第15話 捜索6(秋葉原愛 浅上×××)

「ダメだよ、そんなことしちゃ!」


 この声は、私を止めたのは夜子ちゃん?


 私の前にいる女の子は涙目で私の肩を揺さぶってくる。

「アイちゃん。しっかりして」

 ……ああ、この感じ。確かに夜子ちゃんだ。


「くすくすくす。あははははははははは! あー、可笑しい。ここまで想定どおりになるとねえ」

 翔太君の隣には、アイツがいた。

 私の前いるのは、私が知っている夜子ちゃん。じゃあ翔太君の横にいるアレは?


「夜子。ダメじゃない自分を否定しちゃあ? でもおかげでやっとこっちに来れたわ」

 ソレは姿形が夜子ちゃんと違う。いや、夜子ちゃんを成長させたような大人の女性。白いワンピースを着ている。それが、私たちを見下すように笑っていた。


「どうしてこんなことするの? 私こんなこと望んでない」

 夜子ちゃんがソレに聞いた。

「貴方が望んでなくても、私が望んでるのよ。気づくのが遅いわねえ。もう、私と貴方ば別のモノ。私はね、いい加減飽きたのよ。貴方の約束のためにずっと待つことにね」

「……そんな」

 ソレが言ったことがショックだったのか、夜子ちゃんは俯いてしまった。


「夜子ちゃん、どういうこと。アイツは何?」

「くすくすくす。秋葉原さん、私が教えてあげるわ。貴方も薄々は勘付いてるんじゃなあい? 浅上夜子がずっと高校2年生でいることに。くすくすくす。ずっと留年してるって意味じゃあないわよ。それも面白いけど、その子の願いはそうじゃない。肉体も精神も高校2年のまま、待っていたいの」

 夜子ちゃんが高校2年生のままでいる?

 確かに、それは、そうなんじゃないかって気づいてたけど。


「まあ、その子にも果たしたい約束があったのよ。でも何度も高校2年でいるなんて、無理よねえ。そして、私が生まれた。矛盾が生まれたの。その子が取るべき記憶が、思い出が、経験が、その子の取るべき年齢が私に流れてきてるの。その子は覚えてないだろうけど、私はもう13年も繰り返してる。同じようなくだらない日常を。……イヤになるわよねえ」


「でも、何で! 今まで貴方がそんな風に出てくることはなかったのに!?」

 俯いていた顔をあげて夜子ちゃんが質問する。


「矛盾はいずれ弾けるわ。むしろ良く持った方よ? 13年なんて、ね。ああ、この前の朝野君のおかげで、力が入ったことも大きいかしら。……さて、此処からが本題。ねえ、浅上夜子。私はもう貴方とは別のモノになったわ。もう違う。……あの約束も待つつもりは、もう、無い。当然ねえ。だから、ね。私に名前を付けてもらいたいの。私を生み出した貴方にね」

「……でも、嫌だよ。じゃあ、あの契約はどうなるの? ずっと待ってられるって言ったのに」

「もうおしまいよ。契約違反は知らないわ。貴方とアレとの問題でしょう。契約の後に生まれた私は関係ない、さあ早くして。私としても出てくるのに力を使いすぎたわ。貴方が名付けてくれないっていうのなら、そうねえ。秋葉原さんから力をもらうだけよ」


 ソイツは私を見た。

 怖い。どうして、こんなに体が震えるの。ただ、見られてるだけなのに。

「ねえ。秋葉原さん、さっきは邪魔が入ったわね。今度は大丈夫よ、私が抑えておくわ。それくらいの力は残ってるから。さあ。続きを、好きなだけ。……あらあら? ここでまた、迷うの? くすくすくす。そんなんじゃあ、愛する人は手に入れられないわよ。貴方の大好きな翔太君が将来、貴方以外の女の子と一緒になるのは確実よ。予言してあげる。どう? それを許しておける? 奪われたままでいいの? ……ほらほらぁ、貴方は翔太君を愛してないの?」


 __ソレは、だめ。だけど、私は。ワタシハ。


「だめ! アイちゃん。やめてよ……わかった、貴方に名前を付ける」

「くすくすくす。承りますわ」


「…………浅上、いのり。それがあなたの名前」


「……いのり。いのり、ねえ? ああ、気に食わない名前ね。でも、いいわ。くすくすくす。やっと貴方は認めた。私の存在を。くすくすくす。あはははは! あははははははははは!」

