第19話 殺人鬼のウワサ 前編
新学期。新しい高校生活。高校二年になって、学年が変わればクラスのメンバーも変わって新しい人間関係ができる、なんていうのは都会の話。
少なくとも、私の高校は1学年1クラス。
同級生は1年生からずっと、同級生。私はそんなところへ来た転入生のようなものだ。でも、みんなはずっと前から同級生だったみたいに接してくれる。とても友好的。
「ねえねえ浅上さん、あの噂知ってる?」
眼鏡を指で触りながら、友好的に話しかけてきたのは学級委員をしている佐藤
とりあえず、この子の親御さんのセンスはぶっとんでる。
その狂歌ちゃんと一緒にいるのは、狂歌ちゃんの親友である春川アザミちゃんだ。
アザミちゃんはなんというか、幸薄げな美少女ですね。笑顔も控えめだけど、とてもかわいい感じ。
「えーと、どの噂?」
「朝野君のお兄さんの噂」
とクラスにいる朝野翔太君を気にしながら、狂歌ちゃんは私に耳打ちしてきた。
翔太君を見ると、少し離れた席でアイちゃんと楽しそうに話をしている。
この距離なら聞かれないだろう。
「どんな噂かな」
「フフ。惚けちゃって、聞いたわよ。翔太君のお兄さん、春一さんって言うのかな? あなた、春一さんと一緒にデートしたでしょう」
ぐはあ。なぜ知っている狂歌ちゃん。私は思わず顔をしかめてしまった。
「図星ねえ。まあ、春一さんは目立つから。それに市内のショッピングモールにはアザミの姉さんが勤めてるのよ」
狂歌ちゃんの見透かすような目を見て、確証を得られていると感じた。
でも、できるだけ言い訳してみよう。
「違うよ。あれはデートじゃあなくて、ちょっとした食事というか」
「嘘ついてもダメよ。だいぶ高価な買い物してもらったんでしょう? ちょっとした食事には見合わないくらいのモノ。買ってもらったって聞いたわよ?」
「違うよ~。な、なにかの誤解だよ。狂歌ちゃん」
もう私は、しどろもどろになってしまった。それを見て狂歌ちゃんはとても楽しそうに追及してくる。
「ふふ。これは学級委員として見逃せないと思ってねえ、貴方何か悪いことしてるんじゃあない?」
悪いことか。なんか色々心当たりがありすぎる気がする。
「えーと、悪いことって何かな?」
「例えばねえ。援助交際とか」
「エンコ―。私、そんな破廉恥なことはしてないです!」
精一杯主張しておこう。それに関しては無罪です。私は清らかな乙女であるからして。
「怪しいわねえ? だったらなんで春一さんは貴方に高価な物を買ってあげたのかしらね。ほおら、なんだっけアザミ? 浅上さんが買ってもらった物は?」
そう言って狂歌ちゃんはアザミちゃんに目配せする。その様子だと聞かなくても分かっているのだろうけど、あえてアザミちゃんに言わせるつもりか。うう、間接攻撃が痛い。
「宝石類だって聞いたよ、時計とかネックレスとか。値段までは教えてくれなかったけど、姉さんも持ってないくらいの、とても高価な物だって」
「へえー。聞いた? 浅上さん。すごいわねえ、アザミのお姉さんって結構おしゃれで宝石とかも好きなんだけど、その人も持ってないくらいの物を買ってもらったのよね。どれくらいしたの? とってもお高いんでしょうね」
「うう。五百万円は超えてました」
私はすぐゲロッた。狂歌ちゃん、眼力がすごい。眼鏡の奥の視線が痛い。
「へえ! すごいわねえ。それで? 浅上さん貴方本当に何もしてないの?」
「してませんよお」
「ねえ。浅上さん? えーとね、私たちはその。浅上さんを責めてるんじゃあないの」
私が俯いていると、アザミちゃんが優しい声をかけてくる。
「どういうこと?」
「うん。もしかしてだけど、何か困っていることがあれば相談に乗ってあげようと思って、それだけなの。浅上さんが、もし、その、援助交際とかしててもそれは責めないし、誰にも言わないよ。……私たちは仲間でしょ?」
そう言いながら、ふんわりとした笑顔を向けてくるアザミちゃん。
「そうよ、何か事情があるのでしょう。私たちは同級生である貴方、いえ、仲間を助けてあげようとしてるのよ」
二人共、私がエンコ―してることは決定か。
確かに私は春一さんから高価な物も買ってもらったけど、それだけでこの扱いはひどすぎる。
「ほんとに援助交際はしてないよ、それは信じて」
私は狂歌ちゃんの目を見て、精一杯無実を申告してみる。
「ふーん……これも噂だけどね? 貴方の家の周りにさえない中年男性がよく出没するって聞いたわよ? その人は貴方のストーカーっていう話、聞いたことない?」
「ううう」
言葉に詰まる。
聞いたことはないが、心当たりがありすぎるぞヘボ探偵!!!
