第4話 団地

 __中年男から、100万円貰っちゃった。どうしようかな?


 いや、そもそも断れよ、受け取るな、という意見もあるだろう。

 しかし、諭吉さんに罪はないと思います。それに私はお金が好きだ。お金が嫌いな人間は少ない。つまり私は多数側に位置する、一般的な普通の人間である。


 さてさて、普通の人間は100万円あれば、何を買うか?

 いや買わなくてもいい。貯金という手もある。それに私はまだ高校生。あまり高価な品物を持っても親が不審がる。


 でもせっかくだから、使いたい。


 という訳で靴を買った。スニーカー。黒字にちょっと白が入ってる。お手頃価格。

 8000円でお釣りが貰えた。

 うん。お金はなかなか使えない。自分のことながら、情けないな~。


 __探偵貯金、残金99万2千円くらい也。


 


 本日は3月も下旬。学校は春休みに入ったばかり。一日中、布団でゴロゴロしてもいいけど、せっかく新しい靴を買ったので出掛ける。


 風が強いが、日差しは暖かい日だ。

 出掛ける場所は決めていない。自転車でフラフラと彷徨うのが私の基本的なスタイル。

 そういう訳で、フラフラと団地にやってきました。


 古い団地。耐震基準とかがダメで、もう取り壊しをする予定の場所。すでに、団地の入り口にはロープが張られ誰も住んでいない。


 入口の前に自転車をとめる。一応カギはする。

 立ち入り禁止の看板がある横のロープをくぐる。


 団地といっても田舎の団地だ。小さい。どれくらい小さいというと2回建のアパートが4棟並んでるだけ。

 もはや団地と言わないかもしれないが、これでも町営団地と銘打っているから、私が団地と説明しても間違いにはなるまい。

 団地の中をフラフラと歩く。


 やがて、私はひび割れた古いコンクリートの壁の前まで来た。

 このコンクリートの壁は、団地と他の土地を区別している。いや、より正確に言えば団地の裏側にある山から団地を守ってる。土砂崩れとかの防止用だと思う。


 私が来ると、それを待っていたかのようにコンクリートの壁の一部が剥がれ落ちた。


 剥がれ落ちた方のコンクリートを見ると、だいぶボロボロだけど水色のブルーシートが少しだけ、くっ付いている。

 私は顔を上げた。


 __壁の中にはブルーシートに包まれた人の死体があった。


 __こんにちは。


 さて。今回私が考えるべきこと。それは……この死体さんの勝負の行方についてである。


 ああ。でもまずこの死体さんの説明を。

 状態は見てのとおり、死んだ後かどうかはしらないが、

 

  ① とにかくブルーシートに体全体を包まれる

  ② そのままコンクリートに埋められる

  ③ 28年間放置プレイ


以上です。


 死体さんが何処の誰かなんてことは当然知らない。

 しかし、死体さんの勝負相手は知ってます。

 勝負の判定方法も、とても簡単。

 相手が来るか来ないかである。


 そう。団地の取り壊しが決まるまでは、もう圧倒的に死体さん有利というか、勝利していた。しかし、一か月前に立ち退き決定があり団地住民がいなくなった。これで、勝負は少しわからなくなった。


 いやでも死体さん? 心配しなくてもいいよ。この先どうなっても私はあなたの勝利は揺るがないと思っている。絶対にね。もう28年間勝ってたんだよ、と不安そうな死体さんに私は話しかける。


 ……とその時、近くから車の音が聞こえた。勝負相手が来たみたいだ。


 私は素早く隠れる。大丈夫。入り口にはロープが張ってあるから、車で入ってくるには少し時間がかかる。

 狭い団地だから隠れる場所には困らない。

 私はアパートの近くにある4本並んでいるガスボンベまで走る。ボンベと壁との間には、ちょうど私でも潜める隙間がある。ここから死体さんの場所はよく見える。向こうからはボンベが邪魔で私の体は見えない。


 白色の軽トラが死体さんの前までやってきた。荷台にはセメントとか、いろんな工作用荷物が積んである。

 運転手は一人。

 ドアを開けて降りてきた。

 70歳くらいの男の人だ。


 ____間違いない死体さんの勝負相手がやってきた。


 男は、死体さんが丸見えなのを知って、酷く慌てたようだ。軽トラの荷台に積んでいる真新しいブルーシートを手に取って。あれは? ……死体さんを覆い隠したいのか、コンクリートの壁にブルーシートを押し付けている。でも……ブルーシートを留める物も無いのにそんなことをしても、風でブルーシートが飛んでいくだけだ。あと、足元に散らばってるコンクリート片を片付けているが、すごい小さい破片も荷台に放り込んでる。そんなの放っておけばいいのに。


 しばらく、そんな感じでアタフタしていたが、少し冷静になったのか?