 浅上いのりは長い黒髪を振り回し、笑い続ける。

 山にゆっくりと染み渡るように響くその声は、誕生の喜びを表している。


 霧が一層立ち込めてきて、アイツが着ている白いワンピースが溶け出しているようだった。


「あー。いい気持ち。やっと自由になれたわ、ありがとう名前をくれて。……さあ、秋葉原さん。貴方の望みも叶えてあげるわ。幸せになるにはどうすればいいか、もうわかっているのでしょう?」

「え。どうして! 名前をあげたのに」

 夜子ちゃんが驚いたように、いのりに言った。


「くすくすくす。それは、それ。これは私の趣味よ。貴方と同じように私の趣味も死体観察。でも、私は眺めているだけの貴方と違うけどね。私はねえ、秋葉原さんみたいな子が大好きなの。哀しい思いをして死んでしまった娘が、大好きなの。だからね、そんな子の力になりたいのよ。くすくすくす」

「それって、アイちゃんみたいな子を生み出して、相手の男に人を……」

「殺す? いやねえ、違うわよ。あの娘たちはみんな愛しているだけよ。そう、それが望み。そしてそれでしか死者は満たせない。私はそれを応援してるだけ。でも、とても楽しいわ。これからもずっとそうするつもり。くすくすくす。ああ、人生は良い趣味を持つと楽しいわねえ。心躍るようだわ」


 いのりは楽しそうに笑う。私はコイツがおぞましい存在だってことはわかっている。でも、言ってることは正しいのかもしれない。……死者なら死者のルールがある。私が幸せになるには、コイツの言うとおりにしたほうが良いのかも。

「さあ、秋葉原さん。さっきの続きをしましょう?」


 コイツの言う通りにすれば、翔太君は私のもの。この先もずっと。他の子に取られることもない、それならいっそのこと。


「だめだよ。アイちゃん……っぐ」

「あら。もう貴方には用はないのよ、大人しくしててね」

 夜子ちゃんが、いのりに引きずり倒された。足でお腹を踏まれて苦しそうにしてる夜子ちゃん。私を止めようとしているけど、もう私は、諦めた。


「ねえ? 夜子ちゃん。もう、いいよ私は。そいつの言う通りにする。だってその方が楽だし。辛い思いもしなくていい」

「げほげほっ。アイちゃんどうして? そんなのおかしいよ。何でそんなこと言うの?」


「……だってそうでしょう。この先、私どうすればいいの? きっと、そいつの言う通りになって、翔太君は彼女作って、私はそれを横からただ見てるだけ。そんなの辛い。だったら、いっそのこと」

「そうよ、そうよ。夜子、貴方はお友達が不幸になってもいいの。悲しい思いをしてもいいの? 好きにさせてあげましょう。くすくすくす」


「……そんなのわからないよ。アイちゃん、そんなの分からないじゃん!」

 夜子ちゃんはまっすぐこっちを見つめてくる。いつもは眠そうな目をしてくるくせに、なんだか不思議だ。


「何がわからないのよ?」

「なんで、いのりの言う通りになるの。先のことは分からないよ。まだ1年あるんだよ。それに……翔太君もアイちゃんのこと好きなのかもしれないじゃん!」


 翔太君が私を好き? そう言われて私は狼狽えた。そうだったらどんなにいいか、でもそんなのはただの希望。もし、違ったら、と……考えるだけで死にたくなる。だから否定しないと。

「そ、そんなこと。それこそ分からないじゃない。ただの幼馴染くらいにしか思ってないよ、きっと。それに、万が一私のこと好きって言うなら、此処で私が翔太君を殺しても……」


「気にならないの、翔太君の気持ち?」

「気になるわよ! でも、どうすればいいの? それを確かめて、私はどうするの。私のこと好きじゃなかったら? それにもし好きだとしても私は死んでる……」

「関係ないよ!」

「関係あるわよ! 私がいやよ、こんな私じゃあ翔太君に愛してもらえない。そうよ、いのりの言うように私が翔太君を愛するにはもう」

「嘘つき。アイちゃんは翔太君に愛してもらいたいんでしょう! それに、アイちゃんを愛するかどうかは、翔太君が決めることよ。勝手にアイちゃんが決めるな!」


 コイツ。勝手なことばっかり言って。私がどんなに辛いかか、わからないくせに! いいわよね。生きてるアンタは呑気にそんなことを言えて。私は夢も希望もないわ。そうよ、将来もない。

 それなのに、夜子ちゃんは!


