第14話 捜索5(秋葉原愛)

 お昼過ぎ。時間で言えば午後2時ころ。

 私たちは壊れたガードレールの近くにいた。

 このガードレールの向こうは崖になっていて、車はそこに落ちた。

 今私達がいる道路は山間の谷を結ぶ道になっているので、ガードレールを飛び越えれば高低差は100メートルくらいある。当然下は山林になってる。


 ちなみに此処まで私は、自分の足で走ってきた。アレは夜子ちゃんの自転車に乗って、私を走らせやがった。

「秋葉原さんは疲れないでしょう?」

 何て言いながら。やっぱりこの女、性格が悪い。


「さあて、もうそろそろ向こうも来る頃かしら? でも女性を待たせるなんてちょっとマナー違反じゃない? どう思う? 秋葉原さん」

「……別にどうも思わないわ。というか名字で呼ぶのやめてって言ったでしょう」

「いやよ。好きなように呼ばせてもらうわ」

 まったく、夜子ちゃんなら1回言えばわかってくれた。


 あまり二人きりでいたくないけど、コイツが翔太君に近づくのはもっと嫌。何か変なことをしないか注意しておかないと。

 私がそんなことを考えていると、見覚えのある車がやってきた。探偵の車だ。


 車は、私たちの前で止まる。運転席ドアが開き、探偵が下りてきた。あれ? 探偵は……少し足を引きづっているような?

「いやあ! どうも、すみません、遅れてしまいまして。ああ、浅上さん今日は一段と、お、お美しい、はは、いやいや失礼しました。どうぞ、乗ってください。此処から少し先に行った山道から入って捜索しようと思います。どうぞどうぞ」

 足は引きづっているけど、元気そうね。この前と変わらず、よくしゃべる。探偵は助手席ドアを開けて、アレを助手席に乗せた。よくそいつを自分の隣に座らせようと思ったわね。やはり、こいつはヘボ探偵。目が節穴。


 私は勝手に後部座席に乗る。 

「あれ? やっぱり、愛じゃあないか。浅上さんと知り合いだったの」

 後部座席には翔太君がいたから。

「うん」

「そうか。ええと、今日の話は聞いてる? 兄さんを探すってことなんだけど」

「聞いてるよ」

「うーん、愛は帰った方がいいんじゃないか? 山道だし、……こういうことは言いたくないんだけど、兄さんが事故を起こしてから日が経ってる。もし、見つかってもひどい状態だと思う」

 翔太君は優しいな。気遣いをしてくれたことが嬉しい。だけど、大丈夫。翔太君には悪いけど、あのクズが見つかることはない。


「大丈夫よ、それに……浅上さんも一緒だしね」

 アレを何て呼ぶか決めかねるけど、今のところアレには浅上夜子という名前しかない。ホント訳わかんない存在だ。

「……まあ、見つかる可能性は低いか。だけど、愛も疲れたら言ってくれよ? 今回は俺のワガママなんだ。無理しなくてもいい」


「皆さん準備よろしいですか? では、出発しますよ~」

 探偵が車を発進させる。

 壊れたガードレールはすぐに見えなくった。

 車は事故現場から500メートルくらい道を下って、脇道に止まった。


「はい、皆さん着きました。さっきのガードレールがあった道路から車が落ちた場所までは大分高さがありますので、脇道を下って探していくことになります。ああ、ここからはご覧の通り車では行けません。歩きになりますね。ですので、いろいろ道具を準備してきました」

 探偵はトランシーバーや携帯電話、方位磁石、登山靴、手のひらサイズのプラスティックの板ようなものを手渡してくる。


「トランシーバーはわかりますね? ここを押せば、会話ができます。それぞれ1個持っておきましょう。あとはこれ、このプラスティックは発信機になってます。持っている人の位置がわかります。ああ、今回は3人一緒に行動してもらおうと思いますが、念のための保険ですね」

「3人? 誰のこと言ってるの?」

 探偵の話では一人余ることになる、疑問だった私は素直に聞いてみた。


「ああ、僕以外の全員ですよ。はは、実はここに来る前に足挫いちゃいましてねえ。いや~本当は僕が率先して行かなくてはいけないんでしょうけど、ちょっとこの足で山は厳しいんです。すみません、すみません」

