、右手は包丁を、左手は千枚通りを握りしめている。

 ジーンズの後ろには剪定ばさみが入っている。もしもの時に使えるだろう。

 準備は万全。私は翔太先輩の家を見た。


 二階建ての大きい家。庭も広々としている。

 先輩の部屋の場所を見ると、……電気は消えている。

「フフフフ」

 いい感じだ。

 たぶん、家のカギはかかってない。ここらへんで泥棒なんてでないから、みんなカギなんて掛けない。

 家の門に近づく、……門のカギはやっぱり開いていた。


 よしよしよし、順調じゃないの。私はゆっくりと音を立てない様に門を開いて……


「きゃああ!?」

 何、何なに?

 体に衝撃が。痛い、頭が痛い。あれ? 私、地面に押し倒されてる?

 いつの間にか私は地面に押し倒されていた。

 私の上には、髪の短い女がいる。

 なにこの女? 意味わかんない、見たことない女だ。

「ちょっと!? あな……ムグググ」

 女は左手で私の口を塞ぐ。すごい力。声が出せない。


 目の前の女をよく見たけど、やっぱり見覚えがない? ……いや、どこかで見たような気も。でも知り合いとかでは絶対ない。ただ、やたらにスタイルがいい。顔もきれいだ、もしかしてモデルとか、有名人かも?

 女が右手を振り上げた。


「ンゥウウウー!?」

 痛い痛い痛い痛い! 痛い。ああああ。こいつ、私の右腕を殴りやがった。

 たぶん折れてる。なんてことするの、痛い痛い痛い痛い。何でこんな目に。


「ンン!?」

 ちょっとちょっと、何でまた右手を振り上げるの待て待って、ちょっとやめ!

「ングウゥウウ!?」

 今度は左腕。熱い痛い熱い、こんな痛い。どうして。

 私の上にいた女は少し体制を変えた。左手は私の口を押さえたままで私の体の横に移動する。

 え? 何で私の右足を掴むの? 

 女はそのまま私の右足を捻った。


「ンンンンンンンンンン!?」

 頭が真っ白になった。バキィという骨が折れる音が聞こえた気がする。右足が、腕が、熱い熱い、熱い、痛い。

「ンググングゥ」

 いったい何が起きてるの? どうして、こんなこと。


「くすくすくす。お久しぶりねえ、秋葉原さん。どうかしら調子は?」

 何だ。もう一人誰かいる?

 いつの間にか私は泣いていた。

 涙が出ていて視界が悪い。ゆっくり瞬きして、声の方向を確認すると……あれ? 知っている顔だ。こいつ翔太先輩と同級生の浅上夜子か。


「あ、あら? え? えーと、貴方だれかしら? えーと、エリさん。ちょっと口、離してあげて?」


「はい、カミサマ」

 浅上はなんだか慌てているようだ。

 私の横にいた女は浅上の言葉を聞いて、私の口から手を離す。


「ゲホゲホゲホ。あ、あんたら一体どうしてこんなことするのよ?」

「うーん、貴方お名前は?」

「私は斉藤桃果ももかよ! 小さい高校だから知ってるでしょう!?」

「……何でこんな時間に朝野君の家の前にいるのかしら?」

「うっさいわねえ。いいでしょう私の勝手よ。ウ、ウウウウ。声出したら痛いわ。ちょっと救急車呼んでよ。ねえ! 早く!?」

「うーん、私、救急車とか呼びたくないタイプの人間なのよねえ」 

「はぁ!? だから何言って……」


「取りあえずエリさん」

 浅上はそう言って、エリとか言う女の方に向かって首を欠き切る動作をして見せた。

「はい、カミサマ」


 女はそういうと私の首を両手で掴んで……

「グゥウ!?」

 ゴキっという鈍い音が近くでした。

 ……なんだろう、私の目の前が、だんだん暗くなっていく。





「この肉、食べてもいいですか? カミサマ」

「ちょっと待ってね。まだ聞きたいことがあるの」


 __アレ? 話し声が聞こえる。

「起きたかしら? じゃあ質問の続きね。どうして貴方こんな所にいるの?」

 __ソンナの決まってる。翔太先輩をコロスため。秋葉原もついでに殺す。

「くすくす。なにか面白そうねえ、どうしてそんなことするのか聞かせてもらえるかしら?」

 __ワタシは先輩に裏切られたことや、これからのフクシュウのことを詳しく聞かせてやった。


「くすくすくす。ああー、面白い。とても愉快なことを聞いたわ。フフ。お互い運が悪かったのかもねえ。実は私たちも、ちょっと翔太君と秋葉原さんに用事があったのよ。二人とも最近付き合いだしたんですってねえ。だから、お祝いをしようと思って、ね。まあでも、秋葉原さんじゃあなくて、貴方がここにいたのは予想外だったけど。……予定では、夜に翔太君を覗いている秋葉原さんの目の前で、翔太君をエリさんに食べてもらうつもりだったの。どうかしら? とても面白そうじゃない? 」

 __翔太先輩は私が殺すの邪魔しないで、ジャマするなら殺すわよ浅上夜子。


「あら。私の名前は浅上いのり、よ。勘違いしないでね」


 __なんでもいい。邪魔するな。私が殺す。殺す、殺すのよ。殺して私のモノにする。翔太先輩。翔太先輩、自分だけのモノに翔太先輩を。だがラ邪魔するな。翔太先輩翔太先輩翔太しょうた翔太。殺すぞ殺す殺すわよコロスコロス殺すコロス。


「くすくすくす。貴方いいわねえ、とりあえず、エリさんこの子持って帰りましょう」

「はい、カミサマ。でも、その、翔太君とかいう新鮮なお肉。今日は食べれないんでしょうか?」 

「ええ、そうなっちゃたわねえ。ごめんなさいね、エリさん。でも、大丈夫よ。他にいくらでもあるわ、心配しないで。くすくすくす、今日は良い拾い物したわねえ。ああ、桃果ちゃんだったかしら? 貴方も心配しないでねえ、きっとその願いは叶えてあげるわ。でも、もうすこし時間を置いてからね? ……エリさんがお肉を貪るところを眺めるのも楽しかったけど、この子が嫉妬で身を焦がしている様を眺めるのも楽しそう。くすくすくすくす」



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