いわくつきの
見事なボディブローを食らいながら必死に謝り倒して一先ずの怒りを収めてもらい、ようやく自分の席に着く。
そして今度はいわくつきの席にためらいなく座った自分にまた頭を抱え、ついでに先程の累積ダメージと精神性胃痛に悩まされて腹をかかえた。
絵面的にはとても奇妙なものになってそうだ。
閑話休題
いろいろと解せないことがあるのだが、一番疑問なのは先程私を突き飛ばした少女のことだ。
彼女は私を突き飛ばすと一瞬だけはっと目を見開くと、悲し気な瞳を垣間見せてそのまま目をそらした。
もしかしてどこかで会ったのか?それで何か怒らせてしまうことでも…。
いくら考えても答えは出ない。記憶の底に埋もれてしまったのかもしれないし、私の勘違いと言う線も…ともかく彼女のことが気になってしょうがなかった。
「よう色男、いいや勇者って呼んだ方がいいか?」
「は?」
突如聞こえた軽快な声音に意識を向けると、その声の発信源にはその声音に似合う、気さくな雰囲気を醸し出している男子の姿があった。
「…いきなりなんだ。」
「いや、あの自己紹介の時はつまんねぇ奴が来たなと思ったんだが、…やるじゃん初日から女子にアタック(物理)するとか。」
「な…!?あれは故意じゃないしそもそもお前だって-」
「おらそこの野郎ども、まだ先生の話は終わってないぞー。」
感情に任せて大きな声で反論してしまい、教師から注意をもらってしまった。
そのけだるげな雰囲気からでも有無を言わせない凄味を発するあたりいっぱしの教師をやって長いのではないかと思わせるものがあった。
一度素直に謝って今度は教師に聞かれない声量まで絞る。
「お前だって見ただろ、あの時後ろの子が突き飛ばしたからであって、完全に事故なんだって。」
「そもそも最初に女子に声をかけるあたりプレイボーイ臭がするなぁ」
「…おい、此の眼鏡かけたいかにもがり勉ですって恰好の奴がそんなことするか」
「イヤイヤわからんよぉ、草食系を被った狼少年かもしれん。」
クックと笑うのを必死に抑える真似をして私を茶化してくる。
純粋にさっきの出来事を笑いのタネにしているだけで、そこに蔑みといった負の感情が見られないのが唯一の救いだ。
「あのなぁ…」
「スマンスマン、悪かったって。あ、俺は岡崎
「あ、ああ!さっきも言ったけど黒河修だ。呼びやすいほうでいいから。」
最悪の出だしだと思っていたのだが初日から気さくな友人枠を手に入れることに成功したことに心の中でガッツポーズをする。
ある意味先程の出来事がきっかけとなったみたいだが、これが災い転じて福をなすということか。
それならよかっ…
「…」
「なんだろう。後ろ、正確に言うと斜め後ろ方面から筆舌に尽くしがたい悪寒を感じる。」
「そりゃお前が押し倒したやつの熱視線だ。よかったな」
「それ絶対拙いほうのやつ!殺る気の方の!」
前言撤回、よくはなかった。
斜め後ろから殺気が混じっているのではないかと思うほどの熱視線を浴びながら目の前の教師が話し終わるのを待つ。
でも待てよ、今はまだ自由時間ではないから彼女から動く気配がないものの、朝礼が終わり次第こちらに向かってくるのではないだろうか。
怖い、半ば自分のせいではあるけど理不尽な恐怖に苛まれなければならないのか。
彼女とのこれからのことをごっそり気力を持っていかれる、ならば別のことを考えようとすると、やっぱり真後ろの少女のことが気にかかってしまう。
いったいなぜ突き飛ばしたのかそれさえわかれば、これからとる行動も限定できる。
だからすこしでも情報が欲しかった、それだけのために夕日に声をかけた。
「一寸聞きたいことがあるんだけど…」
「ん、なんだ?めぼしい女子の情報か?」
「ちが…ある意味違くないな。ほら、後ろの女の子のことなんだけど-」
本当に気軽に話しただけなのだ。
だというのに、岡崎はいきなり目の色を変えて
「いいか、この場でその話はするな。絶対だ。」
ただ有無を言わさない凄味を持たしてそれだけを告げる。
流石にそれでは私も収まりがつかない、この席にくるまで奇異の目で見られたりいきなり突き飛ばされたりしたのだ。
せめてその理由だけは知りたいと思った。
そう伝えると、彼は少しだけ考えるそぶりをすると、
「-じゃぁ今日の授業終わった後に俺についてきてくれ、怪しまれないようにな。」
とだけ残してそれ以上は何も言わなくなった。
仕方なく終礼が終わるまで待つことにする。
いったい何を聴かされるのかそれだけが心配事のタネだった。
そして恙なく終礼が終わるとともに、早速岡崎と共に教室から抜け出す。
その時も押し倒してしまった女子生徒は私をきつく睨み付けたままだったが、直接どうこうする気はないようだった…逆に言えばかなり長引きそうだということなのだけど。
軽く彼女に頭を下げながら引き戸をくぐり、そして彼につれられるままやって来たのは本館からは遠いところにある男子トイレの中だ。
…男子トイレ?