 翔太君と私が一緒なら他はどうでもいい。ベストは私と翔太君の二人ペア。いや、だけど、アレの行動を監視できないと不安ね。

 そう考えると3人一緒で一番よかったのかもしれない。探偵が役に立たないのはわかってる。


「そういう訳で、僕は車にいて皆さんの位置や地図を確認しています。何かあれば連絡してください」

「分かりました。では、準備ができたら出発しようと思います。えーと、愛も浅上さんもそれでいい?」

「うん、いいよ」

「構わないわ」

 しばやく、靴を履き替えたり、荷物を整理したり準備をする。

 みんな服装は山歩きを前提にしているから動きやすいラフな服装をしている。翔太君はリュックサックを背負って、その中に荷物を入れている。


「よし、じゃあ出発しよう。では、山田さん後は頼みます」

 私たちが準備できたのを確認して翔太君が言う。

「はい、はい。あまりお役に立てなくて申し訳ない限りです。……翔太君、今日は取り敢えず周辺の地理を把握するのを一番にしましょう。無理に奥まで入って行かない様にして下さい。日もまだ長くありません。暗くなる前には余裕を持って帰ってこれるようにお願いします」

「ええ。わかってますよ山田さん、それに明日以降も探すつもりです。無理はしません」

「よかった。ではお気をつけて」

 翔太君は了解を示すように探偵に軽く手を振った。


「さあ、まずは車が落ちた場所まで行ってみようか」

「落ちた場所は分かるの?」

「大丈夫だよ、山田さんに調べてもらってる。ほらこれを見て」

 翔太君が持っていた地図を見せてくれた。地図には赤丸で印がついてる。私がそれを指さすと。


「そう、それ。壊れたガードレールの位置から大体の距離を山田さんが調べてくれた。だから、この印に向かって進めばいいんだ」

「ふーん、あの探偵も意外と使えるんだ」

「意外って……あの人、結構優秀だと思うけどね」

 いつも夜子ちゃんに付きまとっているイメージしかなかったな。仕事は結構まじめにやってるんだ。私は少し探偵を見直した。


「じゃあ行こう。ああ、浅上さん。浅上さんも何か気になることがあれば教えて、探し物が得意なんだろ」

「ええ、わかったわ」 

 浅上は素直に返事をする。ここに来てからコイツは妙に大人しい。気味が悪いな。まあ、何もしないならいいか、と私は割り切ることにした。



 先頭は翔太君、次は私、最後に浅上の順番で進む。


 ザッザッザッザ ザッザッザッザ ザッザッザッザ


 木々に囲まれた狭い道を歩き出すと、すぐに落ち葉が音を立てる。

 さっき地図を見た限りでは、この道を緩やかに下っていくと車が落ちた場所につく。

 でも歩きではだいぶ時間が掛かるかもしれない。


 歩いていると次第に地面が暗くなる。木の密度が高くなって日が差し込んで来ないから。


 ザッザッザッザ ザッザッザッザ ザッザッザッザ 


 ザッザッザッザ ザッザッザッザ ザッザッザッザ


 足元の落ち葉も湿気を含んでいるのか、泥のように暗い色をしている。

 日も差し込まず、どんどん辺りは暗くなる。日中なのに、まるでこの辺りだけ夜が来たみたい。


 ザッザッザッザ ザッザッザッザ ザッザッザッザ


 ザッザッザッザ ザッザッザッザ ザッザッザッザ


 ザッザッザッザ ザッザッザッザ ザッザッザッザ


 一時間くらい歩いていると、私たちを包み込むように白いモノが流れ込んできた。

 ……霧だ。

 こんな時間に出てくるなんて珍しい。


「ねえ、翔太君。霧が出てきたよ。ちょっと休憩しない?」

 見通しも悪いし、足場も悪いから休憩したほうがいいと思って翔太君に提案してみたけど、あれ? 翔太君が返事をしない。いや、足取りがおかしい。フラフラしてる?

