第20話 殺人鬼のウワサ 後編

 私が祠の前の賽銭箱に紙を入れてから3日経った。

 当然のごとく何も起きない。

 ただ、狂歌ちゃんとアザミちゃんが特に何も言ってこないのが不思議といえば不思議です。

 所詮は噂だし、飽きちゃったのかな?

 学校の休憩時間に私がそんな風に考えていると。


「こんにちは、浅上さん」

 ニコニコ顔の狂歌ちゃんが話しかけてきた。今日はアザミちゃんは一緒じゃない。

「こんにちは、狂歌ちゃん」

「ふふ、準備が整ったわ。今日の放課後、時間は午後8時ころね。その時間に生徒指導室で待ち合わせよ」

「えと。何の準備ができたの?」

「まあ、来てのお楽しみよ。でも、わかってるんでしょう?」

 そう言って意味ありげな笑顔を浮かべ自分の席に帰っていく狂歌ちゃん。

 私は意味が全く分からない。


 私が不思議に思っていると、アザミちゃんが廊下から入ってきた。アザミちゃんはまっすぐ狂歌ちゃんのところに行って、何かを話している。

 殺人鬼の噂を確かめるために、柳田を生贄にしたけどそれが何か関係しているのかな? 私にも説明してほしいものだ。

 それに今日の夜8時か。基本的に私は暇だ。夜することと言えば散歩くらいしかない。せっかくクラスメイトに誘われたのだから、行かないのは感じが悪い。




「という訳でアイちゃんも一緒についてきてよ」

 放課後、一度家に帰ってきた私はアイちゃんにお願いした。

「うーん、今日は翔太君の家に行くからダメ」  

「え! なにそれ。翔太君ん家にお呼ばれしたの、夜に!?」

「違う違う、ほら私ってば、夜はアンタの側にいなくても自由に動けるでしょう。だから、今日はこっそり翔太君を窓越しに眺めていようと思って」

「え? 窓越し? 翔太君の部屋って確か2階じゃあなかった?」

「そうだよ。この体になって力が付いたから壁とかに張り付いても疲れないのよ。今日渡した料理を食べてくれるかなーと気になってね」

 

 私はアイちゃんが翔太君ん家の二階にヤモリみたいに張り付いている様子を想像した。

 ……アイちゃんの愛が重い。

 翔太君も大変だな。これがイケメン税というヤツかもしれない。


「そうなんだ、じゃあ頑張ってねーアイちゃん」

「うん。夜明けまでには帰るわ」

 もう夜の7時30分。このぐらいの時間ならアイちゃんは自由だ、足取りも軽く部屋を出ていく。

 夜に学年指導の柳田に会うから不安だったけど、しょうがないな。でも、私一人という訳でもない、狂歌ちゃんとアザミちゃんも一緒だし変なことは起こらないだろう。

 私は一人で待ち合わせ場所に行くことにした。



 午後7時50分。自転車に乗って学校に来た。この時間なら先生もほとんど帰っている。残ってる生徒もいない、はず。

 いつもの駐輪場所に自転車を停めて生徒指導室がある二階に行く。


「待ってたわ」

 階段を登り切ったところで、いきなり声を掛けられた。

 驚いて振り向くと階段の暗闇には狂歌ちゃんがいた。


「びっくりしたよ、どうして隠れてるの?」

「もちろん柳田に見つからないためによ。それよりそろそろ時間ね」

 左腕の腕時計を確認しならが言う狂歌ちゃん。

 私も時計を確認してみると、ちょうど午後8時だった。


「さあ、行きましょう」

 狂歌ちゃんについて生徒指導室の前まで行くと、部屋の電気はもう点いていた。 

「そろそろ始まってるわね。浅上さん、見つからないように注意して」

 小声で注意される。そのまま狂歌ちゃんは部屋の扉を少し空かして中の様子を窺った。後ろから見ているとすごく怪しいが、私も同じように部屋の中を見てみる。


 生徒指導室の中にはアザミちゃんと柳田がいた。


「いかんなあ、春川。こんな物を学校に持ってきちゃあ、うん?」

 柳田は俯いているアザミちゃんの顔を覗き込むようにして話している。

「今日は持ち物検査の日だってのに、わざわざこんなエッチな道具を持ってくるとはな。誰かに言われた持ってきたのか? おい、それとも俺を誘ってやがるのかあ?」 

 柳田は机の上の物を示しながら、いやらしくアザミちゃんに言い寄っている。

「・・・・」

「おい、おい。黙ってちゃ分からんぜ、ははは。まあいいか。おい、春川。お前こんなこと親や担任に言われたくないだろう? まあ、俺は黙っててやってもいい。でも、その代り……わかってるんだろ?」