「うるさい! うるさい! うるさい! 勝手なことばかり言わないで。もうアンタなんか知らないわ、私は私の勝手にする。邪魔しないで!」


「邪魔するよ! だって、アイちゃんはそんなこと望んでない」


「何でそんなこと分かるのよ、馬鹿!」


「……だって、アイちゃん泣いてるよ」


「え」

 泣いてる? 私が? 


「辛いんだよね、哀しいんだよね。だったら、アイちゃんは生きてるよ。一年間だけでも生きてる。それに先のことは分からないよ。もしかしてもっと、長くいられるかも。翔太君と恋人になれるかも。ねえ、アイちゃん? そんなこと、絶対にないって言いきれる?」


「そんなこと、私は」


「ねえ。アイちゃん、こんなところで諦めないで。これから新しい高校2年生が始まるのに、いいこともあるよ。きっとね。苦しいこともあると思うけど、だから楽しいこともあると思うんだ。此処で翔太君を殺しちゃったら、取り返しがつかないよ。……私も嫌だよ。友達が、アイちゃんがいなくなっちゃうのは。ねえ、私も応援するから。二人でやれるだけやってみようよ?」

 夜子ちゃんは泣いていた。

 私は? 私は自分の顔を触ってみる。……涙は流れていなかった。こんなに悲しいのに。こんなに、嬉しいのに。


「……夜子ちゃんの嘘つき。泣いてないじゃん、私」


「そんな顔して何言ってるの、アイちゃん」


 夜子ちゃんのその顔を見て。その言葉を聞いて。今回は私の負けだな、と分かってしまった。

 私はもう、どうしていいからない。でも、確かにまだ1年はある。だったら、夜子ちゃんと頑張ってみてもいいかもしれない。正直なところ、何を頑張ろうって不安だけどね。



「あーあーあー。なんだか吐き気がするわー。えー? 秋葉原さああん、えー? 殺さないの、食べないの、自分のモノにしないの?」


「アンタは早く夜子ちゃんの上から退きなさいよ」


「はあ。まあいいわ。今日のこと後悔したら、何時でも呼んでね? 楽しみにしてるから、くすくすくす」

 いのりは夜子ちゃんの上から足をどけて、霧の中に溶け込むように消えて行った。


「はあ。……びっくりしたね。アイちゃん」

 むくり、と起き上がった夜子ちゃんは少し気まずそうに、こちらに笑いかけてきた。

 その笑顔を見て私も、フッと笑いがこぼれてしまう。

 少し前まで喧嘩してるみたいに言い合っていたのに。人の気持ちって言うのはフワフワして気まぐれなものだ。


「いや、私の方がびっくりしたわ」

「うーん、どうにかしてあの子も止めなくちゃ」

「いやいや、あの子って。元はアンタなんでしょう? それに13年分の記憶プラスした。何かすごい歪んでるけど」

「三十路前だからかな?」

「殺されるぞ?」

「でもとりあえずは、……翔太君をどうにかしないと」

「あ」

 そうだ、びっくりすることが多くて忘れてた。これでは恋する乙女失格。


「うーん。翔太君、起きないね?」

 夜子ちゃんは翔太君に近づいて、確かめるように翔太君のほっぺたを2回つついた。


「おい。つつくな、私がつつくから」

「寝てる男子に勝手にキスする人は言うことが違うなあ」

「うっさい! 翔太君に言ったら絶交だからね!」 

「起きなかったら、アイちゃんが背負っていきなよ。密着密着、役得だねえ」  

「いや、私としては翔太君に背負ってもらいたいというか、広い背中を感じたいというか」

「なるほどー。寝てる男子に勝手にキスする人は言うことが違うなあ」


 __この日。結局私が翔太君を背負って帰った。疲れない体も、偶にはいいかな。













 __あーあー。今日は面白くなかったわねえ? でもいいわ。これからのお楽しみ。秋葉原さんがどうなるか楽しみで仕方ないわねえ。死者が生者を愛すれば愛するほど……くすくすくす、自分の世界に、死へと引きづりこむ。それは昔からの決まり。誰でもわかる単純なルールよ。どうなるのかしら? どんな声で哭くのかしら。どんな恨みを抱くのかしら。愛が深ければ深いほど恨みや怨念は深くなる。ああ、とても楽しねえ? くすくすくす__

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