「まあ、言いたくないならいいわ」
私が困っていると狂歌ちゃんは意外とあっさり追及をやめた。
「え、いいの?」
「ええ。ところで、ね。これも噂なのだけど、最近殺人鬼が出るって話知ってる?」
「殺人鬼?」
そんな物騒な話、聞いたとこない。
本当だろうか?
「市内の殺人鬼の噂よ。割と最近の話ね。深夜出歩いている男が殺人鬼に襲われている。殺人鬼は男を殺す。でも、死体はなぜか見つからないっていう噂」
狂歌ちゃんが腕を組みながら説明してくれた。
でも、テレビでそんな殺人事件の報道はない。
当たり前か、その噂では死体が見つかっていないんだから。
「なんか本当に、噂だね。なんで死体が出ないのに、殺人鬼ってわかるんだって話」
「ふーん、そんなこと言うんだ? でもねえ、また噂には続きがあるのよ。その殺人鬼は女の子の願いを叶えてくれるの。女の子の殺したい男を、殺してくれるって話よ」
「えー、そんな噂あるの? 知らなかった」
「ええ。それでね、その殺人鬼にお願いする方法はねえ、殺したい相手の名前を書いた紙を、ほら、この学校の裏手に小さな祠があるでしょう? その祠の賽銭箱に入れておけばいいのよ」
「とってもお手軽でしょう?」
狂歌ちゃんとアザミちゃんが楽しそうに教えてくれる。
「とってもお手軽だねえ」
「ねえ、浅上さん? 試してみない?」
「試すって?」
「その噂をよ、浅上さん誰か殺したい男いないの?」
なんだか物騒な話になった。でも、殺したい男かー。うーん、知り合いの男といえば……山田さん、は、ちょっとうっとおしい時もあるけど悪い人じゃあないし、憎めない人だ。時々アルバイトしたらお小遣いもくれる。
「誰かいないの、殺したい相手?」
「別にいないよー」
「へー、意外ね。じゃあ浅上さん、悪いことしている男の話知らない?」
「悪いことって?」
「そうねえ、例えば女の子に酷いことしている男とか?」
女の子に酷いことしている男か。春一さんはすでにお亡くなりになった。うーん、あ、思い出した。
体育教師で学年指導もしている柳田。
あいつは、よく生徒にセクハラまがいのことをしている。
それに女子生徒の弱みを握って酷いことをするという黒い噂のある男だ。
噂を確かめるにはちょうどいい相手ではないだろうか?
「柳田とかは?」
「あら、浅上さんわかってるわねえ。じゃあ、その名前書いて入れてみてよ」
「私が書いて入れるの?」
「ええ、浅上さんが殺したい相手を書いて入れてみて。それでどうなるか確認してみましょう?」
「うん、わかった」
噂を確かめる、これも他愛無い遊びだ。昔のこっくりさんみたい。
私は「柳田」とノートに書いて、そのページを破った。
「じゃあ、放課後入れてきてね」
狂歌ちゃんはそう言って、アザミちゃんと一緒に席に戻っていった。
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