 そう言うと、柳田はアザミちゃんを肩を掴み近くのソファーに押し倒した。


「はい、有罪」

 私が驚いていると、狂歌ちゃんがそう呟き、ドアを勢いよく開ける。


「な、何だ!?」  

 柳田は急に入ってきた狂歌ちゃんに驚いたのだろう。ドアの方へ振り返った。

 それを見たアザミちゃんが、どこからかスプレーのような物を取り出し柳田の顔に何かを吹きかける。


「ぐああああ、目が!?」

 アザミちゃんが吹きかけたのは催涙スプレーか何かだったのだろう、柳田は両手で目を押さえて、床を転げまわった。

 そこへスタスタと近づいた狂歌ちゃんは、柳田の後ろから柳田の股間を蹴り上げる。


「ぐう!」

 柳田は、蹲ったまま急に動きを止め、涙まみれの目を見開いた。アソコを蹴られると痛いというが、本当なのかな。興味深く見ていると柳田の額に汗が浮かんでくる。


 柳田の右側に移動した狂歌ちゃんはスカートをたくし上げた。狂歌ちゃんの右太股にはナイフが括りつけられていて、そのナイフを狂歌ちゃんが右手で抜く。

 そのまま蹲っている柳田の首右側を、上から下へナイフを振り下ろして切り付ける。


 狂歌ちゃんが、柳田の正面へ少し体をずらした後。

 すごい勢いで柳田の首から血が噴き出た。


 柳田は何も言わなかった。

 ただ、少し口を開けると「ヒューー」と笛が鳴るような音がして、その後ゆっくりと床に倒れた。


 私が呆然としていると、いつの間にか狂歌ちゃんとアザミちゃんが目の前にいた。

「じゃあ後よろしく」「また明日~」

 二人はそう言うと私を置いて部屋を出て行った。



 ……あれ? 今何が起こったの? 私の目の前には新鮮な死体が一つある。

 何故新鮮かわかるかと言うと、体がまだビクビクと痙攣しているから。

 死んだばかりの死体はこういう事がありますね。陸に上がったばかりの魚のように新鮮です。

 えーと、何だろう。何でこうなったんだろうか?

 こういう時はまず冷静に。そう、いつもするみたいに死体観察でもしてみよう。


 致命傷は間違いなく首の傷。

 出血性ショックか、出血多量で死んだのだろう。

 最初のほうで勢いよく飛び出た血は部屋の壁まで飛んでいる。

 今もビクビクと動く体に合わせるようなリズムで少量の血が出てる。


 うん。これは……殺人事件だ!

 犯人には心当たりがある。死体を見ただけで犯人がわかるなんて私には名探偵の資格があるかもしれない。

 でも犯人は分かったが、どうしてこうなったかは皆目わかりません。


 それについては、いくら考えても分かりそうにない。

 そういえば狂歌ちゃんに後をよろしく頼まれた気もするが、どうゆう風によろしくすればいいか全く分からない。

 ……私は名探偵では、ないかも。


 自分でどうすればいいか分からない時は、いつも通り自由にするのが私です。

 私は暫く死体を観察して、そのまま、いつも通り家に帰った。


 部屋に帰ったけど、アイちゃんはいなかった。まだ、翔太君ん家でヤモリになっているのだろう。残念だ。今日のことを話したかったのだけど。  

 柳田が死んだ。明日の学校は大変な騒ぎになるだろう。でも、私は関係ないし。寝よ、寝よ。……お休みなさい~。



 __翌日。学校はいつも通りだった。いや、柳田は学校に来ていなかった。なんでも行方不明らしい。


「浅上さん、いつもありがとう。本当に助かってるわ」

「うん、やっぱり浅上さんだったんだね。あの時のお金もありがとう。いつかきっと返すから」

 学校へ登校すると、いつも以上に友好的な狂歌ちゃんとアザミちゃんがいた。

「えーと、どういうこと?」


「もう惚けなくていいわよ。それとも何か事情でもあるの? いつでも助けになるわよ私たち。もし殺したい男がいたら教えてね、すぐに殺してあげるわ」

「うん、狂歌の言う通りだよ。浅上さんでしょう? 私たちが初めて殺した後助けてくれたのは。あの男たちには本当に困ってたんだ、そのね。……私を脅してくるし、酷いことも、されたしね。お金を持ってくれば、もうしないって言ったから私……家から黙って300万円を盗んで、アイツらに渡したの。でも、約束守らなった。もう殺すしかなかったんだ」


「そうそう、何とか殺したけど、あとは頭真っ白になっちゃってね、死体も片づけずに帰ったの私たち。でも思い出して殺した場所に帰ったら、貴方がいた。いつの間にか死体を片付けてくれたわね。本当にありがとう」

「うん。あの時は私も狂歌も何でか頭がぼんやりして記憶が曖昧だけど、確かに浅上さんだったよね。うん、私が家から盗んじゃったお金もくれたし。あ、ごめんなさい。あのお金、春一さんにもらった宝石を売って作ってくれたんじゃあない? うん。必ず返すよ。約束する」


 話を聞いていると、お二人とも柳田の前に何人か殺ちゃってるようだ。

 そして……絶対、私と誰かを勘違いしている。

 大体誰と勘違いしているかは想像つくけど……いのりのヤツ300万円もの大金よく持っていたな。羽振りがいい詐欺グループでも壊滅させたか?

 そもそも、死体でなくても女の子の応援するのか。

 私がそんな事を考えていると。


「うん、殺したいヤツはあらかた殺したし、私たちこれからは世のため人のためになることをしようと思うの」

「そうね、アザミの言うように、柳田みたいな女の敵を殺すつもりよ。あの噂良いでしょう? 殺人鬼の噂よ。アレを流して名前の挙がった男を試してみるわ、柳田みたいにね。賽銭箱も私たちが置いてあるの、小さな物だし意外とばれないわね。浅上さん、貴方に後片付けは任せるわ。……実はね、私たち殺すのはいいけど死体を見るのは少し怖いの」

 

 狂歌ちゃんは、照れくさそうに言った。

 死体が怖い、世の中にはそんな人間もいるのか。

 まさしく世界は広い。

 死体なんて全然怖くないのに。

 私は目の前で殺人計画を楽しそうにお話しされている、狂歌ちゃんとアザミちゃんの方が、よっぽど怖いです。


 ……人違いだとバレたら殺されないかな、私? 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る