二つ名って大体笑いのタネにしかならない
一先ず、授業の合間にこれからのことを整理しようと思う。
幸いこの学校の水準は以前のモノより下がっているから、少し話を聴き飛ばしても問題ないだろうし。
まずは担任から頼みごとについてだが-
ちらっと誰にもばれないように後ろを見る。
授業に集中してない私が言うのもなんだが、完全に上の空といった感じで窓の外を眺める美少女がそこにはいた。
ぶっちゃけ件の泉さんなのだが、本当に何もしていなければ絵になるくらいの美少女だ。
しかし現実は非情なものでそんな彼女はこの学校きっての問題児であるらしい、二重の意味で直視できない。
そんな彼女のことを、担任はなぜかまだ転校して日の浅い私に任せようというのが今回の頼み事だ。
これに関しては担任からも保留でいいと言われているし、何より何度も言うがあまり関わりたくない。
ただでさえまだ日が浅くて味方も少なくて心細いというのもある、此処で孤立することも考えてあえて助けに入ろうというのは、私の(不名誉な)渾名にあるような勇者と呼ばれる奴らくらいだ。…だからこそこんな渾名がついてしまった遠因でもあるのだけど。
目下考えなければならないのはその渾名のについての対処、特に負の意味合いの消去だ。
この渾名の直接的な原因は、何を隠そう転校初日に突き飛ばされて清水さんに倒れ掛かってしまったことにある。
その倒れた原因も泉さんに余計なちょっかいをかけてしまったからと言う、岡崎の言葉を借りるならまさしくプレイボーイ的展開。
このことから、男子からは転校早々美少女(しかも最狂難易度)に唾をかけた勇気のある男だと、笑いと尊敬の的になり。
逆に女子からは、女性に手を出したあげくつっかえされ、別の女性を巻き込みしかも巻き込んだ女生徒にセクハラまがいのことをした変態(ほぼ誤解)と蔑まれる羽目になったのだ。
…いったいどうしてこうなった。
やったね修ちゃん、校内の話題総取りだよ!
…全然うれしくねぇ。
ともかくどうにかするならまずこちらが優先だ。
と言っても、言いたい何をやればいいのだろうか、仮に噂の根源を辿って誤解を解くorやめさせるのだとしてもそれで収まるとは思えない。
一瞬だけ斜め後ろを見る。
本当に一瞬なはずなのに、清水さんは目ざとく私の視線に気づき睨み返してきた、怖い。
できれば当事者にも助けてほしいのだけど…さすがに図々しすぎるか、ただもう一回謝り倒すぐらいはしとこう。
となると、いま頼りになるの前の席に居る唯一の友人岡崎のみ。
すでに知っていてシラを切っていたことから、奴も一筋縄では今日得良くしてくれなさそうだが、と言うより明らかにそのネタで弄ってくるのは目に見えていた。
それでもある意味では一番頼りになりそうだ、授業が終わり次第話してみよう。
ここまで考えておいてなんだが、頼る事を前提にしている自分が何とも無様だと思う。
いつか人頼みだけではなく、逆に頼りになるような男になる事も目標の一つにいれておこう。
一限目の終業の鐘がなり、互いに手ぶらになったところを見て岡崎に話しかけた。
「なぁ、一寸相談していいか?」
「うん?別にかまわないが…」
一先ずの事情-と言ってもおそらくある程度把握しているはず-を話す。
すると案の定、奴は顔をゆがめて必死に笑うのをこらえた、こらえきれずに口からプスプス空気が漏れているが。
「あのなぁ、そっちから見ればただの喜劇だろうけどこっちはいい迷惑なんだって」
「わるいわるい、でも別に悪いだけじゃないぞ。少なくとも過半数の男連中からは好意的に見られてるわけだし」
「その代償として大多数の女子に嫌われるのやむなしってか?さすがにそれは…」
「まぁ気にするなって。もしお前にその気がないんなら、普通に過ごしていれば誤解だってことでそのうち収まるさ。」
