第24話 夜にする潮干狩りと恋バナと

 長かったゴールデンウィークも終わってしまった。

 最近は、雨が多い。

 昼間に出歩こうにも、こう天気が悪くてはゆっくりと散歩もできない。


「とうゆう訳で、これから潮干狩りにでも行こうよアイちゃん」

 雨が上がった、日も変わりそうな夜の時分。自室でアイちゃんに提案してみた。


「……何が、どうゆう訳でそうなるの?」

「ちょっと潮干狩りに行きたくなったの。今年行ってないからね」 

「昼に行けばいいでしょう、昼に。夜に潮干狩りするなんて聞いたことないわ」

「最近、雨ばっかりだったじゃん。たまに晴れた日は、結構人が来てるし。私、人ごみって嫌いなんだよねー」

「はあ。わかったわよ。付き合えばいいんでしょう」

 アイちゃんは、気が進まないようだ。それでも付き合ってくれるアイちゃんはいい子だなあ。


 さて、今日は大潮からすこし外れてしまっているが、まあ問題ないと思う。

 新聞を見ると干潮は夜の1時ころ。

 今は夜の12時。これから準備をして出発すれば丁度良い時間帯に海につくだろう。


 倉庫から潮干狩りの道具を用意する。

 熊手よし。バケツよし。長靴よし。懐中電灯は……いらないかな。月明りもあるし大丈夫だろう。

 自転車をアイちゃんと二人乗りしていく。

 2本の熊手は自転車の前カゴに入れて、バケツは自転車の後ろで女の子座りしているアイちゃんが小脇に抱えている。


 家からちょうど40分くらい自転車を走らせれば海につく。

 昼間は暑いが、夜はまだ涼しい。

 適温動物の私は、暑すぎても寒すぎてもイヤ。

 このぐらいの気温が丁度いい。さて、涼しい風と共に潮の香りがしてきた。夜は波の音もよく聞こえる。


「アイちゃん着いたよ」

「はいはい。で……とった貝はどうするの?」

「え、特に決めてないよ? 私、潮干狩りしたいだけだから」

「……アンタね、はあ、まあいい。私が料理にするわ」

「わーい、ありがと」


 私は砂浜に行く。一応、私とアイちゃんは家から長靴を履いてきていた。

 夜の砂浜はとてもきもちいい。

 海も月明りで綺麗だ。

 なにより、人がいないというのがいいね。


 アイちゃんと二人、熊手を使って砂をかく。

「おお。いっぱいいる!」

「うわ。ほんとね、結構いる」

 最近の雨で、昼間に潮干狩りの人が少なかったおかげか。アサリが予想以上にとれる。

「これ、……どうしようかな、味噌汁にいれようかしら。それともスパゲティにいれようかな」  

「アイちゃん両方! 両方作って!」

「えー。両方ぉー、めんどくさいなー」


 アイちゃんは意外と料理がうまい。両方食べたい私は一計を案じることにした。

「上手くできたら、翔太君に分けてあげたら? アサリは今が旬だからとってもいいと思うよ? アイちゃん」 

「……そうね」

 よし! アイちゃんが、かかった!

 これで、試食という名目で美味しいアサリが食べられる。


 後はたくさん掘るだけだ。

 私は、砂浜を熊手でかく、かく、かく。


 ん? ……あれ?

 何か熊手に変な感触が。しばらく掘ってみる。

 ……砂の中に何か埋まっている。

 これは。


 あ、骨ですね。


 砂の中には真っ白い骨が埋まっている。

 うーん、この骨格はどうみても人間の骨です。

 顔の部分。えーと、骸骨だからドクロの部分と言ったらよいのか? ちょうどそこを掘り当てた。

 アサリはたくさん獲れるし今日はとてもついてる。

 どうせなら顔だけじゃあなく、全身を掘り当てたい。

 顔の下は、当然首の骨、胸の骨とつながっている。砂を掘るたびに骨を発掘するのはとてもおもしろい。


 えと、これと同じような話をどこかで聞かなかったかな?

