一方的で識別不明の感情って不気味なものがある

「う…その、悪かったわね。」

「もとはと言えばこっちにも責任はあるし…」

 一発イイのを食らった後、多少気はすんだのか、しおらしい態度で謝る清水、と言ってもこれに関しては私にも非があるのでこちらからも謝りなおすことに。

 互いに非を詫びる奇妙な光景に水を差したのは、この場にいるもうひとり、岡崎だ。


「はいはい、これ以上昔の出来事穿り返しても不毛なだけだっつーの。それよりこれからの話をしようぜ?」

「「これから?」」

「そうだ。噂の件だって清水さんにも被害が出ているわけだし、なら一緒に対策考えたほうがいいだろ?」

「いや、さっき経過観察が一番って言ってなかったかおまえ。」

「それはそれ、これはこれってな。当事者全員そろってるんならやれることは増えるだろ?ね、どうかな清水さん」

「そうね…裏でこそこそされるのもあんまり好きじゃないし、協力させてくれるかしら。」

「おっし、よろしく清水さん。あ、ついでにメルアド交換とか…。」


 岡崎は噂の対処に関しての協力を仰ぎつつちゃっかりと連絡先の交換を申し出る。

 もちろん清水は当初そこまでする意味はないと断っていたが、連絡先を知っておくことについての利便性を簡潔にのべたうえでそれとなく情に訴えかけることで、ついお互いの連絡先の交換にまで持ち込んだ。

 その鮮やかな手並みは思わず感嘆してしまうほどだ、あれが効率よく交友関係を築く手法か…

 

 そしてなし崩し的に私とも連絡先交換をしてくれたのは僥倖ともいえた。これで携帯には二人目の連絡先が追加されたことになる。


 テレレテッテテーン♪

-黒河は清水明澄夏あすかのメルアド&電話番号を手に入れた!-

 今のうちにショートカットにいれておこう。


 嬉しさ余って顔に出てしまい、二人に少し引かれてしまうがそれはまた別の話。


「でもさぁ、いったいどうする気なんだよ。」

「そうさな、やっぱり-」

 と、そこで五分前の予鈴の鐘が鳴りいったん話が中断してしまった。

 仕方ないので続きはまた今度、まとまった時間の取れる昼休みにでもというところでみんな授業の準備に取り掛かった。


 今回は痛い思いはしたけど実に有意義だった、そう振り返りつつ私も机の上に教材を放ると、その反動で消しゴムが私のうしろに転がり落ちてしまった。

 面倒ではあったがあれがないと勉強に差支えがでる、そのままの体勢ではどうしても届かないので身をひねり屈ませることとで距離を詰める。

 それでもわずかに足りないのか、今度は思いっきり手を伸ばすことでようやく消しゴムに手が届いた。

 いや、だからと言って何があるわけでもないけど、このギリギリのところで届いたときにわずかな充足感くらいは感じてもいいだろう?


 どこそこに向かったわけではない言い訳を心の中で呟きつつ、体勢を直しながら視線を上にあげていく、すると当たり前ではあるがその視線の先に泉の姿があって-


「-え」


 笑っていた、普段の仏頂面から想像できないほどの綺麗な笑顔だ。

 しかもそれが私に向いている、気がした。

 なぜそんなにあいまいな表現なのかと言うと、一瞬逆光に目がくらみ視界が回復した時にはいつもの無表情に戻っていたから。


「…なに?」

「-い、いやなんでもない!」


 ただでさえ先程の光景が不意打ちになって気が動転していたところに、とどめと言わんばかりに声をかけられてしまえば小心者としては慌ててそう返し目を逸らさざるを得ない。

 そもそもこうして見ることも、口をきくこともする気はなかったのだが、幸か不幸かそれ以上話が発展することはなかった。


 正直、言いがかりをつけられて絡まれることが無くてよかった、と言うのが本音だ。

 先生には気にかけてやってくれと言われても、学校一の問題児とどう接すればいいのか分からない、それに私は夢物語の主人公になりえない、逃げてきた私には。

 だから周りに流されることも是とするし、上手く流されていくこともこの世界では一つの器用な生き方だと知っていた。

 

