第22話 食事の前に祈りを

 あと、2キロ、いや3キロは落としたい。

 どうしてこんなことに。

 ……いや、決まっている。もう少し痩せないと。


 私はモデルをしている。

 5月にあるファッションショーのオーディションには必ず受かりたい。

 あれに出れば雑誌の取材も来る、撮影の仕事も増えるだろう。

 最近、仕事が少なくなってきた。だから私は少し焦っていた。

 モデルは人気が出るかどうかで、生活が全然違ってくる。

 人気モデルは朝から晩まで仕事、仕事、仕事。


 それはとても羨ましい。

 女の子なら誰もが知っている雑誌の取材を受けるときなんて、もう最高の気分だ。

 きれいな服を着て、インタビューを受けて、雑誌に載って綺麗な私をみんなに見せびらかす。

 私も経験がある。


 でも、最近は……。

 事務所の後輩に仕事が行くことが多くなった。少しずつ仕事が減ってきて、目に見えて扱いも変わってくる。

 仕事が減ればギャラも減る。この仕事をするには服とかバックに始まって身の回り品も疎かにはできない。お金はすぐに無くなってしまう。集めたブランド物を売れば余裕はできるけど、今までの自分の仕事で買った物を売るのにはとても抵抗がある。それは最後の手段にするべきだ。


 仕事が減ったのは、ちょっと太ったから。体重を落とそう。見た目を、少しでも良く、少しでも綺麗に。


「先輩も~そろそろ結婚したらどうですか? それと~もうちょっと食べたほうがいいですよ~。最近、痩せすぎじゃあないですか~?」

 ……事務所の後輩の言葉を思い出してしまった。

 結婚なんて、大きなお世話よ。私はまだまだ大丈夫。それに油断させて太らせるつもりかもしれないけど、その手には引っかからないわ。モデルは私の夢。少しでも長く続けたい。

