人海戦術に勝るものなし。ただし費用対効果は(ry

 それからというもの、私たちは放課後手分けしてそれぞれの知人に当たっていくことになった。

 と言っても私にはその知人さえまだいないので、金魚の糞の如く岡崎についていく。

 彼曰く

「当事者がいたほうがせつめいも楽だし」

 とのこと。

 とにもかくにも、放課後や昼休みだったりを利用して着実に噂の消火活動していった。


 そう、既に過去形なのである。

 あれからおよそ一週間を費やしつつ私たち、もとい岡崎と清水の二人は知人友人に声をかけまくり、ようやく根も葉もない噂の類は消えつつあった。

 ちなみに、清水は本当に二、三人に声をかけたあたりで合流したのでほぼ岡崎の人脈によるものだと断言できる。

 岡崎様様だ。

 さて、それじゃ今は何時何処で何をしているのかと言うと…。


「あー、やっぱり我が家は落ち着くねぇ」

 そんな独り言をつぶやきながら、一人アパートで休日の朝をのんべんだらりと過ごしていた。

 やはり誰にも邪魔されない休暇と言うのは何物にも代えがたい。たとえそれが仲のいい友人だとしても、侵入を許さざれないパーソナルスペースと言うものは必要だろう。

 いつかは家に招き入れてどんちゃん騒ぎをしてみたい…というのも思い至ったが、アパートだから騒ぐのは難しいだろうなぁ。

 今日一日は寝て過ごすというのも…


 そんな時だ、勢いよく扉をたたかれたのは。

 まどろみに落ちかけていた意識は急激に覚醒する。

 はて、まだ引っ越して誰にもこの場所を教えてなかったはずだが、何か届け物だろうか。

 体を起こして、のそのそと玄関先で待つであろう客人の姿を確認する。

 一先ずドア越しにその顔をうかがうと、そこにはこの学校に来てから初めての友人である岡崎の姿が。

 若干訝しみながらもドアを開け放ち歓待することに。


「よーっす黒河。お前ひとり暮らしだったのかよ」

「ん、まぁちょっと立て込んでるんだ…そんなことよりなんでここに来たんだ?場所だって言ってなかったのに」

「住所は学校で調べた。で、まぁ理由なんだが一寸手伝ってほしいことがあるわけ」

「手伝ってほしいこと?前回のこともあるし出来ることなら」

「よっしゃ!じゃ一寸俺ん家までついてきてくれや」

「あ、ああ戸締りしてくるから外で待っててくれ」

 そう言って玄関先に出てもらい、出掛けのの準備を済ませる。

 まだ荷物が少ないおかげで、時間がかからなかったのが幸いしてそれからすぐに出発となった。

 時間が押しているのか岡崎宅までは駆け足で向かうことに、道中何をやるのか聞いてみても「行けば分かる」の一点張り。さすがに少し不安にもなる

 と言ってもやることと言えば、荷物持ちくらいだろう





 そう思っていた時期が、私にもありました。




 手に持つは片手にトレーとメモ用紙

「…え?」

 そして身に着けるは小洒落たエプロン。

 そんな私の前で笑顔を向ける岡崎親子(母)。

「あらあら、なかなか似合うわねぇ…」

「馬子にも衣裳って感じだけどな!ま、今回はよろしく頼むわ」

「…は?」


 そのまま颯爽と立ち去ろうとする岡崎(子)、それを手馴れた動きで静止に入る。

 いや、その前にこの状況を説明…


「ああ、そういや業務内容言ってなかったな。お客さんから注文聞いて運ぶだけでいいから」

「え、ウェイトレス?」

「あら、ハイカラな名前ねぇ。」

「母ちゃん、それが普通だから…ま、ともかくそれであってるよ。そんなに難しいことはさせるつもりないから」

 そういって、岡崎(子)は安心させるように背中を軽く叩く、しかしそうじゃない、そうじゃないんだ。

「あ、あの。できれば他の仕事がいいなぁ…なんて」

「えッでも、ずぶの素人でもできそうな奴ってこれぐらいしか」

「いやそもそもずぶの素人に家業しかも接客やらせようとか正気の沙汰か!?」

「割と普通じゃね?バイトの子とか初めてのほうが多いし」

「…うん。自分で言っといてなんだけど、ないわー。じゃなくてだな-」

 と、ここまで来て言葉にするのをためらう。

 あまり人付き合いが得意ではない、そういうだけでいいのだがそのままストレートに言うものなのだろうか。

 いやでもあまりいい印象は持たれないだろうしなら少しふんわりした表現で…どういえばいいんだ。

 

