見えない世界

啓生棕

登校初日に、やらかした

「おうお前ら、静かにしろよー。これから大事な話をするんだからよ」

 教師の気怠い声と共に、室内が一瞬だけ静まり返る。

 しかしすぐに質問を求める声でまたあふれかえった。

「あ~、うるせぇっつってんだろ。質問のあるやつは挙手だ挙手。」

「ハイハイハーイ!」

「はいは一回後伸ばすな。」

「はい」

あおい。質問を許可する」

「単刀直入に聞きますが、大事な話とは何ですか?」

「ああ、それはな…」

 教師はそこでもったいぶるようにいったん切り、少し溜めたあとに言葉を発した。


「このクラスに、転校生が来た」

 その一言でまたもや教室は興奮の熱気に包まれる。

「ハイ!」

「やればできるじゃねぇか、ヒイロ。ホラ、何でも聞けよ」

「そいつは男ですか女ですか!?」

「それは開いてからのお楽しみってのもおつなもんだが、そうさな…まぁいいか残念だったな男だ。」

「ガッデェム!」

 まだ姿を見せてすらいないのに顔も見たことない誰かに激しく失望された、解せぬ。


 おおむね他の男子たちも似たような反応を示し、逆に女子からの羨望の声がちらほらと聞こえる。

「センセ―!その転校生はイケメン!?」

「…それは自分で考えるこった、桃。少なくともブサイクの類じゃなかったな」

 教師はわざとはぐらかすように言葉を発したため、余計に女子のボルテージが高まる。

 正直なところあまり煽らないでほしいというのが本音ではあるが、今更どうこう言っても遅い。


「まぁそんな伸ばしてもしゃあないか。入ってきていいぞ」

 教師は気負いもなく中に入って来いと指示を飛ばす、それは当たり前か。

 どちらかというと初登校時にここまで期待されている私のほうが、今すぐにUターンしたくなるほど緊張している。

 中からはまだかまだかと私の登場を待つ声が漏れてきているし、早く入ったほうがいいだろう。

 意を決して教室の引き戸を開けて中へと入る。。


 まず上がったのは、私を品定めしているかのような悩ましい声。

 しかも男女問わずだ。

 そして一部の女子からは明らかな落胆と、男子からはほっと胸を撫でおろしたため息が。

 若干心に傷を負った気がしなくもないが、これくらいは予想の範疇に入っている。

 皆の視線を一身に浴びながらなんとか教卓の隣まで歩き、大きく息を吸う。

 ここが正念場だ、これから二年間楽しく過ごすための。

 そう言い聞かせながら私は記念すべき第一声を紡いだ。


「みなさん初めまして、黒河修と言います!よろしくお願いしましゅ…!」


 噛んだぁぁぁぁぁぁ!

 しまったぁ…!せっかくカッコつけようと思ったのに、こんなことになろうとは…

 案の定くすくすと笑い声が聞こえ始める、登校初日第一声から心が折れそうだ。

 それでも何とか踏ん張り残っている自己紹介もなんとかやり切ることにした。


「えっと、一身上の都合で都立の高校からこの高校に転校してきました。趣味は-」

 先程の威勢はどこに行ったのやら、淡々と自分のプロフィールを語っていく。

 あそこで威勢よく続けられるか、それとも話のタネにできればここまでしらけなかったのだろうが、あいにく私にはそんな甲斐性はなかった。

 やがて自己紹介が終わると、一瞬教室に静寂が訪れる。

 そんな私を見かねて、隣の教師が助け舟を出した。


「アー、だれか質問はないか?」

 教師なりの救いの手ではあったのだが、それを手に取る猛者はどうやらいないらしい。

 すでに興味を失ったのか、何人かは隣の席同士でこそこそ話を始めているし、ちらと携帯端末を操作する輩も見かけた。

 彼らを非難する気はないし、する勇気もないのだがそれはそれで傷つくのは事実。

 ポーカーフェイスには自信があるためそんなことは気取らせないが、本当にいたたまれない気分になる。


 やがて教師も耐え切れなくなったのか頭を掻きながら口を開く。

「…お前さんの席は窓際の後ろから二番目だ、アソコに一つだけ空いているだろ。」

 その一言に、ただ事務的に返事を返そうとすると、にわかに教室の活気が戻った。

 いや、活気と言うよりは困惑の色が濃い。あと何故か全員が憐れんでいるように見えた。


 なんだ、何があるんだ。

 まるでいわくつきの場所へ向かう生贄を見ているかのような視線。

 まさか、幽霊だとか座ったものを不幸にするだとかそんな噂が立っているのか?

 そんなところに好んで座りたくはない、そう抗議しようとしたのだが他に空いている席は見つからない。

 教師は早く席につけとせっつくし、相変わらず教室に漂う空気は混沌したままだ。

 どうやら私は転校先を決定的に間違えてしまったらしい。

 断頭台に登る死刑囚の如き気持ちで重い足を進ませる。

 そしてたどり着いた先には他から少し離されている座席と、そこに座る一人の少女の姿があった。


 その少女はこちらを意に介せず、そもそも先程の騒動を聴いていなかったように外の景色を眺めていた。

 くせのない黒く長い髪、細長い眉と物憂げに眺めている大きな瞳。

 全体的に見れば、否。部分的に見ても一般的には綺麗、美しいと見れるその容姿をした少女が私の後ろの席に座っている。

 -声をかけても罰は当たらないだろうか-

 いや、別に他意は含まれては…若干含まれているがともかく前後左右隣の席の人と交流を深めることは別に悪いことではない。

 出鼻をくじかれてしまったが、此処から巻き返してみせるぞと、彼女がこの町初めての友人になってくれることを祈り初めに声をかけることにした。

 -幸か不幸か、先程のみっともないスピーチを聞いてないようだし。と言う打算もあってのことだが、それがいけなかったのだろうか


「あの-」

 できるだけ気さくに声をかけるようとすると言葉を紡ごうとすると、ようやくこちらに気付いた彼女は私をのほうへと振り向いていく。

 私の顔を認識したかと思うと、咄嗟に彼女は両腕を突き出し私を突き飛ばした。


 どんがらがっしゃん。擬音に直すとそう表せそうなほど勢いと衝撃が私に伝わる。

 最後尾の席だったため被害は最小限だったものの、運悪く私の巻き添えを食らった別の少女が一人。

 私はもちろん私の下敷きになった女子生徒も「いっつぅ」とはこぼしたものの大事には至ってないようだ。

 

 なぜこんなことをしたのか一瞬だけ思考を放棄したのだが、すぐさま下敷きになった男子を助け起こす。

「ゴメン!悪気はなかった…てそうじゃなくてそのあの」

 突き飛ばした少女への言葉と押し倒してしまった少女への謝罪が一気に出て自分でも何が何だか若菜らくなりあたふたしてしまったのだが、その様子を見て女子はわなわなと肩を震わせて-。

「いいから、さっさとどきなさい!」

「スイマセッ!!」

 綺麗なボディーブローを一発、その一撃は意識を刈り取るまではいかずとも確実なダメージを腹に与えた。


 どうやら転校初日からやらかしてしまったようである。

 本当に幸先不安だ…。

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