第5話 ドライブ(前半 昼の夜子)

 外車だ。外国のお高い車の助手席に、私は今座っている。


「夜子ちゃん? どうしたの? ちょっと顔色悪いよ」

 運転席の男は爽やかなイケメンボイスで私に話しかけてくる。

 ああ。これがヘボ探偵ならどれだけよかったか。いや、よくはないけど。


 運転席の男は私の高校にいる朝野翔太君のお兄さんだ。県外の大学生だが、今は春休みで実家に帰省しているらしい。


 __どうしてこんなことになったか? それは今から1時間程遡る。


 私はいつも通りフラフラと散歩していた。

 今日の散歩は自転車を使わず、文字通り歩くだけである。

 天気はいい。風も少なく、歩いているだけで軽く汗が出てくる陽気。

 歩きだから、行動範囲は限られてくるがそんなことは気にしない。気の赴くまま移動するだけだ。


 家から30分程度歩いたとき、1軒の家の前まで来た。

 でっかい家だ。ああ、2階建てだからそう感じるのかもしれない。

 このあたりは田舎だから平屋が多い。まあ、田舎の家の敷地は広いから平屋でもだいぶ余裕がある作りにできるが、それにしても私の前の家はでかい。

 田舎の敷地をさらに広げて、ここいらの平屋を2段重ねにしたような感じ。

 うん。この家の人は…………お金持ってますねえ。私の偽らざる感想だ。


 庭も当然広い、芝生が茂っているが丁寧に管理されていて見栄えはよい。

 立派な車庫もあるな、車庫の中にはちょうど外国の車が1台。頭をこっちに向けて駐車されてる。車庫のスペースはまだまだあって、最大5台くらいは入りそうだ。


 私は外車が気になった。薄い青色の車で、よくコマーシャルで見る外国の有名メーカーの車だ。マークが星形みたいなやつ。

 ピカピカの車体になぜか引き寄せられる。

 家の門は空いていたので、フラフラと車庫の前まで歩いていく。

 お高い車はやっぱり高い感じがするなー。高級感が染み出てるよ。うんうん。


 車庫の中に入って、車をジロジロ見渡していると、……うん?

 ……車のトランクが開いている、これは……不用心ですね。


 私がいろいろ堪能していると、

「……ええと。誰だい君は」

 庭の方から声をかけられた。


 __バタン

「わっわ!」

 突然の事で変な声が出てしまった。


「……こんにちは。あの、すみません。勝手に入ってしまって」

「うん? いやだめだよ人の家に勝手に入っちゃ」

「……ごめんなさい」


 声をかけてきたのは20前後の男の人。ここいら辺ではあまり見かけない金髪で、自分の家だというのに身なりはキチンとしている。背もスラッとしていて、活動的な印象だ。


「えーと。もしかして、翔太のクラスメイト? あいつの彼女かな?」


 うん? 翔太? ああ、同じ高校の一年生でそんな名前の男の子いたな! サッカーしてて女子に人気がある。確か朝野翔太君だ。よく見ると、目の前の人は翔太君の面影がある。お兄さんかもしれない。


「あ。いえ、彼女とかではなくて。……友達というか、えと。私は浅上夜子っていいます。翔太君のお兄さんですか?」


「ああ。そうだよ。春一ってんだ、俺。翔太はね、今日は確か、市内の方へ行ってるなあ。サッカーの練習試合だってさ。知らなかった?」


「ごめんなさい。知らなかったです。えーと、……今日家で会う約束をしてたんですけど」

 私は咄嗟にウソを言った。


「ふーん。そうなんだ。じゃあさ、せっかくだから送ってあげるよ」

「え? 送る?」

「だから、翔太に会う約束してたんだろ? 今市内にいると思うからさ、そこまで送っててやるよ」

「ええ。悪いですよ、そんな」

 ヤバい、ヤバい。実際に翔太君に会ったらウソがバレてしまう。うう。早く帰りたい。


「遠慮すんなって」

 そう言いながら翔太君のお兄さんは車に乗り込むとエンジンをかける。


 __ウイーン。

 助手席のドアガラスが下がる。


「ほら。乗って乗って」

 翔太君のお兄さんが車内から誘ってきた。

 断れる雰囲気じゃあない。仕方なく私は助手席のドアを開けた。


 __そんな訳でドライブ中。

 ……自業自得かな?

 出発してからもう1時間。1時間移動しただけで、景色はだいぶ変わった。田舎から都会へと。それにもう昼過ぎ。


「確か翔太は……ああ。そうだ、南校で試合やってるはずだよ」

「……そうですかぁ」

「どうしたの? 顔色悪いよ。車に酔っちゃたかな?」

「いえ。お兄さん……やっぱり、南校へは行きたくないです。……ええと、翔太君は約束忘れてたみたいですし、それにほら。他にも応援に行ってる女の子もいるだろうから、ちょっと行きにくいというか。……ですからもう帰りませんか」


「ふーん。そう。……じゃあさ! せっかくここまで来たんだ、どっかお店寄っていこうよ」

 イイコト思いついた、みたいな感じで提案してくる翔太君のお兄さん。


「……え」

「こっちが誘ってるんだ。おごるよ。遠慮しないで、遠慮しないで。俺さ。こう見えて結構、お金には余裕あるから。うちの親ね、医者なの知ってるでしょ。それに俺自身も最近ちょっと株で儲けちゃってさ。ああ! ごめんごめん、自慢話なんて面白くないよな。まあ、遠慮しないでってことを言いたかったんだ」