 ……思い出した。漱石さんの夢十夜だ。確か偉い彫刻家が仁王像を掘っている話。とても正確に仁王像を掘る彫刻家に主人公がどうしてそんなに綺麗に掘れるか聞くと、彫刻家はこう答える。「木の中に埋まっている仁王を掘り出しているだけだ」と。


 私もその彫刻家と同じ気分になってきた。楽しい、私が白骨死体を掘り間違えることはない。

「ちょ! あんた何やってんの!?」

 アイちゃんが私の作業を見て聞いてきた。


「砂の中に埋まっている死体を掘り出しているだけだ」

「いやいやいや! 見ればわかるけども! ……意味がわかんないわ」

 ん? あれ? なんかうまくいかなかったような気がする。まあいいか、もうちょっとで全身掘り出せます。


「よし、完成」 

「……意味わかんないんだけど? おーい、聞いてる夜子ちゃん?」

「うん、聞いてるよアイちゃん。見て見て私の彫刻! いい出来でしょう?」 

「……うん、うん。そうねー」 

 そう言いながら、少しづつアイちゃんは私から離れていく。

 もしかして、この死体が怖いのかな? 確か狂歌ちゃんもそんなこと言ってた気がする。


「アイちゃーん、どうしたの? この死体が怖いの? 大丈夫だよー、怖くないよー」

「……私はそれが怖い訳じゃあないんだけどね。……なんか夜は変な迫力あるわね、アンタ」

 アイちゃんが小声でボソボソと何か喋ってる。


「うん? 何?」  

「いや、いいわ。ごめんごめん。……でどうするの、それ?」

「どうもしないよ~。見てるだけ」


「そう。ねえ、夜子ちゃんは怖くないの? その、死体とか」

「私は怖くないよ。えーと、アイちゃんは怖いかな?」

「まあ、そうね。普通は怖いと思うよ。特に夜に死体とか、不気味というか何というか」

 アイちゃんは私を見ないで海の方を眺めながら話す。

 なるほど、アイちゃんも死体が怖いのか。死体が怖いという人も少しはいるのかもしれない。


「変わってるねーアイちゃん」

「……そうかもね。……私、最近思うんだけど、ね」

「うんうん」

「何が正しいんだろうって。今まで当たり前だと思っていたことが当たり前じゃあなかったり。よくわかんないんだ。どうすればいいのか。何すればいいのか。……わかんない」

「そういうこともあるのかもね」

「ねえ。夜子ちゃん、この前言ってくれたのよね? 私が生きてるって。でも、本当に? いや、もしね。私をお医者さんとかが見たら間違いなく死んでいるっていうんじゃないかな。そんな状態で生きてるの? 生きてるって言える?」

「アイちゃんは、自分でどう思うの?」

「私は、私は、そんなの生きてるって……思えない」


 ザザー。ザザーと波の音が聞こえる。

 とても静かな音。


「アイちゃん。生きてるってどうゆうことなのかな? 死んでるってどうゆうこと?」

「……そんなのわかんないわ」

「まあ、私もよくわかんないけど。うーん、ねえアイちゃん。今はこの砂浜も人がいないよね。でも、昼になったらまた人が来る」

「……そうね」

「それと同じじゃないかな? 太陽が昇って沈む。人が生まれて、死ぬ。この砂浜も昼には人がきて、夜にはいなくなる」

「……今は私たちがいるけどね」

「夜に人が来ることもある。ねえ、アイちゃんはどう思いたいの? 自分が死んでるって思いたい? それとも、生きているって思いたい?」

「そりゃあ、生きてるって思いたいけど」

「じゃあ、生きてるよ。そう思えるってことはね」

「たとえ体が死んでても? アンタが言っていること、意味わかんないわね。やっぱり」

「そう? まあ、命や魂の話なんて、だれもよくわかってないと思うけどなあ」

「……だったら、自分で決めろって?」

「そうそう」


「はぁ。……まあ気は少し楽になったわ。ありがと」

 海を見るのをやめて、アイちゃんはこっちに顔を向ける。


「どういたしまして」 

「最近いろいろ悩んでたのよね」

「いろいろって?」

「いろいろよ。まあ翔太君のこととかも」

「おお! 恋する乙女は悩みが多いからね!」

「茶化すな。……まあ、そうよ。ねえ? 私がこうしていられるのは、あと一年なんでしょう? 正確には3月31日まで」

「うん。……一応そうゆう約束」

「だったら、いつまでもウジウジしてられないわね……決めた!」

「えと。何を決めたの?」

「私、翔太君に告白する」

 アイちゃんは右手を上にあげて宣言した。


「えええ! ホントに!?」

「うん。……五月中に告白する」

「明日じゃないんだ」

「行き成り明日はちょっと、心の準備が必要というか」


 潮干狩りと死体観察はひとまず、お終い。


 それから、しばらく砂浜で月に照らされながらアイちゃんと恋の話をした。

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