「翔太君。翔太君! 大丈夫?」

「ああ。愛、大丈夫だ。……いや、なんだか、眠い」

 ふらつきながら翔太君は、座り込んでしまった。


「ちょっと、どうしたの? 大丈夫」

「うん、ごめん。ああ、とても眠い、ちょっとだけ寝かしてくれ」

 それだけ言うと翔太君は気絶するように眠ってしまった。


「翔太君、やっと寝たわね。結構頑張ったようだけど、まあ無理よねえ。くすくすくす」

 ずっと黙ってたと思ったらやっぱり、コイツが何かしてたのか。 

「ちょっと、どういうこと? 何でこんなことするの」


「ねえ、秋葉原さん。貴方は翔太君が好きなんでしょう?」

 まただ。この女は、また、あのトランクの中のような暗い目をしている。


「いや、いきなり何を。アンタには関係ないでしょう」

「くすくすくす。関係はあるわよ。ああ勘違いしないでね? 私はあなたの味方よ。そもそも翔太君はお兄さんを探してるわけだけど、それって自分勝手よね? 自分のお兄さんのことしか考えてない」

「……別に翔太君が、自分のお兄さんの心配をしてもいいじゃん」

「良くないわよ。ええ、そうよ。特にお兄さんが殺した娘の前で、お兄さんの心配をするなんてねえ。身勝手も甚だしいわ」

「それは」

 いや、そんなことは考えてはいけない。翔太君が悪いことをしたわけじゃない。それに翔太君はお兄さんが何をしていたか知らなかった。


「悪いわよねえ、翔太君も。知らないことって時には罪よ。そう、こういう時はね。くすくすくす。ねえ、秋葉原さん? 教えてあげなさいよ。貴方がお兄さんに何をされたか」

「そ、そんなこと! そんなこと、言えるはずないでしょ!?」

「知られたくないの? 初々しくていいわねえ。じゃあ、あなた以外の娘について教えてあげたら?」

「それも、言えるはずない。もし知ったら……翔太君が、どんなに悲しむか」

「くすくすくす。優しいのねえ? くすくすくす」

「ちょっと。何がそんなにおかしいのよ!」

「だってねえ。他の子の家族もきっと、殺された子たちを探してるわよ。絶対に帰ってこない家族をねえ。それについては貴方、考えたことある? ……ああ、黙っちゃって。かわいいわね」

 探している。他の子の家族も。ああ、確かに、私の母さんや父さんもきっと私を探すだろう。一年して、こいつとの契約が切れたら。見つかるはずのない私を。それは、きっと今の翔太君みたいで。


「ほおら、翔太君はとても身勝手な愚か者だと思わない? 貴方も同じ、愚か者ねえ」

 コイツが話し出して、どんどん霧が濃くなってくる。もう5メートル先は真っ白。こんな濃い霧なんて今まで見たことない。 


「私の何が愚かだって言うのよ?」


「貴方、翔太君が好きなんでしょう? だったら、もっと自分に正直にならないと。私と契約したけど、貴方はそれで満足なのかしら? 一年間翔太君といられるだけで、学校生活を送るだけで本当に満足?」

「満足って、私は、あのまま朽ちていくだけだったし。アンタの契約も1年だけだって言ったじゃない。だから、仕方なく。それとも何? もっと期間を伸ばしてくれるの?」

「それはできないわねえ。でも、考えてみて。貴方の望みは? 翔太君と幸せになることでしょう? 付き合って、友達から恋人になって、二人でデートしたり、旅行に行ったり、そう愛し合ったりねえ」

「い、いきなり何言って」

「好きな人と結婚するのは女の子の夢よねえ。幸せな新婚生活とか憧れるわねえ。子供も何人か欲しいのでしょう? くすくすくす。それがあなたの望みでしょう。ほおら、想像してみて?」


 ……確かに、翔太君とそうなれたら最高だ。

 望みというなら確かにそう。それが私の望み。一緒にデートして、映画館や、遊園地とかも行きたいな。おしゃれなカフェもいい。温泉旅行とかも憧れる。翔太君は結構しっかり者だから、私をきちんとリードしてくれるはずだ。翔太君は背が高い、そして手も大きいんだ。その大きな手で私の手を包み込むように握ってほしい。私は翔太君のかっこいい横顔を見ながら、ずっと翔太君の隣で……



