第二章⑪

 待望の転校生がやって来た。

 朝のホームルーム前のわずかな時間に私はそれをハルヒコから聞かされた。


「すごいと思わないか? 本当に来やがった!」


 欲しがっていたオモチャを念願かなって買ってもらえた幼稚園児のようなとびっきりの笑顔でハルヒコは机から身を乗り出していた。

 いったいどこで聞きつけたのか知らないが、その転校生は今日から一年九組に転入するのだと言う。


「またとないチャンスだ。同じクラスじゃないのは残念だったが謎の転校生だ。間違いない」


 あってもないのにどうして謎だと解る。


「前にも言ったじゃねーか。こんな中途半端な時期に転校してくる生徒は、もう高確率で謎の転校生なんだよ!」


 その統計はいつ誰がどうやって取ったんだ。そっちのほうが謎だ。

 五月の中旬に転校することになった学生がすべからく謎的存在なのだしとしたら、日本全国は謎の転校生がたくさんいるんじゃないかと思う。

 しかし独自の涼宮ハルヒコ理論はそんな普遍的な常識論の追随を許可したりはしないのである。一限が終了するのと同時にハルヒコはすっ飛んで行った。謎の転校生にお目通りしに九組へと向かったのだろう。

 果たしてチャイムギリギリ、ハルヒコは何やら複雑な顔つきで戻ってきた。


「謎っぽかった?」


「うーん……あんまり謎な感じはしなかったなあ」


 当たり前だ。


「ちょっと話してみたけど、でもまだ情報不足だな。普通人の仮面をかぶっているだけかもしれないし、どっちかって言うとその可能性の方が高いな。転校初日から正体を現す転校生もいないだろうし。次の休み時間にも尋問してみる」


 尋問ねぇ。九組の奴らも驚いていただろう。私は想像する。自分から誰かに話しかけるなどほぼ皆無のハルヒコが、いきなり自分たちの教室に踏み込んで手近な奴を捕まえ「転校生はどいつだ?」とか訊いて答えを聞くか否やそっちへと突進し、おそらく親交を深めるべく団欒中の会話の輪へと突進、その輪を崩して中心部へ侵入、驚く転校生に詰め寄って「どこから来たんだ? あんた何者?」などと詰問する様を。

 ふと思いつく。


「男? 女?」


「変装してる可能性もあるが、一応、女に見えた」


 じゃあ女なんでしょ。

 ってことは、SOS団にやっと私以外の女子生徒が増えるということでもある。その女子は、ただ転校してきたというだけの理由で、有無も言わせず入団させられるのだ。しかしその人が私や朝比奈先輩のようなお人好しとは限らない。そう上手くことが運ぶものだろうか。いくらハルヒコが強引極まろうとも、もっと意志の強い人間ならば拒否しおおせるのではないだろうか。

 員数が揃ってしまえば本当に「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒコの団」なるバカげた同好会を作らないといけなくなるではないか。学校サイドが認めるかどうかはさておいて、そのために走り回ることになるのは十中八九、私であろう。そして私は「涼宮ハルヒコの手下」という称号を手に入れてこの三年間を後ろ指さされて過ごすことになるのである。

 卒業後のことを具体的に考えているわけではないけど漠然と大学には行きたいので、あまり内申に響くような行動は慎みたいのだが、ハルヒコといる限りその望みは叶いそうもない。

 どうしたものだろう。


 ◆◇◆◇◆◇


 どうもこうもない。

 私は羽交い締めににしてでもハルヒコを制止してSOS団を解散させるべきだったのだ。

 それからハルヒコをこんこんと説得し、まともな高校生活を送らせるべきだったのだ。

 宇宙人や未来人や超能力者なんてものは、まるっと無視して適当な女を見つけて恋愛に精を出したり運動部で身体を動かしたり、そういうふうな凡庸たる一生徒として三年間を過ごさせるべきだったのだ。

 そう出来たらどんなに良かっただろう。

 私にもっと絶対的な意思力と行動力があれば、涼宮ハルヒコという急流に流されるまま奇妙な海へ泳ぎ着くこともなかっただろう。なべて世はこともなく、私たちは普通に三年間を過ごして普通に卒業したに違いない。

 ……多分ね。

 今、私がこんなことを言うのも、つまり全然普通でないことが実際に私の身の上に降りかかったからであるのは、この話の流れからして、もうお解りだろう。

 どこから話そうか。

 まずその転校生が部室に来たあたりからかな。






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涼宮ハルヒコの憂鬱 ふぁるあ。 @afura_108

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