「-いろんな人と話すのが苦手なら、無理なら別にやらなくてもいいんだからね?」

 少し怪しまれてもおかしくないくらい無言が続いたのち、岡崎の母さんから助け舟が出された。

「…スイマセン、他のことでしたらよろこんで手伝わせてもらうんですが」

「いいのいいのどうせこの馬鹿が何も考えずにつれてきただけだから。」

「え、俺?俺のせいなのか?」

「岡崎…面倒だから陽彩でいいか。ともかく陽彩は悪くない、わがまま言ってるのはこっちなんだし。」

「ま、無理にやらせても効率わるいからな、しかしどうすっかなぁ」

「そんなに状況わるいのか?」

 いまこの喫茶店にいるのは私と岡崎親子の三人のみ、正直二人で回せるのか疑問に思っていたところだ。よほど人が来ない限りは大丈夫かもしれないが。

 すると陽彩は短くうめき声のように「あ゛~」と唸り、代わりに岡崎(母)が答えた。


「昨日突然バイトの子が止めちゃってねぇ、もう一人いるにはいるんだけど一寸出れなくて、流石に二人じゃ首が回らなくてね。」

「…あのやっぱり手伝わせて」

「だからいいのよ、正直客商売だからあまりおどおどされても困るし」

 それを言われるとなかなか堪える。

 今度はそこに陽彩が割って入ってきた。

「そういえば黒河、料理はできるのか?」

「え、一応人並みには」

「じゃぁ一寸作ってみろよ、厨房貸してやるからさ」

「え、なんでそんなことする必要が-」

「朝飯前に呼びに行ったから何も食ってねぇんだよ、だから軽いものでもいいから作ってくれ」

「それぐらいなら別にかまわないけど、あ、スイマセン少し使わせてもらいますね。」

「ええ、…そうね。じゃぁ私の分も頼めるかしら。」

 そして岡崎(母)は使っていい材料と、それが保管されている冷蔵庫他調理機材などが置かれている場所を教え、

「「よろしくー」」

 と間の抜けた声で親子そろって私を見送ったのだった、なのでこちらも気負いなく厨房に立たせてもらうことにした。


 仮にも料理を扱う店で簡単に厨房を貸し出すのはどうかと思うが、それだけ信用されているのかもしれない。

 そう思うと俄然やる気と言うものが湧いてくる。

 簡単なものでいい、とは言われたがどうせなら限られたものでいい結果を出したい。それが彼らに出来るせめてもの支援だと思ってのことだ。

 そんなこんなでやる気と実力が珍しくマッチして個人的にも気に入った仕上がりになった料理を二人の前へと出すことになるのだが、それが激動の一日の始まり成るとはこの時考えもしなかったのである。






「お、なかなかうまいじゃん。母ちゃんが作るモノよりは味は落ちるけど」

「本職の人と比べられたら流石にな、まぁお気に召したようで何より。」

 そんな軽口を陽彩と叩いている間にも、岡崎(母)は黙々と料理を咀嚼しながら向かい合っていた。

 それからしばらくして、彼女は私のほうを向いてこう返した。

「-うん、合格。今日一日厨房で働いてくれないかしら?」

「…はい?」



「ナポリタンとサンドイッチセット追加、後-」

「あーもう目が回るぅ!」

「口を利く暇があるなら手を動かしなさい!」

 ひょっこりと厨房に顔を出し注文内容を言うとすぐに引っ込みまた新たな注文を聞きに行っている。

 その注文を私と岡崎(母)の二人で一つずつ消化していくのだが、私が一つにあくせくしている一方で彼女はてきぱきとこなし私が一つこなすごとに二つ調理を終えてしまっていた。ここら辺は経験と実力の差だろうか、別に競う気はないのだけど。

 なぜこうなったのかと言うと、如何やら私の料理に岡崎さんの琴線に触れるものがあったらしく、それゆえに接客の代わりとして厨房を任されることに相成ったわけである。

 辞めてしまったスタッフが接客と厨房の両方を任されていたらしく、両方の人出が足りなくなっていたそうなのだ。

 なので料理ができるのなら是が非でも手伝ってほしいと頼まれた私は、こんな自分でも役に立てるならと快く承諾したのである。


 優越感と、多少の奉仕精神からのモノであったが、そのやわな気持ちは開店一時間後で消え去る。

 何故かと言われれば、存外に来客数が多かったからと言う単純な理由であった。

 特に昼時になるとどこから湧いてきたのかと言うほどわらわらと人が押し寄せてくる。

 この数を普段は三、四人でさばいてきたのかと思うと素直にすごいと思う。と言うか、今一人で接客に勤しむ陽彩が心配だ。あまりの仕事量に目が回っていないだろうか。

 そう思い、作業の合間に様子をうかがうと、そこには確かに忙しそうに動き回っている陽彩の姿が垣間見れた。

 しかしその顔に疲れを出すことはなく、笑顔で様々な客と話をしている。合間に訪れた女子と無駄話をするくらいにはまだ余裕があるようだった。

 それだけみて問題ないと判断し、私もいっそう調理に励むことにする。



「つ、疲れた…」

「お疲れさま。おかげで何とか持たせられたわ。」

 あらかた客がはけた頃、太陽は少し傾き始めていた。

 客がいなければ、必然的に仕事量も減っていく。

 私が暇を出されたのもその時間帯からだ。

 といっても繁忙期にはいる前まで、日が沈みかける頃にもう一仕事あるらしいのだが、今度は大丈夫だろうか。

 聞いた限りでは昼の忙しさに比べれば、まだましといったところらしい。とはいえ初めての、慣れないアルバイトだったため疲労の蓄積具合もなかなかのものである。少し安請け合いしすぎたかもしれない。

 素直にありがたく休憩をもらうことにしたのだが、いかんせん暇の潰し方がワカラナイ。家に帰れば読みかけの本がいくつか存在するもののわざわざ帰って持ってくるのも億劫だ。

 ではどうするかと頭を悩ませていると、陽彩こちらに向かって呼びかけてきた。

「おーい、これから飯食いに行かねぇか?」

「え?さっき軽くだけど作ったじゃん」

「あれはあれでうまかったがいかんせん量がたりなかったんだよ。さっきの激務で使い切っちまったよ」

「そもそもお母さんに作ってもらえばいいんじゃ、今なら客も少ないし」

「バッカお前、うちの料理なんて食い飽きてるんだよ。どうせ出るのはまかない料理だろうしな。今は外でがっつり食いたい気分なの」

「そういうものかなぁ…。」

 一個人の考えとしては家で家族一緒に食べるご飯のほうがより一層美味しく感じられるのではないかと思うが、それもいま自分一人で過ごしているというのも一つのスパイスになっているのかもしれない。

 どちらにせよ他人の思慮を予測できるほど対人経験がないわけで、どうでもいいかと思考を切り上げ、陽彩の案に乗っかることにした。

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