第3話 探偵
_____ゾッとした話。
「ああ。すみません。ちょっといいですか」
くたびれた中年が私に話しかけてきた。
……今、私は高校の学生服を着ている。高校生女子に話しかけてくるスーツ姿のくたびれた中年。それだけでもう怪しさいっぱいだ。
無視すべきか。
「ええと? ちょっと聞きたいことがあるのですが」
さらに観察する。死体ではない目の前の男を。
「あのですね。私は怪しいものではなく、ええと。探偵です」
ダッシュで逃げるべきか?
今は昼間。いつもの田舎道ではなく町中に出てきているので、人通りも多い。追いかけてはこないだろう。
私が身構えて走り出そうとする……少し前に。
「ちょっと待ってください。ほら、これ見てください」
男は運転免許証と名刺を取り出した。
怪しい素振りはない。しかし私は警戒するのは忘れず、少し近づいて男が取り出した運転免許証と名刺を見る。
__
名刺にはそう記載してある。
運転免許証の名前も、名刺の名前と同じ。免許証は偽造ではないっぽい。
「えと。探偵さん? なんですね。なんで免許証も一緒に」
「ああ。すみません。いや~怪しいですよね。探偵なんて。でも、それが職業なもんでね。ああ。これね? 名刺だけじゃあもっと怪しいし、だから免許証も一緒に見せてるんですよ。身分確認にいいでしょう。身分確認といえば免許証ですよ。役場や銀行でも使う。運転はあまりしないけど、取っておくと便利ですね」
そう言って山田さんは名詞と免許証をひっこめる。
まあ、確かに探偵ですっていわれて、紙の名刺の肩書きだけじゃあ怪しすぎる。
「探偵の免許証みたいのはないんですか?」
「いや、いや。探偵の資格なんて無いですよ。いや強いて言えば探偵ってね。申告するだけなんですよ。これから探偵の仕事しますって警察に申請すればいいんです。どっかで試験受けて、探偵になるなんて無いですね」
「へえ。警察に言うんですか? なんか夢がないですねえ」
「まあそうですね」
探偵さんは苦笑いをする。
しかし、探偵なんて初めて見た。私からしたら、そこら辺で死体を見るよりはるかにレアである。この際だいろいろ質問してみよう。
「探偵さんて何の仕事してるんですか? テレビで見るように事件を解決とか?」
「はは。いやいや。あれはテレビの中だけでね。実際はね、まあ探し人とか浮気調査とか、素行確認とか。まあ、オーソドックスにはペット探しとかね」
「夢がないですね」
「まあ。そうですね。でも実際そんなもんですよ」
そういう探偵さん。しかし胡散臭い仕事だからか、腰が低いな。私は探偵さんに対する警戒を少し減らす。
「ああ。すみませんね。それでね、ちょっと聞きたいんだけど、いいですか?」
「なんでしょうか?」
何か用事があるようだ。それにしても、不憫。本題に入る前にこれだけのやり取りをしなければいけないとはね。胡散臭い仕事をしている自分を恨むべし。
「この子を見たことはありませんか? 実はね。今、人探し中なんですよ。さっき話したように夢のない仕事中という訳です」
探偵さんは1枚の写真を取り出す。
写真には私と同じくらいの女の子が写っていた。
「ここいら辺までは足取りがわかってるんですよ。というのも、スマホの位置情報でね。最後に電源が入っていたのはこの辺ってのが、わかってるんです」
「うーん。すみません。見たことないですね。……この子と同じくらいの年だから私に話しかけてきたんですか?」
「ええ。実はね。でもそうですか。……どうもありがとうございました」
残念そうに頷き、歩き出そうとする探偵さん。
____ああ。この人はもうすぐ死ぬな。
これは確信。どういう理由か知らないが、もうすぐこの人は死ぬだろう。生気がないとうか。もう、死に片足突っ込んでる。顔に死相がでてるってヤツ。
だからか。死体とかには優しくしているつもりの私だ。普段私はそんなことはしないが、死にかけの死体みたいなこの人に、ちょっとアドバイスをしてやってもいい。
「探偵さん。その子は見たこと無いですけど。最近、橋の下にテントが張ってあるんですよね。その子、家出か何かですか? もしかしたらそこにいるかもしれませんよ」
「ええ!? えっと、橋ってのはどこですか?」
探偵さんは慌てて振り向いて、尋ねてくる。
「この道をまっすぐ行ってください。しばらくすると、コンビニがあります。そのコンビニを過ぎて初めての橋ですよ。ちょっと道路からは見えにくいかな? テント。橋の下なんで、脇道から橋の下に行けます。そこまで行ったら分かると思いますよ。緑色のテントです」