「でも、翔太君の隣にいる子は貴方じゃない」


「え」


「貴方が想像してる翔太君の隣にいる子は、秋葉原さん? いいえ、貴方じゃあないわ」


「何言って……」


「だから貴方は愚か者って言ったの。貴方の望みはかなわない。絶対にねえ、……だってほら。だれが死体を愛してくれるの? くすくすくす。」


 そんな、でも、ワタシハ。頭が痛い。目の前が暗くなる。考えてはいけない。考えては、いけない。


「くすくすくす。翔太君、かっこいいわよね。けっこう人気あるって聞いたことあるわよ? それにお金持ち。玉の輿とか憧れるわ。きっとすぐに恋人ができるわねえ。……秋葉原さん以外のね」


 翔太君に恋人。そんな、こと……。


「でも大丈夫。最初にも言ったでしょう? 私は貴方の味方。貴方の望みを叶えてあげる。そもそも前提が間違ってるのよ、貴方は死者。それなら死者なりの愛し方を理解すればいいの。例えば、愛する翔太君が他の女の子と一緒になるのはイヤよね? 貴方以外の女の子に愛しているって囁いている翔太君を想像してみて。どう? 絶対に許せないって思わない? 翔太君も許せないし、翔太君を奪った女も殺してやりたくならない? なるわよねえ。それが愛するってことだから。くすくすくす」


 もう、こいつの言うこと聞いていたくない。聞いてはいけない。私は両耳を塞いで蹲った。……けど、どうして、こいつの声が。


「くすくすくす。もう分かってるんでしょう? 自分がどうすればいいか? ほおら、あの子たちが朝野君をどうしたか思い出して? あれが死者の愛し方よ。あの子たちは、あなたと違って朝野君が好きだったの。まあ、裏切られたらしいけどねえ。でも、ゲームに勝って朝野君を好きにできた。念願かなったりってやつよ。自分の体に相手の肉を取り込むの。自分の魂に相手の魂を取り込むの。それは生きていては味わえないほどの快楽。そして、喜び。愛する相手とどこまでも一緒。たとえ地獄に落ちるとしても、奈落の底まで引きづりこめるわよ?」


 聞きたくない聞きたくない聞きたくない! 


「どうしたの? 何も怖いことはないわ。それに貴方は幸運よ。とてもね。ほら、あの子たちは13人で朝野君一人を分け合ってたけど、貴方はぜえええんぶ独り占め。考えてみて、翔太君を貴方がずっと独り占めできるの。もう、翔太君は貴方のものだし、貴方は翔太君のもの。未来永劫ね。くすくすくすくす」


 私が、翔太君を独り占め、できる?

 翔太君は確かに人気がある。コイツの言う通り、私の他にも狙ってる娘はいる。それに、ワタシハ、私じゃあ、シアワセナ、結婚は。家庭はツクレナイ。そもそもそんな時間がナイ。

 でも、ワタシハ。私はどうすれば。

 ああでも、翔太君が他の娘にとられるのはイヤダ。私だけのモノニなってくれたら。


「ふふふ。秋葉原さん、貴方にはその権利もあるのよ。思い出して、ほら、この前のゲームよ? 貴方勝ったけど何もしなかった。何の権利も行使しなかったわ。それは私としても心苦しいのよ。ほらほらほら、私、約束したでしょう? 勝ったら朝野君を好きにしていいって。まあ今回は、朝野、違いだけど名字が同じだし、兄弟だしねえ。特別サービスよ」


 ワタシには権利がアル。

 翔太君をワタシノものにできるケンリが。

 デモでも、私は。


「ほらほら秋葉原さん。ここでぼうっとしてたら、他の子に翔太君が奪われちゃうわよ。それでもいいの?」 


 嫌だ。いやだ。イヤダ。ソレダケハ、ドウシテモ、イヤダ!


「じゃあ、お好きなように」

 目の前の女は両手で翔太君の肩を掴んで、翔太君を私の方に向けた。


 ワタシハ、翔太君に近づいて。


 まず、ゆっくりと、キスをして。


 __そして、ワタシハ、翔太君の首筋に。






「ダメ! アイちゃん!?」

 そんな声とともに私は突き飛ばされた。

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