 今回の私みたいに、彼女に対する噂のいくつかがデマである可能性もあるかもしれない。

 でも実害は出ているみたいだし、実質私も被害に遭った。それも踏まえてこの件は関わらない事にする。

 それでいいじゃないか。


 そう自分に言い聞かせて後は無心に授業が始まるのを待つことにした。

 ただ、先程の笑顔がどうしても忘れることが出来なくて、それが私に罪悪感やら忘れていたいものやらを呼び覚ましていく。

 結局この後の授業も気分が優れず、その内容はちっとも耳に入ってこなかった。




「おーい、大丈夫か黒河?顔が真っ青だぞ」

「大丈夫だ…問題ない。」

「いやそれフラグだから、どうしたのよ?二限目始まるまではあんなに元気だったのに」

「いや、一寸古傷がうずいて…」


 あれから数時間、昼時の休み時間まで時は移り変わる。

 それだけ時間を要しても、未だに引きずってしまうのはきっと自分が弱いから。

 友人との会話で少しずつ回復に向かっているが、そのうちそんな思いもよぎる事がなくなる…はず。

 

「本当に大丈夫?もしかしてさっき殴ったのが変なところに入ったっとか…」

「ちがうちがう、一寸した気疲れだから。それよりこれから大事な話するんだろ?」

「別に大事ってわけじゃないけどな。まぁ本人が聞きたいってんならその意志を尊重しようじゃんか。」

 岡崎は話の切り替わりを知らせるようにパン、と手を叩く。

 それから間もなくして本題に移ることになった。


「一限後の休み時間に言ったこと覚えている奴―挙手。」

「なんで手を挙げる必要があるんですかね…」

「そこは雰囲気ってもんだよ、察しろ黒河。」

「えっと、当事者全員がいるんだからできることだって増えるはず…だったかしら?」

「そうそれ、三人寄れば文殊の知恵ってね。二人の時よりも効果的な策が思いつくはず!」

 策ってなんだ策って。そんな大それたものじゃないしお前は群雄割拠の名軍氏気取りか。

 もちろんそんなことは心の奥底で思うだけで口に出すことはない。話の腰を折るわざわざ折るほどでもないし、…それにちょっと億劫だ。

 だから真面目に考えてみることにした、したのだが…。


「正直、手づまりって程じゃないけどやれることも変わらないんじゃないかな…?」

「そうよね、あとは友達に事情を話して回るってのが最善だと思うのだけど…」

 そこで口をつぐみ私と岡崎を交互に見渡す、そして私のほうを見ておもむろにため息を吐いてみせた。

「な、なんだよ。」

「いや、他に友達いなさそうね…とか思ってないわよ?」

「友達いなくて悪かったな!そういうあんたも見たことないぞ!?」

「なんですってぇ!私にだって一人や二人いるわよ!」

 存外にすくな…いやそれが当たり前なのか?一寸私には分からなかった。


「まぁ、俺もそんなにいないからなぁ。やれるだけやってみるけど。」

「あれ、岡崎もなのか。意外だな」

「あのなぁ、まだ一年の秋だってのもあるけど、何より多けりゃいいってもんじゃないだろ?そりゃ知り合い程度の仲なら腐るほどいるがな。」

 そういうものなのだろうか、本人がそれで満足しているからそこまで深く掘り下げる気はないが、やはり私は多いほうが何かと融通が利くような気がする。

 と、それよりも。


「いやまて、ぶっちゃけ知り合い程度でも構わないんじゃないかな?知ってもらうだけでいいんだし」

「…!」

 そんな『その発想はなかった』なんて顔向けられても。

 ともかく、此の手段なら早い段階で沈静化できるはずだ。これでようやくひと段落か…幾分かすっきりしたのでついでに体の中もリフレッシュしようとお茶を啜る。

 そんなときである、清水がこんなことを言い出した。


「ところでさ、黒河と泉って…ただならぬ仲ってのは本当なの?」

 あまりにも唐突な不意打ちに、口に含んでいた緑の液体を岡崎の頭にスプラッシュ!