「ああ。君ありがとう! うん。行ってみるよ」
免許証は持ってても、車は持ってないのか。慌てて走っていく探偵さん。そんなに重要なんですかね、その探し人。
……でも残念。私が見つけてるってことは、そのテントの中の人はもう死んでる。いや、実際にテントの中は見ていないから、探偵さんの探し人かどうかはわからないけど。でも、可能性は高そうだ。
テントを見つけたのは探偵さんに話しかけられる少し前。
いつもの様に、死体を見つけた。
テントの中も見てないのに何で死んでるか分かるかって? まあ、見た目は入り口を閉じた、タダの緑色のテント。中は見えない。当然私はテントを開けてもいない。
しかし、かすかな死臭がした。人の、死んだ匂いだ。だから間違いない。
緑色のテントの中には死体がある。それも、若い女の子の死体だ。匂いで分かる。けっこう誰でもわかるんじゃあないかな? 私以外の誰でもね。
そんな感じで、今日の話はお終い____にはならなかった。
それから一週間後のことである。
「いやあ! 君ありがとう。ええと。浅上さんっていうのかな? この前は助かったよ!」
この前の、くたびれた探偵さんがいた。家の前に。いや、もうくたびれてない。なんか死相がなくなってる。元気一杯という感じだ。私の苦手なタイプになってる。
「えと。探偵さん、突然どうされたんですか?」
「どうしても浅上さんにお礼を言いたくなってね! 実はね。この前の探し人、死んじゃってたんだけどね! でも何とか警察より早く見つけることができたんだよ」
「えと。じゃあ、依頼は失敗じゃないんですか?」
「いやいや、依頼主の意向でね。死ぬ前に見つけたかったらしいんだけど、死んじゃってた場合はどうしても警察より早く見つけたかったようでね。まあいろいろ事情があるんだよ。けっこう有名なお金持ちでね、依頼主は! 名誉とか地位とか気にするようなお人さ。……ああ。当然、あの写真の娘の親御さんだよ、僕の依頼主は。その人は警察にも行方不明者届、出してたんだけどね~。まあ、非公開で探してもらってたみたいでね。ごめんね。詳しいこと言えないけどさ。生きてるときは、僕か警察どっちでもいいけど、死んでた場合は絶対警察には見つけてもらいたくなかったという訳さ!」
どうでも良い話だけど、テンションが高い。よくしゃべる探偵だ。
「ああ。まあよかったですね」
軽く相槌をしておく。
「ああ。最高さ! ……もし、あの依頼が失敗してたらね。僕は死ぬしかなかったかもしれない」
「どんな理由で、と聞いてもいいですか?」
「うん。ある意味君は命の恩人だし、幸運の女神だよ。教えるよ、いや何も特別なことじゃあない。借金さ。ちょっとね。たちの悪いところに借りててね、どうしても払えそうにない借金があったんだ。でもね。あの依頼成功のおかげで、チャラだ。まあ、口止め料とかも含んで、お金貰ってるからチャラというよりプラスかな」
「よかったですね」
「ありがとう! それに、今後も依頼を頂けることになった。……探偵なんて儲からなくてね。いや、大手なら結構いけるんだろうけど、実は山田探偵事務所って社員が僕一人しかいなくてね。もうどうしようもない状態だった。でも、この件でお金持ちの依頼主と縁ができて、継続的に契約しているような状態さ。運転手とか荷物持ちとかの仕事をくれるんだ。月収がもらえてるんだよ。それも結構な額さ。ああ! 最高だ」
「よかったですね」
「だからね! 君にどうしてもお礼を言いたくて! ここまで来たんだ」
「でも、よく私の家わかりましたね」
そう。私はコイツに名前も、携帯電話の番号も何一つ教えていない。この前会った場所もそうだ。家の近くでも、通ってる高校の近くでもない。
___さて、前置きが長くなったが。
「うん。苦労したよ。君が着ていた制服を調べて! 学校を調べて! 校門前から君の跡をずっとつけてきたんだ! どうしても僕の幸運の女神にお礼を言いたくて! ああ。この前のお礼もしなくちゃいけない! ……どうかこれを受け取ってくれ。ああ。心配しなくてもいいよ。もらった依頼料で借金を返して、それでも残った分の半分だから!」
そういいながら、諭吉さん100人分の日本銀行券を私に押し付けてくる中年男。
___ゾッとした。
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