3月編

第2話 道路標識

 私の目の前には道路標識がある。


 3月半ば。暖かくなったり、寒くなったりを繰り返している最近。

 無性に散歩をしたくなった私は、午前2時ころに散歩に出かけた。その最中に見つけたのだ。いつも見ている道路標識を。


 道路標識。

 交通の安全のために、車の運転手とかに注意を促すもの……だろう。正式な表現はしらない。

 私の前にある道路標識は「止まれ」のヤツだ。三角で色は赤い。

 これでみんな分かってくれるはず。


 赤い標識から、黒いロープがピンと伸びている。

 ロープはすごく短い。

 それもそのはず。あんまり長くては足がついてしまう。


 ロープの先は、すこし体を揺らしている人の首に、つながっている。

 男の人だ。

 顔はわからない。なんでか知らないが、顔は隠している。黒いニット帽で。

 ニット帽を伸ばして顔全体を覆っている。

 体格からして、20歳から40歳くらい。


 帽子を外して、顔を確かめるなんてことはしない。

 私が死体を発見した時、どうするかというと……何もしない。警察に通報とかもしない。ただ見るだけ。それも他の人が気づくまでの短い間だけ。


 さて。

 これからが私の趣味の時間。


 今回は何を考えるか。いや、そもそも何を考えるかなどは考えない。

 死体を見て、直感的に気になることを考える。


 その趣味はすこし異常かもしれないが、私自身はまったく普通で面白みのない性格と考え方をしている。

 今回気になることは、

「なんでこの人道路標識にロープくくってんの?」

である。

 普通だ。私以外の誰でも考えるし、それ以外は気にならないだろう。

 ああ。それと、私の趣味は考えるだけで。推理とかではない。つまり、ミステリー小説みたいに正解かどうかなど確かめたりもしないし、気にしない。他殺体を見てもそう。誰に殺されたのだろうとか考えることもあるが、考えるだけ。犯人を捜したりしないし、警察に教えたりもしない。

 死体を観察して、考える。以上おわり、これが私の趣味である。


 さてさて。

 なんでこの人道路標識にロープくくってんの?


 私が今まで見た首つりさん。その利用率ナンバーワンの人気者は樹木さんである。2位以下を圧倒的に引き離しての一位。

 もちろん首吊り用の紐とかロープの、自分とは反対側に結ぶ方だ。どっしりとした安心感を求めると、やはりそうなるはずだ。


 まあ、高さも絶対的な基準だ。

 首吊りは、私はまだチャレンジしたことはないが……苦しいだろう。苦しさから逃げたい人が首を吊るのだ。首吊ってて苦しくなると、足がつく場所では苦しさから逃げるので普通死ねない。まあ、睡眠薬とかを併用すれば、いけるというのは聞いたことがある。


 今回の道路標識は高さ的には充分だ。死んでる人、足プラプラしてるし。どう背伸びしたって、地面には届かない。

 でもなあ。この人がぶら下がっている道路標識は、安心してぶら下がるにはすこし頼りないイメージ。いや、鉄なので強度的には問題ないかもしれないが。やはりスマートすぎる。そう一位の樹木さんほどの安心感はない。

 なんで標識かな。ああ、場所が問題なのかもしれない、と気づいた。


 この場所は目立つ。いや、田舎道なので普段は全く目立たないが、死体があるとそれはすごく目立つだろう。

 それに、この道路も深夜は2時間に1回くらい、車は通るはず。それでなくても朝になれば確実に見つかる。

 まだ、見つかっていないということは……死んだのはついさっきぐらい?


 早く発見してほしいという思いがあるのかもしれない。死んだ後の自分の体を。

 うん、それが妥当か。

 だから、わざわざ目立つ場所にしたのだ。

 そう考えると納得でき……。うーん。いや、でも。そもそもどうやって自分で首くくったんだろうこの人。

 道路標識がインパクト強すぎて気づかなかったけど、足場になるようなもの周りにないな。


 この道路標識もまっすぐなヤツだ。いや性格の話ではなくて、物理的にまっすぐで、上の方にちょこんと「止まれ」のアピールをしてある。ロープは標識の支柱とその「止まれ」の三角の間に括ってあるので、これは問題ないが。


 そもそも足場無くて、この人一人では、ロープ結んで、ブラ下がれない。

 高さ的に。


 足場となる脚立でもあれば、不思議なことはないが。


 ……この人、自殺ではないかもしれない。でも、殺人か? 


 おっと、遠くに車のライトが見える。

 今回はこれくらいか。

 見つからないうちにさっさと帰ろう。

 まあ、死体を観察して考えるという私の趣味は達成できた。趣味の結果は求めていない。ただ、今回は考える時間が思ったより少し短かったので、心残りがないといえばウソになるけど。


 もし殺人なら、今日の朝ニュースとかで話題になるはずだ。

 それを見てまた少し考えればいい。



 __朝7時。私は居間でテレビを見た。

 道路標識のニュースはしていなかった。


「お母さん。今日なんか変わったこととか。変なニュースとか、なかった?」

「何もないわよ」


 ニュースにはなっていないらしい。


 学校に行く準備をして、自転車で出発。

 通学路にあの標識はある。

 赤い止まれの標識の下には……何もなかった。

 いつもと変わらない日常。


 まあ、こんなこともある。

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