「ギャァぁァア!!」

 ついでに気管に水が入ってしまい、勢いよく咽る。

 その傍らで岡崎はこの惨状に奇声をあげていた、まさに水も滴るイイ男…じゃない!

「うわぁゴメン!ティッシュティッシュ。」

「まさかこんな古典的な驚き方するとは思わなかったぜ…あ、俺の今日の昼飯が…」

「ホントスマン!僕の惣菜パン全部上げるから…てそれよりも先に顔拭かないと」

 ティッシュは見つからなかったが、ポケットにハンカチが入っていたのでそれで顔を拭き取ろうとする。

 すると岡崎は素早くハンカチを持つ手を止めた。

「まて、その気持ちは嬉しいがそれ以上いけない。」

「何言ってんのさ、こんなことで風邪ひきたくないだろ?ほら-」

「ああもう!自分でやるっつってんだよそれ貸せ!」

 そう言って、無理やりハンカチをぶんどると乱暴な所作で顔を拭き取り、荒々しく突き返した。

「僕が悪いんだからそこまで遠慮しなくても」

「お前、本気で言ってんのか?」

「?」

「いや、いい。気にすんな」

 そんな疲れた顔で言われても余計に気になるのだが、まぁいいか。

 どこかで「チッ」と音が鳴った気がして周りを見ても何の変化もない…なんだったのだろうか。


「で、話は戻すのだけど。あなたと泉ってどこかであったりとかはないの?」

 この騒動の原因は、先程の流れを無視して話を進めてくる。

 岡崎もこの話に興味があるのか清水に同意するように私の答えをせがんでくる。

 と言っても彼らにアッと言わせることが出来る真相など持ち合わせてはないのだ。

「あのさ…つい最近までここから何時間もかかる東京の一地区に住んでたんだよ?どこかで会う要素なんて無いに決まってるじゃん。」

 まだ神田とか池袋周辺の地区ならまだしも東京と言ってもその端の方に棲んでいるのだ。有名な土地でばったりと言うことは、まず私にはありえない話だ。

「いや、でもさぁ街中でばったりていうのもありそうじゃん」

「わるいけど、あんまり外出しなかったから…そう、インドア派ってやつだね。」

「あー、確かにそんな感じがするわ、あんた。」

「家でゲームや漫画よりハードカバーの本熟読してそうな雰囲気あるよな」

 半ば当たっていたりする。外に出るのが億劫だったという理由があるのだが、そこまで言う必要はないだろう。

 適当に笑って返すと、清水はまた不思議なことを口にした。

「その割にはあなたのことずぅっと見つめるときがあったりとか、明らかになにかありそうなのよね…」

「何それ怖い」

 訂正しよう。不思議、ではなく不気味な発言だった。

 時折感じる視線は清水のモノだけではなかったのか、出来ればそのまま伏せていてくれると精神衛生的に助かったのに。


 仮にもクラスメイトの女子に其の言い草はどうかと思うが、しかしだ。

 一目惚れ的なあれだったら万々歳…いやどうだろう、相手が不良一歩手前の超問題児、騒動の予感しかない。

 しかし、しかしである。

 いきなり突き飛ばしたかと思うと、謝りもせず席に着いたことからその線は限りなく薄い、と言うことは別のいみで目を付けられているということで…

 あ、急に腹が痛くなってきた。

「す、少なくとも、泉とは昔になんの接点もないし、そういった間柄でもないのは確実だから、根も葉もない噂だから…!」

「え、ええ。分かったから肩に手をかけてすごむのは止めなさい」

 いつの間にか両の手でガッシと清水の肩を掴んでいたらしく慌てて離した。

 少し怖がらせてしまったようだ。

 反省しなければ。


「まぁ、やることも決まったわけだしそれじゃ行動開始しますか!」

「いや、もう昼休みの時間残ってないから」

「行動に移すとしたら、次は放課後ね」

 俄然やる気を出す岡崎とそれを窘める私、そして清水はさっさと片づけを始めている。

 実に締まりのない、点でバラバラな三人だったがそれも悪くないなと思った今日この頃である。

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