第23話 番外編 山田探偵の日常
思い過ごしかもしれない、だが……。
愛する
いや、でもそんなハズは。
俺はアイツに尽くしてきた。早百合も俺を愛してるはずだ。
確証がほしい。早百合が浮気していないという確証が。
妻や恋人が浮気している場合、それを調査するにはどうしたら良いかを、ネットで調べてみた。
浮気調査。探偵。
そういう単語がでてきた。こういう調べ物は探偵に頼むのが一般的らしい。
5月、ゴールデンウイークも終わりの時期。
俺は人生で初めて探偵事務所なる場所へ足を運ぶことにした。
__山田探偵事務所
市内の雑居ビルの一角にそれはあった。
ここを選んだのは、俺の家から近いからだ。
浮気調査などは地理に詳しい者がいいだろうという考えもある。
はっきり言って探偵に頼むなど気乗りはしない、だが仕方ないだろう。
探偵事務所はビルの3階だ。重い足を引きづって階段を上る。
事務所のドアを開けると、「チリリリン」という軽い電子音。そして、目の前には曇りガラスの衝立があった。
衝立には山田探偵事務所と左矢印が記載してある。なるほど、ドアを開けて直接応接室が見えない様に工夫しているのだろう。探偵にモノを頼む客はあまり他人の目に触れたくないだろうから。この工夫を見て、俺は案外しっかりとしている所かもしれないと安心した。
矢印の方向へ進むと、
「ようこそ、いらっしゃいました」
ソファーに座っていた俺と同じくらいの中年男が挨拶をしてきた。
黒のスーツで細身。探偵というよりは、くたびれたサラリーマンのような男だ。
「失礼ですが、お電話いただいていた方でしょうか?」
「ああ、糸井だ」
俺は男に返事をしながら部屋の中を見渡した。
事務所の中は小さいながらもよく整理されていた。
窓際に机が2つ、部屋の真ん中に丸い机が一つ。その丸い机を挟むようにソファーが二つある。壁際には本棚があった。
「いやあ、お待ちしていましたよ! 私はこの探偵事務所の所長をしている山田といいます。ああ、すみません! 先ずは座ってください。どうぞ、どうぞ。」
俺の返事を聞くと男は愛想よく、対面のソファーに座るよう手で勧めてくる。
ソファーに座ったところで、部屋の奥から女性が一人出てきた。
「ああ、彼女は私の助手です。
紹介のあった五十嵐という若い女性もスーツを着ていた、……男物だが。
こちらのほうが、山田より、よほど探偵らしい。
「ん? わざわざ俺の依頼のために雇ってくれたのか?」
「いえいえ、ちょっと言い方が悪かったですかね。すみません、糸井さんのためだけ、という訳ではありません。単純に人手が足りなくなっていたんです。でも近頃はなかなか募集しても人は集まりませんねえ。探偵という職業がいけないのかな? 五十嵐さんは物好きにも応募してくれた人です。……ああ、ご心配なく! 彼女は優秀ですよ、とても。わざわざ、ここで働かなくてもいいと思うほどです」
「ご紹介にあずかりました、五十嵐です。どうぞよろしく」
五十嵐は山田の横に立ったまま、挨拶をしてくる。
「いや。こちらこそ、よろしく」
若いが、しっかりとした印象がする。だいぶ気も強そうだ。
「さて、では今回の依頼につきまして、お話を。えーと、糸井さん。今回私どもに依頼されたいことは、奥様の素行調査、まあもっと正確に言うならば浮気調査ということでよろしいでしょうか?」
「ああ。俺の妻、早百合について調べてもらいたい」
「依頼料についてですが、浮気調査の場合、うちでは基本報酬として一日5万円を頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」
「電話で聞いていた通りだな、構わない」
「浮気調査の場合、成功報酬というのは頂いていません。ああ、ご心配なく調査結果はきちんと報告させていただきます。ただ、すみませんが。万が一私どもの調査に納得していただけない場合でも、一日5万円の基本報酬は頂くことになります」
「すまんが、俺が納得しない場合とは?」
「きちんと調査して、浮気がある場合は、できるだけその写真を添えて報告を。依頼期間中、浮気の事実が確認できなかった場合は確認できなかったと報告します。当然ですね。ただ、偶にいらっしゃるんです。間違いなく浮気していると思い込んで私たちに頼んでくるお客様も。そういう場合はどうしても納得していただけない」
