投球
星河に背負われている間に、老師は質問していた。
いつ投げるのか。
どこで投げるのか。
なぜ投げるのかを訊いた時は、「僕がイケメンであるためさ」という答えが返ってきた。
青年の背中で、老人は「面白い男じゃ」と満足そうに笑っていた。
老師が案内した先は、豪邸内に設けられた投球練習場。
そこには、Tシャツと短パンというスポーティーな服装の女性がいた。長身とポニテと巨乳が特徴の美女である。
ただ痩せているのではなく、筋肉によってベストなスタイルを維持しているのだろう。ぷにぷにしがちな二の腕も、すっきりしている。
「孫のユウじゃ」
「よろしく頼むぜ、お兄さん」
ユウが左手のキャッチャーミットを掲げる。星河が階段を上る間に、老師がケータイで呼んでおいたのだ。
「いや~、テレビでもイケメンだけどさ。生で見ると、さらにイケメンだな」
「ありがとう、お嬢さん」
イケメンなポーズをする星河。
イケメンじゃない男がやると「は? 何やってんですか?」と言いたくなるポーズだが、星河がやると「きゃー! かっこいー!」と言いたくなるポーズである。
ユウの口からは「すっげーイケメン……!」という呟きが漏れていた。
老師の口からは「何というハンサム……!」という呟きが漏れていた。
「そんじゃ、お兄さん。オレが相手してやっから、キャッチボールしようぜ」
放られたグローブを、青年は華麗なターンを披露しながらキャッチした。左手に装着した後、やたらとイケメンなポーズ。
「さっすが、イケメン。やるじゃん」
今度はボールを放り、キャッチボールを開始。
ただボールを投げる姿さえ、星河は絵になる男であった。
徐々に距離を取って肩を温め、やがて、星河がマウンドの上に。ユウを立たせた状態で何球か投げる。
「そろそろ良い頃合いじゃろう」
老師が言うと、ユウがしゃがむ。
ミットを構えた。
「よっしゃ。お兄さんの球、オレに見せてくれよ」←下ネタじゃないよ?
「ユウちゃん、防具は?」
ユウは、マスクもプロテクターも装着していない。
「ミットだけで十分だろ」
「お主の球、見せて貰うぞ」←下ネタじゃありませんよ?
星河が振りかぶる。
振りかぶっても、球速や球威が増すわけではない。それでも、星河は振りかぶった。なぜなら、そっちの方がイケメンだからである。
右のオーバーハンドから放たれた直球が、ホームベース上を通過し、ミットの中に収まった。
(思ったよりも速いな)
しゃがんだまま、ユウがボールを投げ返す。
何球かボールを受けた後、ユウが立ち上がった。
「お兄さん。これだけのボールを投げられるのに、こんな山の中に何の用だ?」
「決まっているだろう? 最高のボールを投げるために、だよ」
「今のじゃダメなのかよ」
「ファンは、僕が投げる最高の1球を求めているはずだ。僕自身、その1球を求めている」
「ふーん……」
ユウの視線が祖父に向いた。
「その若者は、只のハンサムではないのじゃよ」
「イケメンは、生き様がイケメンじゃないとね」
「……男ってのは、難儀な生き物なんだな」
「孫よ。もう何球か、受けてやってくれ」
「わーったよ」
「儂も、ここで見せて貰うとしよう」
バットを持った老師が、右のバッターボックスに。構えは神主打法だった。
マウンドの星河は、老人が放つ気迫を肌で感じ取った。
「これが、老師か……!」
「安心せい、若いの。打ち返しはしない。儂は立っとるのみじゃ。それとも、この老いぼれ如きに臆したか?」
「……そんな事、あるはずがないだろう? 僕は、イケメンだからね──!」
星河の投球をバッターボックスから見た老師は、投球フォームの変更を提案した。
星河のフォームは、オーバースローからスリークオーター(上からではなく斜めから投げるフォーム)に変わった。
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