「おまっまさかあれかホモのなのかそれともバイなのか!?」
「ちげぇよ!たんに話を聴かれたくないからここまで来ただけだ」
半ば冗談、半分本気の疑問を陽彩に投げるとキレ気味に否定してきた。
この様子なら心配はなさそうだ。
「…聴かれたくないってのはわかるけど、何故に男子トイレ?他にも使えそうな場所はあるだろ」
「ここなら女子には聴かれる心配はないだろ、つまりそういうことだ。」
それはおそらく件の少女に聞かせたくない話だということか、一寸陰口みたいであまり好まないが致し方ない、か。
「それはわかったんだが、なんでここまで徹底的になる。此れじゃあまりにもあの子が可哀想じゃないか。」
「可哀想、ねぇ。ま、見た目は見目麗しい可憐な女の子、なんだがなぁ。」
乾いた笑みをこぼす陽彩、その顔には何故か若干の恐怖も張り付かせていた。
「知らぬは仏、てか。」
「なんだよそんなにもったいぶって。」
「OK、じゃあ結論だけ言おう。あの子には関わるな、そのほうが身のためだ。」
簡素で完結した命令にも似た忠告が岡崎の口から放たれた。
意味は分かる、しかしその理由が知りたいのだ。
すると彼はその理由をわかりやすく箇条読みで言葉を並べる。
1つ、あの子は他の誰とも話さないし、関わろうともしない。
2つ、彼女はどうも気がふれてしまっているようで時折不可解な行動をする。(私を突き飛ばしたのはまだ序の口らしい。)
3つ、彼女に嫌がらせをした女子生徒やちょっかいをかけた男子生徒が病院送りにされた。
ほかにもいろいろあったのだが、どれも似たようなものだったので切らせてもらう。
すべての情報をまとめてみると、どうも彼女はこの学校の問題児のポジションにあるらしく、しかもその危険度はおそらく最凶。
ここまで言われる彼女には多少なりとも興味が湧いたが-
「わかった。ありがとう教えてくれて、これから気を付けるよ。」
明らかに藪蛇にしかならないだろうし、素直に忠告を受け入れることにした。
転校した先で誰かににらまれるは嫌だし、それに絡まれて大事になるのも嫌だから。
その後もう一度ダメ押しを受けてようやくこちらを信用したのか表情を緩めた。
「ならいい、此処で変な義侠心でも持ってこられても困るからな」
「どっちかと言うと薄情なほうだから…」
「それが利口な生き方ってもんよ…悪かったな早々に辛気臭い噺しちまって」
「いや、こういうのは早めに知っておくに限るし、逆に助かったほうだ。」
情報を提供してくれたことに礼を言うと、短く「そうかい」とだけ残して岡崎は男子トイレから出ていった。
私も小用を足したあと、手を洗ってその場を後にすることに。
しかし、そこまでよくは見ていないけど、彼女は危険人物には見えなかったのだが…いやまさか。
「-て、あ。その女の子の名前聞き忘れてた。」
いや、関わるつもりは毛ほどもないのだが、敵を知り己を知れば危うからずともいうし。
まぁそれこそ本当に縁がなかったということだろう、まだ異性と対面で話す勇気もないのでこのままでいいかと自己完結する。
そもそも私の考えが当たっていたとすれば、その場合は全力で関わらないようにするだけか。…関係のない話だ。
それはともかく、気軽話が出来そうな相手ができたのは助かる。此れなら残りの学生生活も巻き返しが可能だなと安堵の息をつく。
…もう一人、さらに重要な出来事があったことは完全に忘れていた。
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