「どうかな…こういうのって早いうちに否定しきらないと、悪化する一方だって聞いたことあるぞ。」
「だからってあまり意固地に否定しても、逆に怪しむ奴がいるからなぁ…。何か酷いこと言われたときにさらっと否定するくらいでいいんじゃないか?あとは経過観察」
やはりすでに広まった噂と渾名についてはこれと言った打開策があるわけではないようだ。
岡崎の言う通り沈静化するまでおとなしく過ごすというのが安定しているだろう、それだけで沈静化してくれるかは神のみぞ知るといったところだが。
渾名についてはこの方針でいいとして、次は-。
「アレ、どうしよう…」
「アレなぁ…」
振り向かずさりげなく清水のほうを指さしてみると、それだけで岡崎は何を言いたいのかを察した。
次いでに斜め後ろからの圧迫感も増した気がする。
「実際倒れただけで何もやってないんだろ?」
「正直な話、気が動転してて何かやれるほどの余裕はなかった。」
私は押し倒してすぐにどかなかったことに腹を立てているのかと思っていたのだが、次の岡崎の発言に思わず素っ頓狂な声を出すことになる。
「なんかさ、お前が押し倒した時清水が動けない事をいいことにあんなことやこんなことを…ていう話が出回ってるんだわ」
「は?」
「それが発展して、お前がただならぬ色情魔で以前に泉に手を出して…とか今度は清水に魔の手が…とかな。いやぁド直球な渾名にされなくてよかったな!」
「よくないよ!」
プレイボーイはまだしも色情魔は流石に酷い、でももしかしたら無意識にいやらしい部分に手を置いていたのか…イヤイヤそんなわけ
「で、そこんところどうなのよ。」
「あん?」
「だから、手にやわらかい感触とか残ってたりするわけ?マジで気になるんだが。」
「んなもんあるか!あの時は状況が呑みこめてなかったって言ったろ!」
「だよなぁ、よく見えなかったがテンパってるのだけはひしひしと感じられたし。もしそんなことしてたら-」
「してたら?」
岡崎は何かを言おうとしたが言葉を呑みこむように一度口を閉じる。
少し心配になって続きを促すと彼は笑顔を張り付けてこういった。
「めっちゃ損したなお前!一度あればいいくらいラッキーハプニングだからな!」
「お前のほうがこの渾名にふさわしいんじゃないか?…ッたく」
真面目に聞き返して損した、気持ちは分からなくもないが何も溜めて言うことでないだろうに。
しかしそうすると彼女がなぜあそこまで不機嫌になっているのかまるで分らないということになる。
…もしかして、本当に…
「ねぇ」
「はい?誰…あ」
振り返るとそこには、いつの間に近づいてきたのか怒りが頂点に達しているだろう清水の姿が。
そして今の私は意味深に両手を前に掲げ、ワキワキと指を動かしている。
これを清水が見て思うことは…(察し)
「一寸お話聴かせてもらいないかしら?」
「…うい、了解デッス」
これは死んだかもしれない。
「いや、だからですね。私としましてもあれは純然たる事故の上に気が動転していてそんな余裕がなかったと」
「じゃぁなんでそんな怪しい手つきをしているの?」
「そこの馬鹿が変に不安を煽ったせいで本当に他意はなかったんだってば」
正直不毛以外の何物でもない言い争いが続く、私としてはその記憶が曖昧なためきつく否定することはできないし、おそらく清水も突然のことで私と似たような状況だったはずだ。
彼女の意見にもそのあたりの逡巡が見て取れる、だからこそ実力行使に出ていないだろうから。
そんな私たちを見かねて岡崎は突然話に割って入ってきた。
「落ち着けってお二人さん、まずは状況の整理から始めようぜ」
「「状況の整理?」」