 死体さんがいるコンクリート壁の上までブルーシートを広げ、その上に落ちたコンクリートの破片を置き、重しにした。


 まあ、これでブルーシートが風で飛んでいくことはないだろう。

 死体さんが周りから見えなくなったことで、さらに冷静になったのか、男は作業に入る。

 コンクリート壁の修繕作業だ。

 荷台のセメントを下ろし、水と混ぜ混ぜして生コンを作り始めた。

 5分くらいかき混ぜて、できた生コンを壁に塗り塗りしていく。あの様子だと、剥がれ落ちた部分に直接塗り込んでるな。つまり死体さんに直接、生コンの化粧中だ。

結構広範囲のコンクリートが剥がれ落ちたので、化粧時間は長そうだ。


 でも、暫くしたら死体さんは完全に見えなくなるだろう。


 この団地は間もなく取り壊される。

 死体さんのいるコンクリート壁はどうだろう? 壊されるだろうか?

 そもそも、あれは裏山の土砂崩れ防止のためにある物だ。

 団地が無くなっても、役立つ物だから壊されない可能性が高い。


 これからも、死体さんが発見されることはなさそうだ。あの男がコンクリートの修繕を続ける限り。


 やはり、勝負はついていた。

 男に見つからないように団地出入口まで戻った。


 ここで、少し待とう。男が出てくるまで。


 ____しばらくして。軽トラがやってきた。


 車から降りてきた男は、私を見てギョッとしたようだ。


「あれえ? 夜子ちゃんかい? 何してるのお、こんな場所で」

「こんにちは。ええと。新井さんでしたっけ? 久しぶりですね」

「ああ。久しぶりだねえ。最後にあったのは4年くらい前じゃあないかい?」

「そうですね」

「ああ。ごめんごめん。それでどうしたのこんな場所で? もうここは立ち入り禁止だよ」

「ええ。もう取り壊されるんですね。でも、取り壊される前に見ておきたくて」

「ああ。水野君と仲良かったもんなあ。……水野君のことは残念だったね。悪かったねえ、昔はいろいろ怒っちゃってねえ」

「いえ、気にしてませんよ。それに私たちも悪いんです、一度注意されてるのに何度もボール遊びしちゃって」

 そう水野君のこと以外は、気にしてないですよ私は。


「そうだよ。駐車場でボール遊びはいけない。特にね。あのコンクリート壁にサッカーボールをぶつけて遊ぶやつは勘弁してほしかったねえ! ……ああ。ごめん。昔のことなのにね。でも危ないよ。あれもね、跳ね返ったボールが窓ガラスとかに当たって迷惑するんだよ。だからあの時はちょっと怒りっぽくなっちゃっててね。いかんね。いかん。年取ると。ごめんねえ」


「いえいえ。気にしてませんよ」

「そうかい、じゃあ私は帰るよ。夜子ちゃんも早く帰りなよ」

「はい。ああ、新井さん? ……新井さんはどうしてここに?」

「ワシかい? ……いやいや。ワシはここができてからずっとここで暮らしてたろ。28年間もだよ。……愛着あるんだよ。こんな古アパートでもね。だからだよ。いろいろ見ておきたくてね。気になるんだよ。……暮らしていた場所がどうなるかがね」


「へえ? ……じゃあ、今後も来るんですか? アパートが取り壊されても?」


「……ああ。そうなるかな。……まあ、偶になら来るかもしれんなあ。何かおかしいかね?」


「そうですか。いいえ。何もおかしいことはないですよ? 私も新井さんと同じように団地がどうなるか気になって来た訳ですしね」

「そうかい」

「ええ。ではさようなら」


 やはり、勝負はついていた。


 新井は死体さんに縛られている。

 新井は28年間、毎日毎日アパートからコンクリートを眺めていたんだろう。気になって気になって。コンクリートが古くなるたびに補修して、修繕して。

 新井が住んでいたアパートのすぐ裏手にあのコンクリート壁はある。

 引っ越そうとは、もう思えなかったはずだ。

 気になって気になって。自分の罪が気になって。死体さんが気になって。

 新井はもう逃げられない。立ち退きになっても、変わらず死体さんに会いに来る。

 ……そして、きっと自分自身が死ぬその瞬間まで死体さんのことを思い続ける。


 ____おめでとう。死体さん。あなたの勝ちですね。



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