山田は肩をすくめながら説明してくる。そして、その目は、こいつはどんな人間だろうと俺を伺っているようだった。
「俺は思い込んでないぞ、逆だ。浮気していないという報告を望んでいる」
「そうですか、そうですか。それはよかった。えーと、浮気が確認できなかった場合。調査期間中の奥様の行動を詳しく報告させていただきます。いつ、どこに行って何をしたかとかですね。まあ、これは私どもがキチンと仕事をしているという証明でもあります」
なるほど。確かに「浮気は確認できませんでした」とだけ、報告されても納得できないな。具体的な早百合の行動報告があってこそ信頼できる。
「……わかった」
「では、契約期間はどれくらいにいたしましょうか?」
「2週間で頼みたい」
「わかりました。えーと、すみません。基本報酬は前払いでいただいていますが、よろしいですか? これは私どもの調査費用も兼ねておりますので」
「金は用意してきている」
俺は封筒に入れて用意してきた金を探偵に見せる。
「いや、いや。すみませんねえ。五十嵐さん、確認してくれますか」
「はい、所長」
五十嵐が俺の金を数えだす。こいつら、なかなかしっかりしてやがるな。
「ではでは、契約書の作成にかかりますので少々を時間を」
「手早くやってくれ」
山田は俺の目の前で契約書を作っていく。
内容は先ほどの話通りだった。
「……お待たせしました。どうも、すみません。内容を確認していただいたらこれに署名いただけますか?」
「わかった」
「ああ。すみません、あとこれも」
そう言いながら、山田はもう一枚紙を取り出す。その紙には調査結果を違法な行為、差別的行為、ストーカー行為等、犯罪行為に使用しないウンヌンが書いてる。
「……なんだ、これは」
「すみませんねえ、最近ってストーカーとかが問題になってましてね。いえいえ、素行調査の際には、どのお客様にも念書をもらってるんです。離婚して出て行った奥さんを探したりするために私たちを利用しようとする人もいましてね。こちらも法律に従って商売していますので、そういう違法な行為のための調査はできないのですよ。糸井さん……ストーカーとかじゃあないですよね」
「……当たり前だろう」
「いやいや、すみません! すみません! だったら問題ないですねえ。これにも署名をお願いします」
「ああ」
「どうも、どうも。ありがとうございます! ……では調査に入る前に。奥さんについてちょっと具体的にお聞かせ願えますか? 使用しているお車とか、ああ、奥さんの写真もいただきたい、あとそれと……」
それから、早百合について聞かれたことは、知っている限り教えてやった。
__同日、糸井帰宅後。山田探偵事務所
「いやあ、どうですか五十嵐さん。いろいろなお客様が来るでしょう?」
「そうですね。で? どうされるつもりですか?」
「どうもこうも、予定通りですよ。五十嵐さんは早百合さんに連絡を、私は警察に連絡します」
「あの糸井という男。
「さあ? 戸籍上、早百合さんは離婚したことはありませんし、もちろん糸井と結婚した事実もない。それが真実とすれば、間違っているのは糸井です。糸井が間違っている理由については、どうでもよいことですよ。確か早百合さんは警察にストーカー被害を届けていましたよね。これで警察は糸井に対して何らかのアクションを起こすでしょう。糸井は、探偵に調査まで頼んだんです、逮捕されるかもしれないなあ」
「糸井の依頼金については、どうされますか?」
「念書にあるでしょう? その通りにします」
「虚偽の申告、違法行為がある場合は依頼金の返還はしない。……没収ですか」
「いやあ、最近ついてますねえ。これも、幸運の女神のおかげです、ちゅっちゅ」
「……所長、その写真の少女にキスをするのはやめていただけますか。気持ち悪いです」
「五十嵐さん! 何を言っているのですか! これは、僕の神聖な儀式ですよ。幸運を感じたときは必ずやってます!」
「…………では所長。今度その少女の前で同じことをやってみてください」
「目の前に浅上さんがいるのにですか! そんな失礼なことはできませんよ僕は! キスするなら写真ではなく本物にします!」
「………………では所長。今後、そうしてみてください」
「そんなこと! 恥ずかしくて、とても、僕にはできない!!」
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