「いえ。そんな、悪いで……」

「大丈夫だって! 君にこんなこと言うと悪いかもしれないけど、さ。俺自身がおごりたいんだ。それに夜子ちゃんと少しでも一緒にいれるんだ。安いもんだよ。はは」


「いやでも」

「心配しないで。変な店に行こうってんじゃない。ほら、この先にショッピングモールあるだろ。いや~実家の周辺は田舎でさあ。夜子ちゃんみたいな可愛い子は買い物する場所も苦労するんじゃない? せっかくここまで来たんだ。服とかいろいろ見てまわろう! 疲れたら、喫茶店でお茶してもいいしね。ああ、それにもうお昼じゃないか。お腹減ってるだろ? 何か食べようよ!」


「……そうですか」

「うん。行こう行こう」

 まあ、確かに家の近所であんまり服なんて買わないし、食事もおごってくれるって言うなら。


 __翔太君のお兄さんの強い勧めに負けて、市内のショッピングモールまでやってきた。


「じゃあ。まずは食事かな、この中ではこのハンバーグ屋が美味しいよ」

「そうですか」


「……うん? ハンバーグは嫌いかな?」

「いえ、大好きです」

「そう良かった、ああ、他にもおいしい店いろいろ知ってるから、もしよかったら、ディナーもどうだい。ショッピングモールじゃあなくてさ、ちゃんとしたイタリアンな店だよ。そこの店長とは知り合いでね。いろいろ融通もきくし、なにより食事は最高においしいよ」


「……いえ、あまり遅くなると母さん心配するし」

「……そうかい」

 翔太君のお兄さんおすすめのハンバーク屋で、照り焼きハンバーグを注文する。食事中も、結構話しかけてくるのがうっとおしい。


 __適当に無視しつつハンバーグをむしゃむしゃ。……ごちそうさまでした。


「夜子ちゃん! 次はこのお店はどうかな。最近季節の変わり目で新しい服とか欲しくない? お! これなんか夜子ちゃんによく似合うな」


__洋服屋で春用の服を4着ゲット。……次は


「あれ? 夜子ちゃんジュエリーショップなんか興味あるんだ、いやいや。ごめんな。やっぱり女の子だなあ。宝石とか興味あるんだね。いや俺はさ、やっぱり男だから宝石とかはよくわからないんだ。すまん。……まあ、でも夜子ちゃんの好きなやつ買ってあげるよ。何かどうだい?」


 私は無言で気に入ったダイヤのネックレスと、指輪、時計を指さしていった。全部ガラスケースに入ってるやつだ。


「……ええと。夜子ちゃん? そ、それが。い、いや指差したの全部欲しいの?」

 私は翔太君のお兄さんの目を見て、頷いてやる。ついでに品物を間違えないようにもう一度指差してあげた。


「………………ええと、店員さん? 全部でいくら?」

 翔太君のお兄さんは近くにいた、綺麗な女性の店員さんに声をかける。


「はい。……640万円になりますね」

 店員さんも、なぜか気の毒そうな顔で返事する。


「……ええと。よ、夜子ちゃん? 640万円だって」

「お兄さんに買って欲しいです」

 ぶっこんでみた。さて。翔太君のお兄さんの懐具合はどうだろう。


「……………………て、店員さん? カードでいいですか?」


「え? い、いえ。すみません。カードでも構いませんが。……ええと大丈夫ですか? ……ああ。いえ、失礼しました! お買い上げありがとうございます! ……先にお支払いをいただいてもかまいませんか?」

 不思議なことに店員さんも狼狽えているようだ。何かあったかな?


「……ええ。気遣いありがとう。これ。カードです」

「…………どうもありがとうございました。確認できました。今商品をご用意いたします。少々お待ちください」

 店員さんが買った商品を丁寧に梱包してくれる。

 ……うーん。時計も高い奴になると保証書とかが付くのだなあ。勉強になるなあ。


 __ジュエリーショップで宝石とネックレスと時計ゲット。


「い、いやあ。いろいろ買い物したねえ。…………ああ。いつの間にか暗くなってきたなあ。夜子ちゃんと一緒だと、時間が経つのも早いなあ。ははははは!」

「そうですね。じゃあ、そろそろ帰りましょうか?」

 希望どおり、私にいろいろ貢げて翔太君のお兄さんも満足しただろう。私もさっさと家に帰りたい。


「……うん。ああ。ごめんごめん。……家に帰るころにはもう、真っ暗だね。思ったよりも長いこと連れまわしちゃったみたいだ。はは。これは親御さんに一言謝っておかないといけないかな?」

「いえ、その必要はありません。それに家まで送ってもらわなくてもいいですよ? ええと、うちの親、ちょっと厳しくて。男の人に車で送り届けてもらったなんて知られたら、きっと怒られちゃいます」


「……そうか。じゃあ、君の家の近くまで送るよ」

「ありがとうございます」


__もうすぐ夜。今日のドライブもそろそろ、お終い。

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