 オーディションまであと数日。私はアパートの自室で空腹に耐えていた。

 しばらくは水しか飲まない。


 ……でも、どうしても食べたくなってしまう。

 3日間、ほとんど水しか口に入れてない。オーディションまで我慢しなくちゃ。

 でも、ああ。ハンバーグが食べたい。カレーが食べたい。ポテトチップスが食べたい。アイスクリーム食べたい。喫茶店に行って砂糖がたっぷり入ったカプチーノが飲みたい。


 お腹減った。

 テレビでも見て気を紛らわそう。

 なにかドラマでも見てもいいし、面白いのがなければ借りてきてもいい。

 とにかく何か、気がまぎれるモノを。


 空腹で頭がボウっとしていた。だから、私は何気なくテレビのスイッチを入れてしまった。

 午後7時。こんな、危険な時間に。


 私の目に入ってきたのは、脂っこいステーキを美味しそうに食べるテレビの中のだれか。

 いえ、あれは、きっと私。どうして私はこんなにも我慢しているのだろう。そう考えるともう……ダメだった。


 私は近くのコンビニに走っていく。

 アイスクリーム、スナック菓子、インスタントラーメン、ジュースを大量に買い込んだ。

 部屋に帰ってきて、インスタントラーメンにお湯を入れる。お湯を入れながら、片手を使ってアイスクリームをむさぼる。

 ラーメンは5個、作った。

 ラーメンができるまでの時間はお菓子を食べる。お菓子はコーラで流し込む。

 脂っぽいものを、できるだけ急いで食べるのがポイント。


 スナック菓子の袋を2袋開けたところで、吐き気が来た。

 トイレに走っていく。

「おえぇええ、げほげほ」


 さっき食べたばかりの物を吐き出す。

 喉が苦しい。だけどこの方法でなら、空腹感をごまかせる。

 あらかた吐き出したら、また食べる。食べる、食べる。

 また気分が悪くなる。吐く。食べる。吐く。食べる、吐く食べる食べる食べる吐く……。


 買ってきた物がすべてなくなるまで。


「はあはあはあ」

 喉が、痛い。ジンジンする。頭も少しクラクラする。この頃は体力が無くなってきた。

 でも、もう空腹感はない。


 部屋は、食べ散らかしたスナック菓子の袋やら、ラーメンの容器などゴミが散乱している。

 片付けは、明日でいいか。

 水を飲んで寝よう。

 私は、倒れこむようにしてベットに入った。




 __オ腹スイタ


 あれ? ワタシハ、どうしたんだろう、お腹すいたな。

 何か食べなくちゃ。

 いや、そうだ。食べちゃいけないんだった。太るから。でもお腹すいたな。


「__くすくすくす。貴方お腹すいてるの?」

 あれ? 誰かいる。誰だろう。私の目の前には黒いような白いような女がいた。女? 女の子かもしれない、高校生のような、いや私より少し年上のような。よくわからない。


「いいモノがあるわよ、きっと貴方なら気に入ってくれるはず」

 そう言いながら、目の前の女は部屋の片隅を指さす。

 ワタシは指の先を見ると、いつの間にか部屋には肉があった。

 その肉はとても大きい。私が今まで食べたどの肉より大きかった。形も少し変な気がする。いや、いつも見ているような気もする。


 でも、その肉はとにかく、美味しそうだった。見た目も匂いも。とても惹かれるものがある。何でかしら、私はよくわからないソレを食べモノとしか思えない。


 __でもワタシ、ダイエットしてるし


「くすくすくす。貴方とてもジョークが上手いわねえ。……大丈夫よ、それをどれだけ食べても貴方は太らないから。いえ、貴方もう太らないから」

 目の前の女性は夢のようなことを言ってくる。どれだけ食べても太らない肉? そんなものあるはずがない、あってもどうせ栄養がない不味いものだけだ。まあ、物は試し。食べてみてもいいわ。とても美味しそうなんだもの。太りそうなら何時ものように吐き出したらいい。

 ワタシは、肉に近づく。

 近づけば近づくほど、芳醇な匂いが。

 お肉ってこんなに美味しそうな匂いがしたっけ?


 気が付けば私はその肉に噛り付いていた。


 __オイシイ。


 なによ、これ。美味しい。なに、この肉。オイシイ。空腹のときにゆっくり食べるアイスクリームより、オーディション受かった後食べるディナーより。雑誌の記者におごってもらったお寿司より。今まで、私が食べたどんな物より、この肉は。


 __オイシイ。


 噛めば噛むほど滴る血が、とても新鮮でいい。ああ、今気づいたけどこの肉、生だ。でも生で食べるのが一番おいしい気がする。


「ジュルジュリュ」

 ああ、肉から溢れる血が。この喉越しがタマラナイ。どんなお酒よりもいい。気分が高揚してくる。ああ、心があったかくなる。モットモットモット。


 ギャチガチガチ。

 バキバキ。


 ワタシは必死で食べ続けた。食べれば、食べるほどに美味しい。ああ、私はコレを食べるために生まれてきたんだ。


 ぎちぎち。ばき。

 食べていると、私の口から白い何かがポロポロと落ちた。

 よく見ると、私の歯だった。


「あら? 歯折れちゃったわねえ」

 ソンナ。歯が、折れるなんて。ああ、もう私はおしまいだ。もう、モデルなんてできない。でも、それでもこの肉が食べたい。美味しい。この肉が食べれるなら、モデルなんて。でも、ああ。歯がなくちゃ、肉も食べれない。やっぱり、もうワタシは。


「くすくすくす。大丈夫よ。ほおら、ちょっとこっちに来なさい」

 目の前の女はゆっくりと、手招きする。 

 私は言う通りにした。

 女は私の口を開いて、口の中を細い指で撫でまわす。撫でられた場所が熱くなった気がする。

「ほおら、もう大丈夫。これで骨を食べても噛み砕けるわねえ」

 何を言っているのかわからない。ワタシは自分の歯を触ってみた。 


 __歯ガある。


「さあ。どんどん食べてね」

 ワタシは肉の中にある、固い骨をゆっくり食べてみた。

 口の中で骨が砕けるバキっという小気味いい音がする。舌で自分の歯を確認してみたけど、何も異常はない。

 

 私の目の前にいるこの人は神様かもしれない。


 骨の中にもすこし肉汁があって骨を噛み砕きながら啜ると、とても美味しい。


 バキバキバキ。

 ギチュギチ。

 ジュルジュリュ。

 バキ。グチュバクバク。


「くすくすくす。気に入ってくれて嬉しいわ。実は処理に困っている肉がもっとあるの、これからもあの子たちが作ってくれると思うから、よろしくね?」 


 __ハイ。神様。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る