「あの時、突き飛ばされて運悪く清水がとばっちりを受ける形で押し倒された、ていうのは事実だしお前らもそれで納得してるよな?」
語尾を強くして同意を求めてきたので、私は肯定するように首を縦に振る。
清水もそこには異論がなく私と同じ所作で肯定していた。
「その時仰向けかうつ伏せか、どっちで倒れたか覚えてるやつは?」
岡崎の問いにまず答えたのは清水だ、当たり前のように答えた。
「あの時は他のクラスメイトと一緒に、彼を注視してしていたから…その状態からなら仰向けだと思う」
「おーけー、黒河は?」
「僕も…仰向けだったよ、声をかけた相手に突き飛ばされる形になってたから。」
「その時って受け身とか取れたのか?」
「いや、突然だったからそれも…だから巻き込んだってわかったら結構焦ったんだよあの時」
すべてを説明し終わると岡崎はふんふんと鼻を鳴らして、まるで推理物に出てくる探偵の真似事をしながら口を開いた。
「つまり、そういうことなんだよ諸君」
「いやわからないから」
「本筋に触れなさいよ馬鹿」
最後に清水が岡崎に辛辣な言葉を投げると、目に見えて落ち込んでいた。
まあ、次の授業まで時間がないし急かすのも致し方ない。
すぐに気を取り直して岡崎は話を続ける
「つまりな、押し倒した側が仰向けなら故意でどうこうするのは難しい、目で場所を探れないんだから手が置かれる位置も不確定だしな」
「それは、そうね」
「で、黒河は受け身をとる暇もなく無様に倒れてしまったから、おそらく両掌は清水さんの体どころか床にも触れてなかったんじゃないか…てのが俺の考えなんだけど、どうだ?」
いくらか持論をはさんでいるとはいえ、そう言われれば確かにそんな気もするくらいの説得力を持った意見だ。
「てことは、私の勘違いだったわけ?」
「正確に言うと、周りの無責任な発言に踊らされただけだな。ご愁傷さま」
岡崎は合掌しながら私にだけ顔が見れる角度でおどけてみせる。
余計なことをしてしまった私に非があるの確実だが、噂と真実との誤差があまりにもありすぎるのがいけなかった。
本当にこればっかりはすれ違いによってできた事故と誤解が元だから、誰が悪いとは言えない分たちが悪い。
清水もそのあたりを理解しているのかその怒りは少しずつしぼんでいくのが目に見えて分かった。と言うよりはその怒りの矛先を向ける場所がなくなってやるせなくなっただけかもしれない。
「ごめんなさい、一寸頭に血がのぼっていたみたい」
「いや、こちらこそ改めて謝るべきだよね、ゴメン。」
「これでようやく嫌疑が晴れて、しこりが消え去ったわけだ。良かったな黒河。」
「ああ、ありがとな岡崎。お前が友人で助かったよ」
本当に岡崎には頭が上がらない。
まだ出あって一週間しかたっていないのに結構借りを作ってしまった、これをすべて返せるのはいつになるやら。
ともかく一つ厄介事のタネが消えたのは、僥倖だったのは言うまでもない。
「あ、そういえばさ。あの時二人とも背中から重ねるように倒れたわけじゃん?」
「?確かにそうね」
「そういえば黒河の頭がちょうど胸辺りにあったような気が…」
「…(汗)」
「…(怒)」
「で、どうだったのよ?」
「いやあの、えっと…大丈夫だよ!まるで記憶にないから!」
「それは…記憶に残らないほど薄かったってことかしら」
「いや、その…ウォーターベッドみたいで気持ちよかったです!」
「歯ぁ食いしばれ!」
「ゴメンナサッ!」
記憶になくてもダメで素直に答えてもダメなら一体どうすればいいんですかね…。
-その後、新しく『女体ソムリエ』と言う二つ名が加わることになるが、きっとこのお話とは何の関係もない。
ないったらない。-
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